最終話 東京救済
光のゲートを抜けた先。そこは、夜の新宿だった。
ひんやりとした外気。アスファルトの匂い。そして――。
バシャシャシャシャシャッ!!
「出てきたぞ!」
「英雄だ!岩鉄ゲンゾウだ!」
「キャー!ゲンゾウさーん!」
無数のフラッシュ。マスコミ、野次馬、そして警官隊。ダンジョンゲート前は、暴動寸前の熱気に包まれていた。
「う、うわぁ……」
ゲンゾウさんが、眩しさに目を細めて後ずさる。無理もない。数時間前まで孤独な中年だった男が、今や「東京の救世主」だ。
「さあ、手を振ってくださいゲンゾウさん。ファンサですよ」
「ひぃぃ!無理ぃ!帰りたいぃ!」
俺は背後から小声で指示しつつ、自分は空気のように気配を消す。これでハッピーエンド。……と、言いたいところだが。
「確保ぉぉぉぉッ!!」
怒号が響いた。警官隊ではない。スーツ姿の男たちが、バリケードを突破して突っ込んできたのだ。
その先頭にいたのは、見覚えのある脂ぎった顔。元「ホーリー・メディカル」社長、権田原。そして、その腰巾着の毒島だ。
「いたぞ!こいつらだ!こいつらがテロの首謀者だ!」
権田原が、血走った目で叫んだ。その剣幕に、歓声が止まり、静寂が広がる。
「な、なんだ……?」
「テロリストって、どういうことだ?」
群衆がざわつく。権田原は勝ち誇ったように、マスコミのカメラに向かって吠えた。
「騙されるな国民諸君!これは全部自作自演だ!」
「ダンジョンの管理権限を奪い、東京を人質に取ったのは、この岩鉄ゲンゾウだ!我々善良な企業を乗っ取ったように、今度は国を脅したんだ!」
毒島も続く。
「そうです!私たちは知っています!彼が裏でハッカーと繋がっていた証拠もある!警察は今すぐこいつらを逮捕しろぉ!」
嘘だ。証拠なんてあるわけがない。だが、彼らは必死だった。会社を失い、地位を失い、全てを失った彼らに残されたのは、「ゲンゾウへの逆恨み」だけ。ここでゲンゾウを「悪」に仕立て上げなければ、自分たちの人生が終わる。その執念が、この暴挙に出させたのか。
「え、えぇ……?ち、違います……私は……」
ゲンゾウさんが狼狽える。弁明しようとするが、口下手な彼では言葉が出ない。群衆の目が、疑念の色に変わり始める。
「おい、マジかよ……」
「やっぱりマッチポンプだったのか?」
「最低だな……」
空気が変わる。大衆なんて無責任なものだ。一瞬で「英雄」を「悪魔」に変える。権田原たちが、醜悪な笑みを浮かべた。勝った、という顔だ。
(……やれやれ)
俺は、荷物持ちのフリをして、そっとインカムに触れた。
「おい、システム。起きてるか?」
『――オンライン。常時接続中』
脳内に、あの無機質な声が響く。
「あの豚どもへの『手土産』、用意できてるな?」
「もっとも残酷で、逃げ場のないやつを頼む」
『承知しました(ラジャ)。……「社会的処刑プロセス」、実行します』
次の瞬間。新宿の街頭ビジョン、スマホ、マスコミの中継モニター。その全てが、一斉にジャックされた。
『あー、あー。テステス』
スピーカーから流れたのは、間の抜けた男の声。さっき逮捕されたハッカーの声だ。
「な、なんだ!?」権田原が空を見上げる。
ビジョンには、音声波形と共に、「裏帳簿データ」と「通信ログ」がデカデカと映し出された。
『えー、依頼主は「権田原社長」と「毒島専務」。契約内容は……「新宿ダンジョンの暴走」および「岩鉄ゲンゾウの殺害」』
ハッカーの声が、淡々と事実を読み上げる。
『報酬は裏金で5億円。……なお、追加オーダーあり。「東京がどうなろうと知ったことではない。更地になっても構わん。とにかくゲンゾウを潰せ」……以上』
シーン、と。新宿が凍りついた。
『嘘だ……捏造だぁぁぁ!!』
権田原が絶叫する。だが、画面は切り替わり、今度は権田原自身の肉声が流れた。
『ぐへへ!いいぞ!やれ!結界を解除しろ!』
『東京の人間なんぞ、何人死んでもいい!あとで「ゲンゾウのせい」にすれば、保険金も降りるし一石二鳥だ!ガハハハ!』
あまりにも醜悪。あまりにも自己中心的。それは、以前俺が録音しておいた密談データと、OSがハッカーのPCから吸い上げたログを合成した、決定的な証拠だった。
「……聞きましたわね?国民の皆様」
凛とした声が響く。アリスだ。彼女はいつの間にかマスコミのマイクを奪い取り、瓦礫の上に立っていた。スポットライトを浴びるその姿は、まさしく「断罪の聖女」。
「これが真実ですわ!己の欲のために東京を滅ぼそうとした『国賊』は、あそこの豚二匹です!」
アリスがビシッ!と権田原たちを指差す。その瞬間、群衆のボルテージが臨界点を超えた。
「ふざけんな!」
「殺せ!そいつらを逃がすな!」
「ゲンゾウさんは被害者だったのか!」
「ごめんなさいゲンゾウさん!あんたやっぱり英雄だ!」
怒号。罵声。そして飛んでくるペットボトル。権田原と毒島は、殺意に満ちた群衆に囲まれ、顔面蒼白で震え上がった。
「ち、違う!誤解だ!わ、私は……!」
「警察!助けてくれ!保護してくれぇぇ!」
二人は泣き叫びながら、皮肉にも自分たちが呼んだ警官隊にすがりついた。警官は冷ややかな目で手錠を取り出す。
「権田原、毒島。テロ予備罪および殺人教唆の疑いで逮捕する。……署でゆっくり話を聞こうか」
ガチャリ。冷たい金属音が、彼らの破滅を告げた。連行されていく二人の背中に、民衆からの「ざまぁみろ!」コールが降り注ぐ。会社も、金も、名誉も。全てを失った彼らが、再び陽の目を見ることはないだろう。
「おお……ゲンゾウさん!岩鉄ゲンゾウ!」
「万歳!東京の守護神!」
振り返れば、ゲンゾウさんが胴上げされていた。おっさんは涙目で宙を舞っている。
「ひぃぃ!高い!怖い!降ろしてぇぇ!」
その悲鳴すら、「謙虚な英雄の照れ隠し」として好意的に受け入れられていた。完璧だ。これ以上ないハッピーエンドだ。
数時間後。騒ぎが落ち着いた頃。俺とゲンゾウさんは、人気のなくなった路地裏のベンチに座っていた。
「……お疲れ様でした」
「……死ぬかと思った……」
ゲンゾウさんはげっそりしていたが、その表情はどこか晴れやかだった。俺はコンビニ袋から、とっておきのアイテムを取り出す。『特盛チャーシュー麺(大盛り)』。二つ。
「約束の報酬です。お湯、入れておきましたよ」
「おぉ……!」
ゲンゾウさんの目が輝く。俺たちは並んで座り、ズルズルと麺を啜った。高級フレンチなんかより、今の俺たちにはこの塩分が染みる。
「……カナタくん」
「なんすか」
「ありがとう。……君がいなかったら、俺は今頃どうなっていたか」
ゲンゾウさんが、ポツリと言った。俺はスープを飲み干し、夜空を見上げた。
「俺もですよ。ゲンゾウさんがいなきゃ、俺はただの『災害』で終わってた」
「俺たちは、いいコンビっすよ」
「……そうか。なら良かった」
ゲンゾウさんが、へへっと笑った。初めて見る、ビビリでも情けなくもない、年長者らしい笑顔だった。明日からは、少し有名になったゲンゾウさんを支えつつ、俺は影でのんびり楽をする。そんな平穏な日々が――。
プルルルルルッ!
俺のスマホが鳴った。嫌な予感がする着信音。画面には『鬼上司』の文字。
「……はい、もしもし」
『お疲れ様、英雄さんたち。カップ麺は美味しかった?』
見られている。俺は慌てて周囲を見回した。
『感傷に浸ってる暇はないわよ。……仕事よ』
「いや、今日くらい休ませてくれませんかね?」
『無理ね。これは国家命令よ』
シオリの声が、氷点下まで冷え込んだ。
『名古屋ダンジョンで「異常」が発生したわ。規模は新宿以上』
『現地ギルドは壊滅状態。……政府は、特級戦力である「岩鉄パーティ」の投入を決定したわ』
「……は?」
『ヘリを回したわ。3分後に屋上に到着する。……拒否権はないわよ、私の「共犯者」さん?』
プツン。通話が切れた。頭上から、バラバラというヘリの爆音が聞こえてくる。
俺とゲンゾウさんは、顔を見合わせた。箸が、手から滑り落ちる。
「……な、名古屋?」
「……みたいっすね」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!もう嫌だァァァァァ!!」
新宿の夜空に、英雄の絶叫が木霊した。俺たちの「平穏」への戦いは、まだまだ終わらないらしい。
(第1章完)




