第26話 最終処理 共犯の契約
「……なるほど。IoT機器への過電圧攻撃。……今の魔力リソース、どう見ても『2』じゃないわよね?」
シオリ支部長の声は、静かだった。でも、それが逆に怖い。彼女の手にあるスマホには、『通信途絶』の文字。視聴者は騙せた。ハッカーも焼いた。だが――現場にいる、日本屈指の探索者ギルド幹部の目は、誤魔化せなかった。
「……あー」
俺は、へたり込んだまま、天井を仰いだ。言い訳を考える?無理だ。今の超出力、OSとの会話、そしてゲンゾウさんの背中に隠れてコソコソしていた立ち位置。全部見られていた。
「……そうっすね。たぶん、測定器の故障じゃないですかね」
苦し紛れに言ってみる。シオリさんが、冷ややかな目で俺を見下ろしたまま、しゃがみ込んだ。顔が近い。綺麗な顔立ちだが、今は死刑宣告人の顔に見える。
「往生際が悪いわよ、蓬カナタ」
「特務機関のデータベースには、未登録の『特級能力者』に関する項目があるわ。……貴方、ここで拘束されて、一生実験室で暮らしたい?」
「……勘弁してください。俺はカップ麺と動画サイトがあれば幸せな人間なんです」
俺は両手を上げた。降参だ。詰んだ。俺の平穏なモブ生活、ここで終了――。
「――なんてね」
ふっと、シオリさんの表情が緩んだ。彼女はスマホの画面をスワイプし、俺に見せた。
「見て。これ、さっきの配信アーカイブ」
画面には、俺が攻撃した瞬間の映像が再生されていた。ゲンゾウさんが悲鳴を上げる。直後、画面がカッ!と白く飛び、砂嵐になる。
『うおおおおお!ゲンゾウさんすげえええええ!』
『最後なに!?画面真っ白になったけど!』
『ビーム撃った!?ゲンゾウビーム撃った!?』
『ハッカーの悲鳴聞こえたぞ!ざまぁああああ!』
「視聴者には、何も見えていないわ」
シオリさんは淡々と解説を始めた。
「貴方が魔力を放出した瞬間、カメラの輝度調整が追いつかずにホワイトアウトした。それに、貴方はゲンゾウさんの真後ろに隠れていた」
「映像では『ゲンゾウさんが光って、何か凄い技を撃った』ようにしか見えていないわ」
「……音声は?」
「それも大丈夫。OSが遮断してくれたおかげで、ここでの会話は配信に乗っていない」
「つまり、世間にとっての真実は――『英雄・岩鉄ゲンゾウが、自らの命を燃やしてテロリストを撃退した』。それだけよ」
俺はポカンとした。首の皮一枚、繋がったのか?
「……で、でも。シオリさんにはバレた」
「ええ。バレたわ。貴方が『魔力値2(オーバーフロー)』の規格外で、今回の騒動の真の解決者だってこと」
彼女はスマホを懐にしまい、ニヤリと笑った。それは、断罪者の笑みではなく――もっと狡猾な、政治家の笑みだった。
「普通なら、貴方を即座に連行するところよ。……でも」
彼女はチラリと、いびきをかくゲンゾウさんを見た。
「世間は今、『英雄ゲンゾウ』を求めている。東京を救った彼を、今さら『ただの一般人でした』なんて引きずり下ろしたら、暴動が起きるわ。ギルドとしても、メンツが潰れる」
「それに……貴方も、表に出たくないんでしょう?」
「……当たり前だ。俺は静かに暮らしたい」
「なら、利害は一致してる」
シオリさんは右手を差し出した。
「取引しましょう、蓬カナタ」
「この件は、私の権限で揉み消してあげる。公式記録はすべて『岩鉄ゲンゾウの覚醒』として処理するわ。貴方のことは、ただの『荷物持ち』として報告書に書く」
「……その代わり?」
「今後、私が呼んだら必ず駆けつけること。私の『切り札』として、裏で働きなさい」
共犯の契約。あるいは、悪魔の契約。俺の正体を知った上で、あえて泳がせ、必要な時だけ「兵器」として使うつもりだ。……食えない人だ。
でも、今の俺に選択肢はない。実験室よりは、社畜のほうがマシだ。
「……残業代は出るんでしょうね?」
俺はため息をつきながら、その手を握り返した。シオリさんの手が、強く俺の手を握りしめる。
「ええ。カップ麺一年分くらいは、経費で落としてあげるわ」
「交渉成立だ」
その時。空気を読まないタイミングで、棺(OS)が明滅した。
『――事後処理プロセス、完了』
『報告。逆探知により、実行犯の居場所を特定。警察へ匿名通報を行いました』
「実行犯、か……」
俺は呟いた。ネット越しに絡んできたあの愉快犯も、これで年貢の納め時だろう。動機は分からないが、ただの目立ちたがり屋か、社会への逆恨みか。ま、警察に突き出せば分かることだ。
「ああ。やっと帰れる」
俺は立ち上がり、いびきをかいているゲンゾウさんの頬をペチペチと叩いた。
「おい、起きろゲンゾウさん!凱旋パレードの時間だぞ!」
「んご……?……あ、あれ?ここ、天国……?」
「いいえ、地獄の続きですよ」
俺は寝ぼけるおっさんを無理やり立たせた。足元がふらついているが、まあ「激戦の傷跡」に見えてちょうどいいだろう。
『地上への転送ゲートを開きます』
『……感謝します、管理者』
OSが、俺に向かって――いや、俺とゲンゾウさんに向かって言った。こいつも少しは、粋なことができるようになったらしい。
光のゲートが開く。その向こうには、見慣れた新宿の風景が透けて見えた。
「行こう、ゲンゾウさん。……やっと平和な日常だ」
俺たちは光の中へ足を踏み入れた。
地上へ戻れば、マスコミや警察が待っているだろう。少し面倒だが、「英雄ゲンゾウの付き人」として適当にやり過ごせばいい。そうすれば、明日からはまた、平穏なFランク生活が戻ってくるはずだ。
――この時の俺は、まだ知らなかった。地上には、ハッカーなど比較にならないほどの「悪意」が、俺たちを陥れようと待ち構えていることを。




