第23話 デバッグ階層:敵対OFFが効かない
地下60階層。ゲートの先。そこは、作りかけのゲーム画面だった。白い空間。グリッド線だけの大地。
『ようこそ、デバッグ・ルームへ』
空間に響くハッカーの声。
『ここは不具合の廃棄場。君たちにはお似合いだろ?』
シオリさんが舌打ち。
「……空間が不安定。足元、気をつけて」
ゲンゾウさんが俺にしがみつく。顔色は土気色。額の紋章、ドス黒いまま。
「け、景色がおかしいよぉ……。壁がないのに壁があるぅ……」
「テクスチャが貼られてないだけです。……来るぞ」
白い奥から現れる影。幾何学立体。浮遊する無機質な立方体。
『排除対象:確認』『処理:デリート』
赤く発光。シオリさんが叫ぶ。
「ゲンゾウさん!『敵対レベルOFF』は!?」
「や、やってるよぉ!ずっと『みんな仲良く』って念じてるのにぃ!」
『無効です』
ハッカーが笑う。
『あいつらはモンスター(住人)じゃない。“掃除プログラム”だ。接客マニュアルなんて通じないよ』
ズンッ!放たれる赤いレーザー。シオリさんの防御障壁――貫通。床が消滅。
「……ッ!防御無視!?これ、攻撃じゃないわ。『データ削除』よ!」
触れたら消える。ゲンゾウさんが悲鳴。
「消えるのやだぁ!まだローンがぁ!」
まずい。ゲンゾウさんは満身創痍。避ける足がない。物理無効。なら、システム命令を通すしかない。俺には技術がない。だが、俺たちには「主のID」がある。
「ゲンゾウさん!俺が命令を通します!合わせて!」
「ま、また電気流すのぉ!?」「弱めにします!『止まれ』って念じるだけでいい!」
俺は背中に手を当てる。接続。出力は絞る。繊細に。丁寧に。イメージは「一時停止」。
(……いけッ!)
魔力を流す。狙いはキューブの群れ。
「……と、止まれぇぇぇ!!」
ゲンゾウさんの叫び。波動が広がる。効果てきめん。赤いキューブが、空中でピタリと静止。
「やった……!」
成功。……そう思った、直後。
ピシッ。パリンッ!!
空間が、割れた。キューブだけじゃない。床も。空気も。シオリさんも。全部がグレーになって、凍りついた。
「……え?」
アリスが瞬きもせず、止まっている。無音。
『警告。全プロセス停止』『時間凍結:進行中』
(……は?)
血の気が引く。「止まれ」とは言った。だが「敵だけ」なんて器用な指定――俺のガバガバ制御じゃ通らなかった!出力過多。この「階層の時間ごと」止めちまった!
『おいおいおい!何やってんだ君は!』
ハッカーも焦る。
『空間ごとフリーズさせてどうする!これじゃ僕の監視カメラも止まるだろ!』
動けるのは権限者の俺たちだけ。だが、息ができない。空気が止まっている。
「か、カナタくん……苦しい……」
「やばい!ゲンゾウさん、解除!『動け』って念じて!」
逆再生。だが、焦りが魔力を暴走させる。「動け」という単純命令。俺のバカ高い出力で増幅され――
ドッ、ゴオオオオオオオンッ!!
再始動の瞬間。空間爆発。キューブは粉砕。床は抜ける。衝撃波で全員吹き飛ぶ。
「うわあああああああ!」
「キャアアアアア!」
転がる三人と一人。敵は全滅。味方も半壊。
「……ゲホッ、ゲホッ!……な、何よ今の……」
シオリさんが煤だらけで起き上がる。アリスは目を回して気絶中。
「ご、ごめんなさい……。出力調整、ミスりました……」
項垂れる俺。やっぱりダメだ。「1」を狙って「100」が出る。こんな「欠陥品」の力じゃ、繊細なハッキング合戦なんて無理ゲーだ。
そして――。
「……あ、が……」
ゲンゾウさんが、胸を押さえてうずくまる。額の紋章から煙。黒ずみが、顔の半分まで広がっている。
「ゲンゾウさん!」
「……カナタくん。……僕、もう……『主』なんて……無理かも……」
弱音。いや、限界の吐露。俺の「雑な出力」を、生身で変換させられた代償。
コメント欄、異変に気づく。
『ゲンゾウさんの顔色やばい』『今の爆発、自爆?』『制御できてない』
ハッカーが告げる。
『見たかい、世界。これが「偽りの英雄」の末路だ。分不相応な力は、身を滅ぼす』
歯を食いしばる。悪いのは俺だ。俺のせいで、この人が壊れていく。
その時。瓦礫の壁に、文字列が浮かぶ。
【100Fまで最短ルート】【こちらへ】【→】
矢印の先。不自然に開いた「穴」。
罠だ。どう見ても。だが、正規ルートで進む余力はない。
シオリさんが立ち上がる。
「……行きましょう。罠でも、進むしかない」
俺はゲンゾウさんを背負う。もう、歩かせられない。
「……カナタくん、重くない?」
「軽いです。……在庫のダンボールより軽いですよ」
嘘だ。責任が、重すぎる。
俺たちは、敵が口を開けて待つであろう「最短ルート」へ足を踏み入れた。




