第21話 聖女の天眼、根源を覗く
『――配信、強制接続』
無機質な電子音。壁に浮かぶ文字列。
【偽りの英雄くん】【さあ、世界にご挨拶だ】
ブォン。空間に展開される無数のウィンドウ。映るのは――地上の巨大ビジョン。渋谷、新宿、秋葉原。そこに、地下51階層の俺たちが晒されている。
「……ッ!つながったわ。これ、全世界へのジャック配信よ!」
シオリさんが叫ぶ。俺のスマホも勝手に起動。コメントの滝。
『え、なにこれ』『緊急特番?』『ゲンゾウさんだ!!』『ここどこ?見たことない場所だけど』
同接、いきなり5000万。詰んだ。ここで俺が「力」を使えば即バレ。俺のスローライフは消し飛ぶ。
(……何もできねぇ)
絶望しかけた、その時。
「……ふふ。愚かな」
一歩、前に出る影。聖女アリス。彼女は、浮遊する撮影ドローン(敵操作)へ、ビシッと指を突きつけた。
「姿を隠してコソコソと……。神の威光を前に、そのような小細工が通じると思いまして?」
おお、頼もしい。Sランクスキル『神の天眼』。真実を見通す最強の鑑定眼。彼女なら、敵の正体も居場所も見抜けるはず。頼むぞ聖女様。俺の正体以外なら、何を見抜いてもいい!
「我が瞳は真実を映す鏡。――開眼!」
カッ。アリスの両目が、サファイアのように発光する。視界には今、通路奥の「敵データ」が見えているはずだ。
「……見えましたわ」
ゴクリ。敵はどこだ?
「ああっ……!なんという……なんという『黄金』……!!」
「はい?」
アリスの視線がスライドする。敵のいる奥じゃない。ピタリ。俺の顔面で止まる。
「敵のノイズなどどうでもいい!この圧倒的な輝き!ああ、カナタ様!以前よりさらに出力(輝度)が増しておられますわぁぁぁ!!」
(そっちかよぉぉぉぉぉ!!)
このポンコツ聖女、敵そっちのけ。最大魔力源(俺)に釘付け。
「ア、アリスさん!前!敵はあっち!」
「いいえ、目が離せません!ゲンゾウ様という『殻』を通してなお溢れ出る『根源』!ああ、もっと……もっと奥を見せてくださいまし!」
ジリジリ詰め寄るアリス。目がイッてる。配信中だぞ。放送事故だ。
『え、聖女様なにやってんの?』『後ろのスタッフにロックオンしてね?』
「くっ……!アリス、正気に戻れ!」
シオリさんの制止も無視。彼女はあろうことか、出力全開の『天眼』で、俺の魔力回路の深淵――「測定不能」の向こう側を覗き込んだ。
「見えます……見えますわ……神の座が……真理が……!」
やめろ。そこは「深淵」じゃない。ただの「バグの掃き溜め」だ。人間の脳で処理できる情報量じゃねぇ!
「――あ」
アリスの動きが止まる。青い瞳が、カッと見開かれ――。
「――――が、あ、あ、あああああああああっ!?」
聖女、ブリッジで吹き飛ぶ。
「ギャアアアアア!情報量!情報量が多すぎますわぁぁぁ!脳が!幸せで脳が焼き切れますぅぅぅ!!」
バタンッ。ビクンビクン。通路の床で痙攣する聖女。口から魂が出ている。
『ファッ!?』『聖女様ぁぁぁぁぁ!?』『何が起きた!?敵の攻撃か!?』『勝手に見て勝手に自爆したぞwww』
現場はカオス。だが、使える。俺は瞬時に動く。
「ゲ、ゲンゾウさん!今です!『守った』ポーズを!」
「えっ、えっ、僕!?」
へたり込むゲンゾウさんの腕を掴み、無理やり仁王立ちに。俺はカメラへ叫ぶ。
「皆さん見ましたか!?今、敵からの『精神攻撃』が聖女様を襲いました!ですが、ゲンゾウ社長がその『覇気』で弾き返しました!」
無茶苦茶な理屈。だが、白目のアリスと、棒立ちのゲンゾウさん。絵面があれば視聴者は勝手に補完する。
『なるほど、精神攻撃か!』『見えない攻撃を一瞬で……!』『聖女ですら耐えられない攻撃を無効化……マジ魔王』『「幸せで焼き切れる」ってどんな攻撃だよwww』
よし、誤魔化せた。胸を撫で下ろした、その時。
『――茶番は終わりだ』
冷たい声。直後、通路の奥から「本物の揺れ」。ズズズズズズ……ッ!!地下じゃない。もっと上――「地上」からの振動。
「ッ!シオリ支部長、モニターを!」
ジャック映像。新宿の地上カメラ。ひび割れるアスファルト。噴き出す黒い瘴気。
『キャアアアアア!』『逃げろ!ビルが崩れるぞ!』
逃げ惑う人々。崩落する看板。演出でもフェイクでもない。物理的な「崩壊」。
【残り時間:再計算】【被害拡大まで:03:00:00】
壁面のカウントダウン。一気に「20時間」が削ぎ落とされ、残り3時間を表示する。
『僕は待てるけど、地上の結界は待てないみたいだね』
嘲笑う声。もはや、のんびりと「深層ツアー」をしている時間はない。
「……上等だ」
俺は、震えるゲンゾウさんの背中をドンと叩く。やるしかない。俺の「スローライフ」と、地上の「平和」。両方守るには、ここから最短ルートで、あのふざけたハッカーを殴りに行くしかない。
「ゲンゾウさん、走りましょう。……残業手当、さらに倍です」「ば、倍……!?」
ゲンゾウさんの目が(恐怖と金欲で)決まった。俺たちは、白目を剥いてピクついているアリスを小脇に抱え、崩壊寸前の深層へと駆け出した。




