第20話 炎上:英雄はテロリストだった!?
【緊急速報/切り抜き拡散スレ】では――。
『401:名無しの探索者』【速報】“ゲンゾウさん”がテロリスト説、出回る
『402:名無しの探索者』は???いきなり何言ってんだ
『403:名無しの探索者』動画出た。タイトルが「新宿ダンジョンは仕組まれた災害」
『404:名無しの探索者』出どころどこ?
『405:名無しの探索者』コメ欄がもう戦場。「偽りの英雄くん」って文字がサムネに入ってる
『406:名無しの探索者』それ昨日壁に出たやつじゃん…
『407:名無しの探索者』ギルドが“隠蔽してる”って煽ってるな。誰が得するんだよ
『408:名無しの探索者』同接、急上昇。炎上配信の匂いする
『409:名無しの探索者』バックライン?がなんでテロにするんだよ
『410:名無しの探索者』「主の紋章」映像も貼られてる。額のやつ、どっかで撮られてたのか?
『411:名無しの探索者』これ地上で騒いでる間にダンジョン崩れるやつだろ…
『412:名無しの探索者』ギルド緊急会見くる?
通路の奥へ一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。
粘る魔力が、今度は“薄い膜”みたいに肌にまとわりつく。
気持ち悪い。濡れてないのに濡れてる感じ。バグってる。
背中を支えていたゲンゾウさんが、喉を鳴らした。
「カナタくん……さっきから、スマホが震えてる……」
「見ないでください」
「見てないよ!見てないけど、震えがすごい!通知が…通知が…!」
その震えは、地下でも止まらない。
地上の炎上って、こういう風に人を追い詰めるんだなと、変に納得しそうになった。
九条シオリ支部長が、歩きながらインカムに短く命令を投げる。
「地上班、状況は?」
返ってきた声が、ノイズ混じりに焦っていた。
『……ネット上で告発動画が拡散しています。ゲンゾウさん、いえ“主”がダンジョンを利用したテロ計画――という筋書きです』
「誰が流してる」
『発信元は複数。切り抜き、匿名アカ、協会を名乗る団体、どれも同じ台本です』
支部長の目が細くなる。
「……台本、ね」
俺は胃がひゅっと冷えるのを感じた。
(敵の宣戦布告、地上でも“文字”になってる)
ダンジョンの壁に出たあの文言が、今度はサムネとタイトルになって地上を燃やしている。
誰かが、わざわざ同じフレーズを使って、俺たちを“見世物”にしてる。
アリスが、楽しそうに息を吸った。
「地上が騒いでいるのも、また試練……!」
「試練じゃない!風評被害!」
ゲンゾウさんが半泣きで叫ぶ。
その額の紋章の縁に残る黒ずみが、やけに目に刺さった。
支部長が俺の横に寄る。声を落とす。
「カナタ。地上の炎上は、あなたの隠れ蓑でもある。今はゲンゾウさんは”真の英雄”で押し返す」
「……偽りの英雄くんはいない?」
「そう。だから、あなたは表に出ないために、力を惜しまず使いなさい」
支部長の言い方が物騒すぎる。
「地上班。公式声明は?」
『ギルドとしては“調査中”で統一。ですが、相手は“隠蔽だ”と煽ってます』
「隠蔽じゃない。機密だ。――いい、機密は守る。守ったまま鎮火させる」
支部長が短く息を吐く。
「カナタ、ゲンゾウさん。ここから先、通信は最小限。誰かが“こちらの情報”を欲しがってる」
その言葉の直後だった。
通路の天井が、ぱっと白く明滅した。
『追加修正が必要です』
『次の階層で――“供給元”を確定します』
さっきの管理アバターの声。
だけど今は、通路全体が喋っているみたいに響く。
ゲンゾウさんが俺の袖を掴む。
「ねえ、ねえ……“供給元”って、もしかして……」
「……たぶん、俺です」
「やだあああああ!」
「声がでかい!」
アリスが両手を握りしめる。
「供給元――すなわち、神の発電所の心臓部……!」
「だからその言い方やめてください!」
支部長が前を見たまま言う。
「叫ぶな。来る」
通路の先に、白い光が滲んだ。
さっきの“管理アバター”より、数が多い。
人型が二体。
そして、床を這うような小型の何かが三つ。
蜘蛛みたいに見えるけど、蜘蛛より“規則正しい”。
『修正プロトコル:トレース』
『出力経路を追跡します』
『供給元を確定します』
(やめろ。ルートを辿るな。俺の人生を辿るな)
俺は息を吸って、吐いて、出力を整えようとする。
でも制御は粗い。下手に絞れば漏れる。
支部長が短く指示する。
「第一班、ゲンゾウさんを中心に。アリスは後ろ。カナタ、あなたは“供給”を一定。逃げ道を作る。――私は撃つ」
「はい」
俺は、ゲンゾウさんの背中に手を添えた。
(“主”の器。ここがゲート。ここが全部の盾)
魔力パス――俺の荒技。
一言で言うなら、発信源の“住所”を書き換える。
俺が出したものは、俺から出たことにしない。
全部、ゲンゾウさんの紋章から出たことにする。
『トレース開始』
蜘蛛みたいな小型が床を走る。
赤黒い線が光って、魔力の流れを“見える化”する。
来る。ルートが可視化される。
(ここでバレたら――)
俺は、あえて一瞬だけ出力を“跳ねさせた”。
ビリッ。
わざと粗く。わざと汚く。
水道管の圧を一度だけ上げて、配管が「どこを通ってるか分からない」状態にする。
――嫌なやり方だ。
でも、こういう時にだけ、俺のガバ制御が役に立つ。
『異常出力:検出』
『経路分岐:増大』
『――再計算』
管理側が一瞬だけ詰まる。
「今!」
支部長が撃った。
乾いた銃声。
ただし、弾丸が“当たる”感触がない。
管理アバターの表面に、弾が吸い込まれて消える。
「効かない!?」
「効いてる。――削れてる」
支部長は即断する。
「“破壊”じゃなく“遅延”でいい。時間を買う。カナタ、出力一定!ゲンゾウさん、目を閉じて!」
「目を閉じたら死ぬやつじゃない!?」
「死なない!信じて!」
「信じるのハードル高いよ!」
ゲンゾウさんが泣き声で叫びながら、それでも目をぎゅっと閉じた。
その瞬間、額の紋章が淡く光り――
黒ずみが、ほんの少しだけ広がる。
「……っ」
ゲンゾウさんが歯を食いしばる。
(また削れた)
俺は必死で“一定”を作る。
一定、一定、一定。
一定って、こんなに難しいのかよ。
『供給元の確定を再試行』
『――供給元:未確定』
『――供給元:未確定』
『――供給元:未確定』
管理側が同じ行を繰り返す。
それが、逆に怖い。
(いつか当たる。回数を重ねたら、いつか“俺”に辿り着く)
アリスが後ろで叫ぶ。
「カナタ様、もっと!もっと出せば押し切れますわ!」
「押し切った瞬間にゲンゾウさんが壊れます!」
「壊れない程度に!」
「その言い方が一番難しいんだよ!」
支部長が、低い声で言った。
「黙れ。――次が本命」
白い光が、一段強くなる。
『修正プロトコル:優先度上昇』
『地上への影響を許容』
『供給元の確定を最優先』
その瞬間、インカムがノイズで悲鳴を上げた。
『支部長!地上で……裂け目が一瞬……!』
「……来たか」
支部長が呟く。
(地上への影響を許容、ってそういう――)
敵は地下だけで完結する気がない。
地上を揺らして、俺たちを焦らせて、判断を狂わせに来る。
そしてたぶん、もう一つある。
炎上。告発動画。
“偽りの英雄くん”。
これは、地上の人間が勝手に盛り上がってるんじゃない。
敵が、意図して火をつけている。
管理アバターが、腕を上げる。
腕の内側の回路が、さっきより黒く光る。
『供給元の確定――最終試行』
俺は、腹の奥で何かが切れる音を聞いた気がした。
(……やるしかない)
俺は、魔力パスを“上書き”するイメージで、さらに一段深く押し込んだ。
ゲンゾウさんの紋章を、ただの盾じゃなく、“唯一の出口”にする。
俺の出力は全部、ゲンゾウさんから出たことにする。
俺はゼロ。俺は背景。俺はただのFランク。
『――供給元:』
管理アバターの声が、初めて途切れた。
白い光が揺れ、床の赤黒い線が一斉に点滅する。
『――供給元:マスター(主)』
……通った。
俺は、膝が笑うのを感じた。
(ギリギリだ。ほんとにギリギリ)
でも、喜んだのは一秒だけだった。
通路の壁面に、別の文字列が浮かび上がる。
さっきの敵通信と同じ、整いすぎた書体。
【配信権限:奪取準備】
【偽りの英雄くん】
【君はそこにいる】
【21:45:03】
胃が、落ちた。
「……支部長」
俺の声が掠れる。
「地上の炎上、これ……“配信”を狙ってます」
支部長は壁を見上げ、目を細めた。
「……ええ。次は“世界の前で”確定させる気ね」
ゲンゾウさんが、目を閉じたまま震え声で言った。
「ねえ……僕のスマホ、勝手に……配信アプリが開いて……」
「開くな!」
「開いてない!勝手に開いてるの!」
アリスが、嬉しそうに息を呑む。
「来ますわ……大舞台が」
「来なくていい!」
支部長が短く命令する。
「全員、端末を切れ。電源を落とせ。地上班、配信プラットフォーム側に緊急遮断要請。――今すぐ!」
壁のカウントダウンが、容赦なく減っていく。
【21:40:44】
そして、最後にもう一行。
【次の階層で、君を“映す”】【21:38:43】
俺は息を止めた。
(最悪だ。……でも)
最悪だからこそ、ここで止めないといけない。
俺はゲンゾウさんの背中を支え直して、暗い通路へ踏み出した。
地上の炎上が、地下にまで熱を持って追いかけてくる。




