第2話 とりあえず逃げたけど、世界中が俺を探しているらしい
「き、切れ……っ!頼む、切れてくれぇええ!」
俺は震える手でスマホを連打し、配信の停止ボタンを押し込んだ。画面が暗転する。『LIVE』の赤い文字が消えたのを確認し、俺はその場にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
心臓が早鐘を打っている。Sランクモンスターと戦った時ですら、こんなに脈拍は上がらなかった。
「み、見られてないよな?顔は」
俺は慌てて自分の装備を確認する。着ているのは、ディスカウントストアで買った安物のローブ。そして顔には、身バレ防止用の黒いマスクと、目元を隠すゴーグル。探索者の間では「不審者セット」と呼ばれる、もっとも安上がりで普遍的な変装だ。
「だ、大丈夫だ。この格好なら、どこにでもいるFランク探索者に見えるはず……」
声は聞かれたかもしれないが、普段の俺はもっとボソボソ喋っている。さっきみたいな「帰ってカップ麺食べよ」なんてハキハキした声は出さない。別人だ。あれは俺じゃない。そう自分に言い聞かせ、俺はミノタウロスの素材(角)をアイテムボックス(亜空間収納)に放り込んだ。
「逃げよう」
俺は身体強化スキルを足に集中させ、風のような速さでダンジョンを駆け抜けた。もし誰かにすれ違ったら「風が吹いただけ」と思わせる速度で。
翌朝。俺は築40年のボロアパートの一室で、死んだ魚のような目をしていた。
一睡もできなかった。なぜなら、SNSのトレンドランキングが、とんでもないことになっていたからだ。
1位#謎のFランク2位#ミノタウロス瞬殺3位#カップ麺の人4位#放送事故5位新宿ダンジョン
「……終わった」
スマホの画面をスクロールする指が震える。俺の切り抜き動画は、一晩ですでに500万再生を超えていた。
『この動き、早すぎてコマ送りでも見えねぇwww』『装備は初期装備なのに、剣圧だけでボス消し飛んでて草』『最後の「帰ってカップ麺食べよ」が強者の余裕すぎて好き』『俺たちの課金装備がゴミのようだ』『これ特級探索者の誰かがお忍びでやってるんじゃね?』
ネット上では「彼は誰だ?」という特定合戦が始まっていた。だが、幸いなことに俺の予想通り、安い装備とマスクのおかげで「特定不可能」という結論になりつつあるようだ。
「よし……なんとかなる。俺はあくまで、万年Fランクの荷物持ち・蓬カナタとして振る舞えばいいんだ」
俺は鏡に向かって、いつもの「冴えない顔」の練習をする。背筋を丸め、目力を消し、オーラを完全に遮断する。これが俺の処世術『モブ擬態』だ。
今日は、とあるCランクパーティの荷物持ちの依頼が入っている。休むと逆に怪しまれる。俺は重い足取りで、探索者協会へと向かった。
探索者協会、新宿支部。朝のロビーは、いつも以上に騒がしかった。
「おい見たかよ昨日の動画!」「見た見た!あれヤバすぎだろ!」「合成じゃねえの?あんなの人間業じゃないって」
すれ違う探索者たちの話題は、100%「昨日の俺」だった。胃が痛い。俺は極力気配を消して、受付カウンターへと向かう。
「あ、あの……おはようございます。荷物持ちの受付を……」「はいはい、おはようございまーす……って、あれ?」
受付のお姉さんが、俺の顔を見て小首を傾げた。心臓が止まりそうになる。
「な、なんでしょう……?」「蓬さん、なんか今日、肌ツヤよくないですか?何かいいことでもありました?」「へっ!?」
しまった。昨日の戦闘で魔力回路が活性化したせいで、肌の代謝が良くなってしまったらしい。なんてことだ。
「い、いえ!昨日よく寝ただけです!あはは……」「そうですか?あ、そうそう蓬さん。さっき『白銀の剣』のリーダーが探してましたよ」
「……え?」
『白銀の剣』。新宿を拠点にする若手最強と言われるAランクパーティだ。俺は一度も関わったことがないはずだが。
「なんでも、昨日の『謎の配信者』を探すために、現場にいた可能性のある人を片っ端から当たってるみたいで……気をつけてくださいね、あの人たち強引だから」
受付のお姉さんは苦笑いしたが、俺は笑えなかった。片っ端から?まさか、昨日の入ダン記録から俺まで辿り着こうとしているのか?
「おーい、そこの君!」
背後から、よく通る声がかかった。振り返りたくない。でも、無視するほうが目立つ。俺は恐る恐る振り返る。
そこには、銀髪の美少女剣士――『白銀の剣』のリーダー、エリナが立っていた。彼女は鋭い眼光で俺を見据え、ツカツカと歩み寄ってくる。
「君、昨日の夜、50階層付近にいなかったか?」
「……い、いえ?僕はFランクなんで、そんな深いところには行けませんけど……」
俺は必死に声を震わせ、弱々しいモブを演じた。エリナは俺の頭のてっぺんから爪先までをジロジロと観察し、ふん、と鼻を鳴らした。
「そうだな。魔力反応もゴミ虫レベルだ。失礼した」
ゴミ虫て。まあいい、それで疑いが晴れるなら本望だ。彼女は興味を失ったように踵を返そうとして――ピタリと止まった。
彼女の視線が、俺の腰元に釘付けになる。そこには、愛用の『ただの鉄の剣』がぶら下がっていた。
「……待て。その剣」
エリナが俺の胸ぐらを掴み、顔を近づけてくる。
「その剣の柄に巻いてあるボロボロのテーピング……昨日の配信の男が持っていた剣と、巻き方が完全に一致しているんだが?」
「…………へ?」
俺は自分の剣を見下ろした。手汗で滑らないように、ドラッグストアで買ったテーピングを適当に巻いた、あの独特の汚い巻き方。
――そこかよぉおおおおおおお!!




