第18話 残り23:59 緊急降下
【探索者実況スレ】では――。
『331:名無しの探索者』おい新宿ダンジョンの入口、なんか赤黒く光ってね?
『332:名無しの探索者』演出だろ。神の運動会まだ擦ってんじゃね
『333:名無しの探索者』いや、あの光、見たことある。緊急封鎖の時のやつだ
『334:名無しの探索者』は?封鎖ってことは…中で何か起きてんの?
『335:名無しの探索者』入口の壁に文字出た
『336:名無しの探索者』何て?
『337:名無しの探索者』
【期限は24時間】
【地下100階層に本体】
【偽りの英雄くん】
【23:59:58】
『338:名無しの探索者』うわ、煽ってきてる……
『339:名無しの探索者』“偽りの英雄”って誰のことだよ
『340:名無しの探索者』特定班うずうずしてて草
『341:名無しの探索者』草じゃねえよこれテロ予告だろ
『342:名無しの探索者』地下100階って何??そんなのあったっけ
『343:名無しの探索者』“本体”って言葉が嫌すぎる
『344:名無しの探索者』誰か止めろって、誰が止めるんだよ……
ズズズズズ……ッ!!
地鳴りみたいな振動とともに、新宿ダンジョン入口のエレベーターホールが赤黒く染まっていた。
世界が「ここから先は”異次元”だ」と勝手にバリケードを張ったみたいな色。
壁面の一部が、ぬるりと光る。
そして、整いすぎた文字列が浮かび上がった。
掲示板でも、ギルドの案内でもない――ダンジョンが直接“表示”している。
【期限は24時間】
【地下100階層に本体】
【偽りの英雄くん】
【23:59:41】
「……見える?」
九条シオリ支部長の声は冷たかった。冷たいのに、熱を帯びている。矛盾してるけど、現場の空気ってそういうものだ。
「宣戦布告よ。レベル6相当。国連にも政府にも連絡は入れた。軍の展開までの時間稼ぎが必要――つまり、私たちが最前線」
「えぇぇぇ……」
岩鉄ゲンゾウさんが半泣きで顔を歪める。
「さっき“運動会”終わったばかりだよ!?今日もう働きたくないよ!?僕、明日休みだよ!?」
「明日が来れば、ね」
シオリ支部長の一言が重い。床が一ミリ沈んだ気がした。
隣で聖女アリスが両手を握りしめ、目をきらっきらさせている。
「素晴らしいですわ!タイムリミット!深層の本体!英雄への挑発!これぞ運命――」
「最高とか言わないで!怖いよ!」
ゲンゾウさんが叫ぶ。俺は荷物のベルトを握り直して、ため息を飲み込んだ。
(……“偽りの英雄くん”。やめろ)
その呼び名が、俺に刺さりすぎる。
俺は平穏に生きたいだけだ。最強とか英雄とか、全部押し付けて逃げたいだけだ。
――なのに。
「蓬カナタ。こっち」
シオリ支部長の指が、逃げ道のない角度で俺を指した。
「え、俺ですか」
「当たり前でしょう。あなたが一番“説明できてない”」
言い方が取り調べだ。
「時間がない。作戦を立てるわ。だから素直に“仕様”を言いなさい。何ができて、何ができない?」
「いや、俺はただの荷物持ちで――」
「その荷物持ちが、配信でボスを瞬殺した」
一言で潰された。
「切り抜きの編集で盛られてるとか――」
「盛りじゃない。動画の解析報告が出てる。加工はない」
支部長が赤黒い床を指で叩いた。
壁のカウントダウンが、淡々と俺の言い訳を削っていく。
【23:58:59】
(くそ。逃げ道が、秒で消える)
俺は最後の防波堤を出す。
「……体質です。昔から、ちょっと丈夫で」
「体質で“魔力値2”は出ない」
「……え」
「あなたの測定結果は残ってる。壊れた測定器の報告も。さらに――」
支部長の視線が、アリスへ移った。
「アリス。見える?」
「はい。……カナタ様の周囲、黄金の奔流のように魔力が流れています。細いのに、終わりが見えません。とても……とても……」
「とても?」
「羨ましいです」
「そこはいらない」
即切られた。
支部長は一歩、距離を詰める。
「カナタ。あなたは隠したい。分かる。でも、私が欲しいのは告白じゃない。運用情報よ」
「……運用情報」
「あなたが失敗したら地上が死ぬ。あなたが嘘をついたら、私たちが死ぬ。――ここまで言えば分かる?」
分かる。分かりたくないけど分かる。
俺が黙ったのを見て、支部長は端末を操作した。
画面に、短い表示が走る。
【機密指定:作戦機密A】
【閲覧権限:九条シオリ(単独)】
【転送:禁止】
【記録:最小化】
「今ここで聞いた話は、私の権限で封印する。報告書にはあなたの名前は出さない。必要ならコードネームで扱う」
俺は思わず、目を細めた。
「……口外しないんですね?」
「ええ。あなたの“平穏”を守るためにね」
その言葉が、俺の胸を嫌な形で撫でた。
ありがたい。でも、怖い。
この人が本気だと分かるから、余計に。
「その代わり、あなたは三つ守りなさい」
支部長が指を立てる。
「一つ。嘘をつかない。
二つ。勝手に動かない。
三つ。指揮に従う。破ったら拘束する」
「……取引ですか」
「選択肢よ。あなたが“平穏”を守りたいなら、今ここで最低限の情報を出すのよ」
カウントダウンが、答えを急かす。
【23:57:33】
(論破されてる……?包囲網が分厚い)
俺は息を吐いて、観念した。
「……分かりました。全部じゃないです。俺も完全に把握してない」
「把握してる範囲でいい。早く」
俺は言葉を選ぶ。
逃げ筋を残すために。
「まず、俺の魔力は……出力だけが変です。出せるっていうか、出ちゃう。蛇口が壊れてる」
「出力過剰。制御は粗い」
「……そう。できることは、たぶん三つだけです」
俺は指を折る。
「一つ目。身体に流して強化。これは雑にできる。持久力とかパワーとか、そういう方向」
「それは見た」
「二つ目。誰かや機械に“流し込む”。電源みたいに。でも繊細な調整は無理。治癒とか、属性付与とか、器用なやつはできません」
アリスがうっとり頷いた。
「なるほど。カナタ様は神の発電所……」
「黙っててください」
俺が真顔で言うと、アリスが「叱責(ご褒美)」みたいな顔をした。やめろ。
「三つ目が問題で……ダンジョンみたいな“巨大な装置”があると、そこに出力を流して、命令が通ることがある」
「“ある”。条件付きね」
「はい。俺単独じゃ無理です。権限が必要」
ゲンゾウさんが「ひっ」と喉を鳴らした。
「け、権限って……僕の額のやつ?」
「そう。ゲンゾウさんが“主”の証を持ってる。俺はそこに出力を流して、裏から動かしてるだけ。――つまり、ゲンゾウさんが離れたら俺は何もできません」
支部長が短く頷く。
「主はゲンゾウさん。あなたは運用担当。……“本物は別にいる”路線、作戦として成立してるわけね」
俺は、ここだけは強めに言った。
「成立させてください。お願いします。俺、それがないと死ぬんで」
「死なせないために聞いてる。――もう一つ」
支部長の目が鋭くなる。
「あなたが身バレ回避に使ってる手。魔力の発信源をずらすやつ」
心臓が一瞬、止まった。
(そこまで掴んでるのかよ)
「……あります。荒技です。成功率も状況次第」
「技の名前はいらない。今使えるかどうかだけ」
「……使えます。ゲンゾウさんを前に立てるなら」
「よし」
支部長の判断は早い。早すぎて怖い。
「方針は決まった。ゲンゾウさんは絶対に離さない。あなたは私の視界から外れない。――行くわよ」
支部長がインカムに命令を叩きつける。
「こちら新宿。第一班、主、ゲンゾウさんを中心に護衛円陣。第二班、エレベータールート確保。第三班、地上封鎖、避難誘導の支援――急いで!」
インカムの向こうで複数の声が重なる。現場が一気に“戦争”になる。
ゲンゾウさんが、俺の袖を引いた。
「か、カナタくん……僕、ほんとに行くの?地下100階って、もう地球の裏側だよ?途中で溶けるよ?」
「溶けません。たぶん」
「“たぶん”って何!?」
俺はゲンゾウさんの耳元に顔を寄せて、小声で囁いた。
「ゲンゾウさん。……残業代、弾みます」
「……!」
「それに、地下100階なら――」
わざと間を作る。
「誰も見たことない『伝説のカップ麺』があるかもしれません」
「……ッ!!」
ゲンゾウさんの瞳がギラッと光った。単純。だが、それでいい。
「……よし。うん。散らかった地下室の片付けだ。僕、片付けは得意……得意……(震)」
震えてる。手も足も。でも目だけは妙にやる気だ。
「さすがゲンゾウ様!」
アリスが拍手する。
「恐怖を“業務”に変換する……!まさにバックライン哲学!」
(ただのカップ麺欲だよ)
俺は心の中でツッコミを入れた。
支部長がエレベーター前に立つ。
通常のパネルは“地下50階まで”しかないはずなのに、今日はその下に見慣れない項目が増えていた。
【SERVICE】
【MAINTENANCE】
【UNKNOWN】
「……未発見エリア。やっぱりあったのね」
支部長が歯を食いしばる。
「ゲンゾウさん。あなたの紋章を、ここに」
「えっ、ここ?え、痛くない?」
「痛くない。早く」
ゲンゾウさんが恐る恐る額をパネルに近づけると、紋章が淡く光り、“承認”の音を鳴らした。
ピン――。
そして扉が、いつもより重たそうな音を立てて開く。
中は……妙に広い。
壁面は金属というより黒い石と光る回路。床の線が赤黒く脈打っている。
まるで――棺。
(うわ。嫌な予感しかしない)
「行くわよ」
支部長が先に入る。ゲンゾウさんが「ひぃ」と鳴きながら続く。
アリスは「神殿の奥へ……!」と意味不明なことを言いながら堂々と乗り込んだ。
俺も最後に乗り込む。扉が閉まる。
カウントダウンが、エレベーター内の壁にも浮かんだ。
【23:56:12】
エレベーターが動き出す。
ゴ……ゴゴゴゴゴ……。
下へ。
下へ。
下へ。
耳が痛い。空気が重い。肌が粟立つ。
魔力が濃くなるっていうより“粘る”。呼吸のたびに、喉の奥に鉄の味がした。
「……ねえ、これ本当に地下?下水とかじゃないよね?」
ゲンゾウさんが震え声で言う。
「下水だったらまだマシですわ。下水には“神”は眠っていません」
「黙ってて!」
扉の上の表示が、見慣れない数字に切り替わる。
【51F】
俺と支部長が、無言で視線を交わした。
(ここから先は、地図にない)
エレベーターが、ぎゅ、と急ブレーキを踏む。
ピン――。
到着音。
扉がゆっくり開き始めた、その瞬間。
エレベーター内の光が一斉に白へ変わった。
無機質な声が、天井から降ってくる。
『――イレギュラー・ユーザーを検知』
支部長が反射的に銃を抜く。
ゲンゾウさんが「ひゃっ」と縮こまる。
アリスが「きましたわ!」と嬉しそうに息を呑む。
そして――扉の向こう、白い光の中に。
人型の“何か”が、静かに立っていた。
『修正を開始します』
俺は思わず、息を止めた。
(……来た。これはモンスターじゃない。“管理者”側だ)
カウントダウンが容赦なく減っていく。
【23:55:47】
業務開始。
地獄の深夜残業が始まった。




