第17話 ただのFランク、力業で回線を絞める
「……ふぅ。これで撤収作業は完了ですかね」
新宿ダンジョン、地下1階。あれほどの狂乱を生んだ「大運動会」から数時間後。観客たちが帰った後のグラウンドは、まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。
「ひぃぃ……。怖かったよぉ……。もう嫌だ、こんな職場……」
岩鉄ゲンゾウ社長は、控室の隅で膝を抱えてガタガタ震えていた。無理もない。今日の彼は、スライムに襲われ、オーガに襲われ、最後は俺の操作で気絶したまま、オーガをホームランしたのだ。
だが、そんな彼の姿すら、今の周囲には「威厳」として映っていた。
「見事でした、ゲンゾウ様!」
聖女アリスが、キラキラした目でタオルを差し出す。
「あのオーガの暴走……あれすらも、貴方様が仕組んだ『余興』だったのですね?平和ボケした人類に『恐怖』というスパイスを与え、直後に圧倒的な『武』で安心させる……。まさにアメとムチ!完璧な人心掌握術ですわ!」
「えっ?あ、いや、僕はただ……(怖くて漏らしそうだっただけなんだけど……)」
ゲンゾウさんが助けを求めるように俺を見る。俺は親指を立てて「ナイスファイトです(誤魔化せてます)」と合図を送った。
そう、表向きはすべて上手くいった。ネットニュースは『岩鉄ゲンゾウ、暴走モンスターを秒殺!』『神の運動会』と絶賛の嵐だ。だが――。
「……カナタくん。少し、いいかしら」
俺の背後で、冷ややかな声がした。九条シオリ支部長だ。彼女の手には、タブレット端末が握られている。画面には、真っ赤な警告ログが表示されていた。
「……わかっているわよね?さっきの暴走、ただの事故じゃない」
俺はため息をつき、うなずいた。
「……ええ。誰かがダンジョンの基幹システム(コア)に侵入しましたね」
俺たちはゲンゾウさんに聞こえないよう、部屋の隅へ移動した。シオリ支部長の表情は険しい。
「ログを解析したわ。侵入者の狙いは、ダンジョンの『安全装置』。モンスターが地上に出ないようにする『境界結界』の解除コードが……盗まれたわ」
「……は?」
俺は絶句した。境界結界。それは、ダンジョンという「異界」を地下に封じ込めている蓋だ。それが外れればどうなるか。地下50階層分のモンスターが、一斉に新宿の地上へ溢れ出す。『スタンピード(大氾濫)』。かつてない規模の大災害だ。
「犯人の痕跡は?」
「ないわ。あまりに鮮やかすぎる。まるで……ダンジョンの構造を最初から知っている『開発者』のような手口よ」
その時だった。
『ザザッ……ザザザッ……』
控室の大型モニターが、突然ノイズを発した。運動会のリプレイ映像が消え、砂嵐の画面になる。砂嵐の奥から、無機質で、どこか楽しげな「声」が響いた。
『――ごきげんよう、猿ども』
ボイスチェンジャーで加工されたような、不気味な声。控室の空気が凍りつく。
『今日の運動会、面白かったよ。特にそこの……岩鉄ゲンゾウといったか』
「えっ!?ぼ、僕ぅ!?」
ゲンゾウさんが指差され(たような気がして)、ビクッと跳ね上がる。
『君の権限……なかなか強固だね。僕がいくらハッキングしても、君の管理者権限だけは奪えなかった』
当たり前だ。(こっちは管理者権限と、物理的な握力を使ってるからな……)
俺は数時間前の、運動会中の出来事を思い返した。モニターに「外部からの不正アクセス」が表示された瞬間、俺はすぐさま『管理者権限』でシステムマップを開いた。俺にはプログラムは書けない。ウイルス除去ソフトも使えない。だが、「攻撃信号が、ダンジョンの“どこ”を通って来ているか」を表示させることならできる。
『警告。第4セクター、外部接続用・魔力ケーブルA-1に異常なデータ負荷』
「そこか」
場所が分かればこっちのものだ。俺は現場へダッシュし、赤く発光して脈動する「魔力ケーブル(直径20センチの水晶管)」を見つけた。ここに膨大なデータが流れている。なら話は早い。
「通れなければ、ハッキングもクソもないだろ」
俺は身体強化した両手で、その水晶管を「ギュッ」と握り潰した。いわゆる「ホースの首絞め」だ。管がひしゃげ、通路が物理的に閉じる。データ通信(魔力の流れ)が強制的に遮断される。
これなら、どんな天才ハッカーでもお手上げだ。物理的に道がないのだから。
(……おかげで手の皮が剥けるかと思ったぞ)
俺はポケットの中で、熱を持った指先をこっそり冷やした。
犯人は続けた。
『だが、鍵は頂いた。さあ、ゲームを始めようか。期限は24時間。僕がこのダンジョンの全機能を解放し、東京を更地にするのが先か。君たちが、地下100階層にある僕の「本体」に辿り着くのが先か』
地下100階?新宿ダンジョンは50階層までのはずだ。俺とシオリ支部長は顔を見合わせた。未発見エリアがあったのか?
『待っているよ、偽りの英雄くん。君の化けの皮が剥がれる瞬間を、特等席で見せてもらおう』
プツン。通信が切れた。
静寂が支配する控室。全員の視線が、ゲンゾウさんに集中する。「世界を滅ぼす犯人」からの、名指しの宣戦布告。普通なら、絶望で膝をつく場面だ。
だが、ここで動いたのが聖女アリスだった。
「……許せません」
アリスが震えながら立ち上がる。怒りではない。感動で震えていた。
「なんて……なんて王道な展開!!」「はい?」「見え透いた挑発!姿を見せない卑劣な敵!そして突きつけられたタイムリミット!これは神がゲンゾウ様に与えたもうた、最終試験ですわ!」
アリスはゲンゾウさんの手をガシッと握りしめた。「やりましょうゲンゾウ様!地下100階?関係ありません!貴方様の『バックラインスキル』で、世界の敵ごとゴミ箱へダンクシュートして差し上げましょう!」
「い、いやいやいや!無理だよ!地下100階って何!?マントルだよ!?溶けちゃうよ!?」ゲンゾウさんは半泣きで拒否する。
だが、シオリ支部長が覚悟を決めたようにスマホを取り出した。
「……国連と政府に連絡するわ。レベル6相当の緊急事態宣言よ。でも、軍隊が展開するまで時間がかかる。……ゲンゾウさん。お願い、貴方しかいないの」
「えぇぇぇ……」ゲンゾウさんは俺を見る。「助けてカナタくん!断って!」という目だ。俺は……深くため息をつき、そして。
(……やるしかねえか)
俺はゲンゾウさんに近づき、小声で耳打ちした。
「社長。……これ、残業代弾みますよ」
「えっ」
「それに、地下100階なら……多分、誰も見たことない『伝説のカップ麺』とか落ちてるかもしれませんね」
「……えっ?」
ゲンゾウさんの目の色が変わった。単純だ。だが、この人はそれでいい。
「……わ、わかったよ。まあ、要するに……『散らかった地下室の片付け』に行けばいいんだよね?」
ゲンゾウさんが立ち上がる。その背中は、もはや震えていなかった(足は震えてるけど)。
その時。ズズズズズ……ッ!!地鳴りと共に、ダンジョンの入り口であるエレベーターホールが、赤黒い光に包まれた。「敵」のゲームが、始まったのだ。
「急ぎましょう、ゲンゾウさん。私が先導します」シオリ支部長がインカムで指示を飛ばしながら、駆け出していく。ゲンゾウさんも「待ってよぉ!」と慌ててその後を追う。
俺も荷物を持って走り出そうとした、そのすれ違いざま。
「…………(ニチャア)」
聖女アリスが、俺の横で足を止めた。そして、ものすごい「ドヤ顔」で俺を見つめてきた。
その表情は、雄弁に語っていた。
『ふふっ……流石ですわカナタ様。愚かな人類には「ゲンゾウがやる気になった」ように見せかけ、その実、裏で貴方様が「餌(カップ麺)」で操っていた……。完璧な人心掌握。私だけは、貴方様の深淵なる御心、完全に理解しておりますわ』
アリスは俺に向かって、バチーン!と音が鳴りそうなウインクを飛ばし、意味ありげに頷いてみせた。「さあ、参りましょうか。我々の聖戦へ」と言わんばかりだ。
俺は――。
「…………」
スッ、と真顔で視線を逸らした。徹底的に無視だ。お前とは目が合っていない。俺はただの背景モブだ。
「……ッ!?(ゾクゥッ!)」
アリスが身震いした。
『ああ……!「私ごときが神と視線を合わせようなど不敬である」という無言の叱責……!なんてストイック!痺れますわ!一生ついていきます!!』
勝手に解釈して勝手に興奮しているアリスを放置し、俺は早足で部屋を出た。
俺はこっそりポケットの中で、拳を握りしめた。正体不明のハッカー。地下100階の謎。そして、無駄に勘の鋭い(けどズレている)聖女の視線。
全部まとめて、俺(Fランク)が裏からねじ伏せてやる。
「……さあ、業務開始だ」
俺のつぶやきは、誰にも聞こえなかった。




