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ただのFランク、配信事故で最強扱いされたので、ビビりの巨漢を“ダンジョンの主”に仕立てて逃げます  作者: 九条 綾乃


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第16話 新宿ダンジョン大運動会

「……あー、テステス。本日は晴天なり。絶好のダンジョン日和ですわ」


 新宿ダンジョン、地下1階特設グラウンド。実況席に座る聖女アリスの声が、スピーカーを通して会場に響き渡った。観客席には1万人の一般客。配信の同時接続数は3000万人。そしてフィールドには、赤組(人間)と白組モンスターが整列している。


「選手宣誓!赤組代表、岩鉄ゲンゾウ!」


 名前を呼ばれ、ゲンゾウさんがガチガチに震えながら朝礼台に上がった。その手には、運営委員会(シオリ支部長)から渡された宣誓文が握られているが、小刻みな振動で紙がブレて読めていない。


「せ、宣誓……!わ、我々は……スポーツマンシップに則り……(帰りたい……お腹痛い……)」


 震える声がマイクに入り、ブォォォォン……と重低音のノイズが響く。それだけで会場が沸いた。


『始まった!王の宣誓だ!』

『声が重低音すぎて内臓に響くwww』

『今日のゲンゾウさん、殺気がすごくね?』


 違う。あれは殺気じゃない。極度の緊張で「今すぐトイレに行きたい」という切実な生理現象の波動だ。俺、よもぎカナタは、カメラマンとして舞台袖で頭を抱えていた。


「……早く終わってくれ。俺は帰って寝たいんだ」


 だが、俺のささやかな願いは、最悪の形で裏切られることになる。


【第1種目:スライム入れ(玉入れ)】


「位置について――よーい、ドン!」


 最初の競技は、逃げ回るスライムを捕まえてカゴに入れる「スライム入れ」。フィールド中央、ゲンゾウさんは涙目で逃げ回っていた。


「ひぃぃ!こっち来るな!ヌルヌルして気持ち悪いよぉ!」


 彼はスライムを追いかけているのではない。スライムから逃げているのだ。だが、足元にまとわりつくスライムを見て、彼のバックラインとしての職業病が発動した。


「ああっ!靴に張り付いた!汚れる!早く捨てなきゃ!」


 ゲンゾウさんはパニックになり、足元のスライムを鷲掴みにすると、カゴ(ゴミ箱)に向かって腕を振りかぶった。ただのゴミ捨てだ。だが、このままではカゴに届かない。


(……はいはい、補正しますよ!)


 俺は物陰から、ゲンゾウさんの背中に向かって指を向けた。ダンジョンシステムをハックした時に使った『魔力パス(回路接続)』。俺の魔力を、遠隔でゲンゾウさんの肉体に繋ぐ!


(――接続コネクト。右腕上腕三頭筋、瞬間強化ブースト!)


 ドシュッ!!!!


 俺の魔力で無理やり収縮させられたゲンゾウさんの腕が、火薬が炸裂したような速度でスライムを射出した。音速を超えたスライムは、カゴの底板をぶち抜き、さらに天井の岩盤に突き刺さった。


『ファッ!?』『玉入れってレベルじゃねーぞ!』『カゴ貫通したwww』


 会場が静まり返る中、実況のアリスが恍惚とした声で叫んだ。


「見ましたか皆様!あれは単なる投擲ではありません!不浄なるスライムを、物理的なカゴから解き放ち、天へと還したのです!まさに『魂の昇華アセンション』!なんて慈悲深い……ッ!」


 アリスの超解釈のおかげで、ゲンゾウさんの「パニックゴミ捨て」は「慈愛の神投擲」として処理された。よし。


【第2種目:VSギガントオーガ綱引き】


 続いての競技は、白組の秘密兵器『ギガントオーガ』との綱引きだ。対する赤組は――岩鉄ゲンゾウ、たった一人。


「む、無理だよぉ!腕ちぎれちゃうよぉ!」


 ゲンゾウさんは、渡された極太の綱を見て、ハッとした顔をした。綱の繊維が、一部ほつれているのが見えたのだ。


「……危ない。……締め直さないと」


 彼は、対面のオーガなど目もくれず、綱の結び目を点検するためにグイッと手繰り寄せた。好機と見たオーガが、丸太のような腕で綱を引く。Sランク級の怪力だ。普通ならゲンゾウさんは空の彼方へ飛んでいく。


(――接続コネクト。下半身筋肉、最大硬化!)


 俺はすかさずパスを通し、ゲンゾウさんの下半身にデタラメな量の魔力を流し込んだ。強化された脚力が、地面のコンクリートをバターのように踏み抜き、岩盤に足を食い込ませる。物理的なアンカー(杭)の完成だ。


 ブンッ!!


 オーガが全力で引いても、地面と一体化したゲンゾウさんはピクリとも動かない。逆に、ゲンゾウさんが「ちょっと点検させて」と軽く手元に引いた動作が、オーガに伝わる。


 ――ズドオオオオオンッ!!


「ギャアアアッ!?」


 巨体のオーガが宙を舞い、壁にめり込んだ。土煙が舞う中、ゲンゾウさんはまだ綱のほつれを見てブツブツ言っている。


「……うん、これでヨシ。安全確認完了」


「勝負ありぃぃぃぃッ!!」アリスが絶叫する。「一歩も動かず!まさに『不動の明王』!」


 ここまでは、平和だった。みんなが笑っていた。異変が起きたのは、最終種目「借り物競走」ゾーンだ。


【最終種目:借り物競走】


 ゲンゾウさんが、震える手で「お題カード」をめくった、その瞬間。


『ザ……ザザッ……』


 会場の巨大モニターにノイズが走った。陽気なBGMが、ブツンと途切れる。


「……あれ?音響トラブルか?」


 俺が不審に思った直後。ダンジョンの照明が、すべて『赤』に変わった。


『警告。警告。システム・エラー発生』


 無機質な機械音声が響く。そして、ゲンゾウさんが手に持っていた「借り物カード」の文字が、血が滲むように書き換わった。


【借り物:パン】

 ↓

【借り物:新鮮な心臓ヒト


「……え?」


 ゲンゾウさんが動きを止める。その背後で、気絶から復帰していたギガントオーガの目が――どす黒い赤色に発光した。


「グゥ……オォォォォォォッ!!!」


 もはや競技の興奮ではない。純粋な、殺意。オーガが巨大な棍棒を振り上げ、近くにいた赤組の女子高生探索者に振り下ろした。


「キャアアアアッ!?」


 ドォォォォン!!


 間一髪、シオリ支部長が展開した防御結界が防ぐ。だが、衝撃で観客席から悲鳴が上がった。


『おい!?何だ今の!?』

『演出か!?』

『いや違う、モンスターの目がヤバい!』

『逃げろ!暴走だ!!』


 パニック。阿鼻叫喚。会場にいた数百体のモンスター(従業員)が一斉に「野生」を取り戻し、人間に襲いかかった。ゲンゾウさんは腰を抜かしてへたり込んでいる。無理だ。戦えない。


(……チッ、最悪だ!モード切替のバグか!?)


 俺はカメラを放り投げ、覚悟を決めた。今のゲンゾウさんは恐怖で硬直している。説得している時間はない。なら――無理やり動かすしかない!


「すみませんゲンゾウさん、少し寝ててくれッ!」


 俺は影から、デコピンの衝撃波をゲンゾウさんの延髄に叩き込んだ。ゲンゾウさんが白目を剥いて気絶する。膝が崩れ落ちる――その寸前。俺は指先から魔力を極細の「糸」のように伸ばし、ゲンゾウさんの全身の筋肉に突き刺した。


回路接続コネクト――外部身体強化・強制駆動』


 俺に使えるのは「身体強化」だけだ。便利な操作魔法なんてない。だが、「俺の魔力が繋がっているもの」を「俺の体の一部」として強化(収縮)することならできる!


(理論は簡単だ。右腕を上げたいなら、右腕の筋肉にだけ魔力を流して『強化(収縮)』させればいい!)


 俺は脳内で、ゲンゾウさんの全身の筋肉図をイメージする。上腕二頭筋、収縮。大腿四頭筋、固定。背筋、最大出力。これはいわば、他人の体を動かす超難易度のラジコンだ!


 ガバッ!気絶したままのゲンゾウさんが、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。首はガクッと垂れ下がり、目は閉じられている。だが、その拳だけは、俺の魔力によって鋼鉄のように硬直していた。


「……スッ……(寝息)」


 ドゴォォォォォンッ!!


 俺の魔力で無理やり縮められた筋肉が、バネのように弾け、オーガの巨体を弾き飛ばした。一撃。Sランク級の肉体が、ボールのように観客席の遥か彼方へ消えていく。


(……くっそ、重い!他人の筋肉を操作するのがこんなにキツイとはな……!)


 俺の額から、滝のような汗が吹き出す。指がつりそうだ。一本でも操作を間違えれば、ゲンゾウさんは複雑骨折するし、俺の魔力回路も焼き切れる。涼しい顔をしているように見えるが、裏では針の穴を通すような魔力制御を行っていた。


 静寂。そして、実況席のアリスが、震える声でマイクを握りしめた。


「……み、見ましたか皆様ッ!!」


 アリスが立ち上がり、絶叫する。


「彼は……目を閉じました!視覚というノイズを遮断し、心のマインド・アイだけで敵の殺気を感じ取ったのです!これぞ武の極致――『無我の境地ゾーン』!!」


『ゾーン入ったwwwww』

『目つぶってワンパンとかマジかよ』

『完全に達人の動き(脱力しすぎだろ)』


 違う。マジで気絶してるんだよ。俺は物陰で、震える指を必死に動かしながら、心の中で叫んだ。(起きろゲンゾウさん!俺の指が腱鞘炎になる前に!!)


 数分後。暴走したモンスターたちは全員、衝撃で「正気(気絶)」に戻された。フィールドには、白目を剥いて立ち尽くすゲンゾウさんと、死屍累々のモンスターの山。会場は、割れんばかりの歓声に包まれていた。


 だが。俺だけは、モニターに表示された「エラーログ」を見て、血の気が引いていた。


【エラー原因:外部からの強制干渉】

【侵入者ID:unknown】

【メッセージ:……遊びは終わりだ。鍵は頂いた】


(……外部侵入?俺以外に、ダンジョンのシステムをハックできる奴がいるのか……?)


 背筋が凍る。このダンジョンの管理権限は、ゲンゾウさんにあるはずだ。それを上書きするほどの出力。歓喜に沸く運動会会場で、俺一人だけが、忍び寄る「世界の終わり」の足音を聞いていた。


「……カナタくん?どうしたの、顔色が悪いわよ?」


 戻ってきたシオリ支部長が、不審そうに俺を覗き込む。その目は、いつもの「疑惑」ではなく、鋭い「戦士」の目だった。俺は引きつった笑みを浮かべ、震える声で答えた。


「い、いやぁ……。ゲンゾウさんの本気を見たら、ビビっちゃって……」


 嘘じゃない。俺は今、初めて本気で――この先の展開シナリオにビビっていた。平和なレジャーランド編は、唐突に終わりを告げたようだ。

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