第15話 聖女様「尊すぎて直視できません!」
「……はぁ。尊い。今日も空気が美味しいですわ」
東京都港区、岩鉄食品・社長室。ローマから来たSランク聖女・アリスは、部屋の隅で死んだ魚のような目をしている俺、蓬カナタに向かって、ウットリとした表情で拝んでいた。
「あ、あの聖女様?僕、ただのマネージャーなんですけど……そんなに見つめられると仕事しにくいんですが」「いいえ、お気になさらないで。私はただ、貴方様という『生ける聖遺物』から漏れ出る魔力の余波を浴びているだけですので」
この聖女、完全に俺の正体(魔力バカ)に気づいている。だが幸いなことに、彼女の脳内変換機能はポンコツだった。「カナタ=強大な精霊」「ゲンゾウ=精霊が憑依する器」という、斜め上の解釈で納得してくれているのだ。
おかげで、「世を忍ぶ精霊様のために、私は全力で『一般人マネージャー』という設定に合わせます!」と、奇妙な共犯関係が成立してしまっている。
「……ひぃっ。アリスさん、こっち見ないでぇ……。僕、何もしてないよぉ……」
一方で、社長席に座るゲンゾウさんは、アリスの視線に怯えてガタガタ震えている。聖女アリスのスキル『神の天眼』は、嘘や本質を見抜く。つまり、ゲンゾウさんが「ただの小心者のおっさん」であることもバレバレなのだ。だからこそ、彼女はゲンゾウさんに対してだけ、妙に態度が冷たい。
「……岩鉄社長。貴方は『器』として優秀ですが、少し震えすぎです。カナタ様の『神降ろし』の邪魔になりますので、静止していてください」「は、はいぃ……!」
このままでは、ゲンゾウさんのメンタルが崩壊し、せっかく軌道に乗ったスープ工場の操業が止まってしまう。それに、世間では「ゲンゾウの元に聖女が降臨した!」と大騒ぎになっているのだ。この状況を、なんとか配信で「良い感じ」に調整しなければならない。
俺は覚悟を決めた。
「……よし。ゲンゾウさん、アリスさん。配信やりましょう。『聖女加入のお知らせ』と、『ゲンゾウさんの凄さを聖女が保証する』という体裁で!」
数分後。工場内に急造したスタジオから、全世界へライブ配信がスタートした。
タイトル:【超大型新人】聖女アリスちゃんが、うちのスープ屋に入社しました。
『ファッ!?』『タイトル詐欺かと思ったらマジでアリス様だ!』『ローマの至宝がなんでスープ屋に!?』『ゲンゾウ社長の人徳ヤバすぎワロタ』
開始数秒で同接は300万。アリスの人気、恐るべし。画面の中央には、緊張で石像のように固まったゲンゾウさん。その右隣に、清楚な微笑みを浮かべるアリス。そして左端の画面外ギリギリに、撮影係の俺がいる。
「……えー、みなさんこんにちは。新入社員の、アリスです」アリスがカメラに向かって優雅に一礼する。それだけでコメント欄が『浄化された』『スパチャ投げたいけど通貨がわからん』とカオスになる。
「本日は、私が敬愛する……こちらの『社長』の素晴らしさを、皆様にお伝えしたいと思います」
アリスがゲンゾウさんの方を向く。視聴者は「聖女が英雄を称える感動のシーン」を期待している。だが、俺だけは知っていた。アリスが見ているのは、ゲンゾウさんの背後の壁……つまり、カメラの死角にいる俺だということを。
(やめろアリス!視線がズレてる!カメラ越しだと『ゲンゾウさんの後ろの守護霊』を見てるようにしか見えねぇぞ!)
俺は冷や汗をかきながら、カンペを出した。『ゲンゾウの魔力を褒めて』。
アリスは頷き、自身の両目に魔力を集中させた。彼女の瞳が、サファイアのように青く発光する。Sランクスキル『神の天眼』。あらゆる魔力の流れを視覚化する最強の鑑定眼だ。
「……見えます。見えますわ。……この、世界を包み込むような黄金の奔流が!」
アリスの声が熱を帯びる。彼女の視界には、俺がゲンゾウさんに供給している(流し込んでいる)莫大な魔力が見えているはずだ。
『やっぱゲンゾウさんのオーラって黄金色なんだ』『聖女様が言うならガチだな』『俺らには見えないけど、聖女様には「王の覇気」が見えてるんだな』
ここまでは順調だった。視聴者は勝手に納得してくれている。だが、アリスのテンションが上がりすぎた。
「ああ……もっと!もっとよく見たい!この力の『根源』を!」「ちょ、アリスさん!?」
アリスが突然、カッ!と目を見開き、出力全開で俺の方を凝視したのだ。
(待て、俺を見るな!俺の『魔力値2』をナメるんじゃないぞ!)
ギルドの測定では確かに『2』だった。プランクトン並みだ。だがあの時、機械は煙を吹いて壊れた。もし、俺のデタラメな出力に耐えきれず、メーターが一周回って『2』になったのだとしたら?……いや、あの最新機種の上限値はいくつだ?億か?兆か?もし兆を超えてなお、俺の魔力がカウンターを何周もラップしていたとしたら――?
「…………ッ」
俺は一瞬、自分の「中身」の桁数を想像しようとして、脳がクラッとした。考えたくない。想像するだけで吐き気がするような、デタラメな無限。こいつは今、そんな『歩く特級災害(俺)』の炉心を、感度3000倍の眼でゼロ距離凝視しようとしているのか?
(――やめろ、それは鑑定じゃない!ただの自爆スイッチだ!)
アリスの瞳孔が開く。そして、世界の理が、彼女の網膜を焼き尽くした。
「――んあ゛あぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
絶叫。アリスが両手で顔を覆い、のけぞった。
『!?』『聖女様!?』『どうした!?敵襲か!?』
「目がぁ!目がぁぁぁぁ!!」
アリスが床をごろごろと転げ回る。美しい聖女の姿はそこにはない。あるのは、禁忌の光に触れて狂乱する一人のオタクだけだ。
「焼ける!網膜が聖なる炎で焼かれますわぁぁぁ!!なんて素晴らしい痛み!!」
「ア、アリスさん!?」
「素晴らしい……!見ろ、これに比べれば、ローマの秘宝などゴミのようですわぁぁ!!」
(自国の宝をゴミ呼ばわりするな!)
「あああン!光の洪水が脳髄に直接!尊い!尊すぎて視神経がショートしましたわ!!……立て、鬼ごっこは終わりです!!」
「誰と鬼ごっこしてるんだよ!」
俺は慌ててカメラを揺らし、「うわぁっ!機材トラブル!?」と叫んで誤魔化す。
(バカ野郎!太陽をオペラグラスで見るようなもんだぞ!)
だが、配信は止まらない。コメント欄は阿鼻叫喚だ。
『尊すぎて目が焼けたって何!?』『ゲンゾウさんの覇気が強すぎたのか!?』『「目がぁ!」って言ってるのに顔が笑ってるぞ!?』『「ゴミのようだ」って言ったか今!?』『聖女すら狂わせるゲンゾウ・オーラ……』
ゲンゾウさんは、のたうち回るアリスを見て「ひぃっ、た、大変だ!救急車!?」とオロオロしている。だが、その動きがまた「強者の余裕(に見える棒立ち)」として処理される。
ここで俺は、とっさにマイクに向かって叫んだ。
「あーっ!申し訳ありません視聴者の皆様!今、社長が『うっかり本気』を出しすぎてしまいました!アリス様は、その輝きをまともに食らってしまったようです!」
無理やりな理屈だが、視聴者(信者)たちには十分だ。
『やっぱオーラか!』『ゲンゾウさん、普段は力を抑えてたのか!』『漏れただけで聖女の目を焼くとか、核融合炉かよ』
アリスは涙を流しながら、よろよろと立ち上がった。目は真っ赤に充血し、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだが、その表情は完全に「キマって」いた。
「……ハァ、ハァ。……素晴らしい。……最高のショーだと思わんかね?」
「誰に聞いてるんですかアリスさん(正気に戻ってくれ)」
「ええ、最高です(カナタ様)。……皆様、今の放送事故、申し訳ありません。ですが証明されました。岩鉄ゲンゾウ(の背後にいる御方)は……まさに神域の存在です!直視したら人間辞めちゃうレベルです!」
アリスがビシッとゲンゾウさんを指差す。ゲンゾウさんは「えっ、僕?僕が神域?人間辞めちゃう?」と泣きそうな顔だが、視聴者のボルテージは最高潮に達した。
『聖女公認キターーー!!』『目が潰れても信仰をやめない聖女様、ガチ勢すぎる』『ゲンゾウ教、入信します』『これもう国を作れるレベルだろ』
配信終了後。俺はソファに沈み込み、ぐったりとしていた。
「……疲れた。なんで俺の周りには、こんなに濃いキャラしか集まらないんだ」「カナタ様!先ほどの閃光、最高でした!次はサングラス……いえ、溶接用マスクを用意しますので、もう一度お願いします!」「もうしません!仕事してください聖女様!」
アリスが俺に冷たいおしぼり(聖水入り)を差し出してくる。その目はまだ少し充血しており、時折思い出しては「んふっ、目がぁ……」と恍惚の笑みを漏らしていた。
ゲンゾウさんは部屋の隅で、「僕、オーラなんて出してないよぉ……ただの手汗だよぉ……」と自分の手をさすっていた。
こうして、「聖女アリス」という最強の(そして一番厄介な)味方が、正式にチームに加わった。俺の平穏な生活は、ますます遠のいていく気がした。
「……あ、そうだカナタくん。ギルドから手紙が来てるよ」ゲンゾウさんが一枚の封筒を差し出す。差出人は、九条シオリ。
『拝啓、岩鉄ゲンゾウ様(および蓬カナタくん)。先日の配信、拝見しました。聖女すら手懐けるその手腕、感服です。さて、これほどの人材と戦力が集まったのです。そろそろ国民のために、その力を還元してはいかがかしら?来週、ギルド主催のイベントを開催します。題して――『第一回・新宿ダンジョン大運動会』。拒否権はありません。楽しみにしています』
「…………は?」
俺とゲンゾウさんの声が重なった。運動会?ダンジョンで?モンスターと?
「……嫌な予感しかしない」
俺は手紙を握りつぶし、天を仰いだ。次回、モンスターと人間が入り乱れる、カオスな運動会が開幕する。
(第16話へ続く)




