第12話 ネガキャン動画、逆にプロモに使われてしまう
翌日。
ネット上は、ある「告発動画」の話題で持ちきりになっていた。
その動画を見た俺――蓬カナタの第一声は、焦りでも怒りでもなく。
「……あーあ。めんどくさ」
深い、深い、諦めのため息だった。
ソファに沈み込み、スマホを放り投げる。
画面には《憂国の守護者》とかいう、寒すぎて指先が凍るアカウント名。
動画の内容はこうだ。
――“ダンジョンの主”岩鉄ゲンゾウが、モンスターを洗脳している。
――従わない個体は処分。
――その目的は地上侵攻。
――つまりあいつはテロリスト。
(最悪だ。これ、対応間違えるとゲンゾウさんが炎上して、ギルド追放……いや、最悪「管理権剥奪」まである)
俺の脳内で、クズな計算機が高速回転する。
ゲンゾウさんが失脚したら、俺の“盾”が消える。
盾が消えたら、九条シオリさんの視線が俺に戻る。
視線が戻ったら、俺のスローライフが死ぬ。
(……いや待てよ? ここでゲンゾウさんを見捨てて、騒動のドサクサに紛れて俺だけ田舎に逃げるのは……)
一瞬、悪魔的な選択肢が脳裏をよぎった。
俺はただ、カップ麺を啜って寝ていたいだけなのだ。
面倒な英雄ごっこなんて知ったことじゃない。
——のに。
視界の端。
部屋の隅で体育座りになっている、巨大な背中が目に入った。
ゲンゾウさんだ。
《施設管理課/保全班》――通称“バックライン”。
ギルドの舞台裏で、結界点検から回線保全、封鎖、衛生処理まで「当たり前」を積み上げる現場のプロ。
その人が今、巨体を丸めて泣いている。
「ぼ、僕……テロリストなんて言われてるよぉ……ううっ……」
……いやもう。
心が弱い。優しすぎる。
この人が“侵攻”なんて言葉を口にできるわけがない。侵攻より先に「床が滑る」って注意するタイプだ。
「…………チッ」
俺は盛大に舌打ちした。
ここで逃げたら、この気のいいおっさんは社会的に潰される。
俺が勝手に巻き込んだくせに、用済みになったらポイ捨て?
(……あーもう、ダメだ!
そんなことしたら寝覚めが悪くてカップ麺が喉を通らねぇ!
俺の安眠のためだ。仕方ねぇだろ!)
結論。
俺の「美味しい食事と安眠」を守るためには、不本意ながらこのおっさんを救うしかない。
「……ゲンゾウさん、泣くのやめてください。湿気で部屋がカビます」
「か、カナタくん……僕、もう終わりかなぁ……」
「終わりませんよ。……俺の睡眠時間を奪った連中に、きっちり落とし前つけさせるんで」
俺は気だるげに起き上がり、復讐という名の事務処理を開始した。
一方、ホーリー・メディカル本社。社長室。
毒島社長と権田原副支部長は、高級ワインを片手に、告発動画の再生数が伸びるのを眺めていた。
「ふははは!見ろ、すでに100万再生だ!」
「ええ、チョロいものですよ。これでゲンゾウは『危険人物』として認定され、ギルドから追放。ダンジョンの管理権は再び我々の手に戻る……」
二人は勝利の美酒に酔いしれていた。
——が。
コメント欄を開いた瞬間、毒島の顔から笑みが消えた。
『なんだこれ』
『ゲンゾウさん、指揮官としても有能すぎない?』
『オークへの指示出しのキレがヤバい。これ襲わせてるんじゃなくて「暴れるな」って止めてる映像だろ?』
『捏造乙。本物のゲンゾウさんの筋肉は、もっと慈愛に満ちた動きをするから』
『洗脳? いやどう見ても「しつけ」です。ありがとうございました』
「……は?」
毒島が声を裏返す。
予想していた罵詈雑言が一つもない。
むしろ「貴重な未公開映像キター!」とファンが歓喜している。
「な、なんだこれは!? なぜ炎上しない!? なぜ奴を叩かないんだ!?」
「ま、待て毒島くん! 『ゲンゾウCH』が緊急生配信を始めたぞ!」
画面が切り替わる。
真っ黒な背景。
そこに座るのは、俺——蓬カナタ。
表情は“悲痛”。演技レベルMAX。
「皆さん、こんにちは。マネージャーのカナタです。……今、世間を騒がせている『告発動画』について、お話しさせてください」
コメントが一気に流れる。
『カナタくん!』
『大丈夫かー!?』
『信じてるぞ!』
『バックラインに喧嘩売るとか正気か?』
俺は深くため息をつき、手元のキーボード(※雰囲気用)を叩いた。
「結論から言います。あの動画、AIを使ったディープフェイクです」
——まずはジャブ。
「ほら、ここ。オークの指の本数が6本になってるでしょ? 雑な生成AIを使った証拠です」
(ふぅ。ここまでは“常識”で殴れる。さっさと終わらせて二度寝してぇ)
だが、ここからが本番だ。
俺は声を潜め、さも“恐ろしい事態”が起きたかのように演出する。
「そして……ここからが重要なんですが」
コメントが止まる。
人は“重要”という単語に弱い。便利。
「どうやら、ダンジョンの管理システム自体が『主』への悪意ある攻撃を感知して、自動防衛モードに入ってしまったみたいなんですよ」
『え?』
『ダンジョンがキレた?』
『バックライン守護システム発動!?』
「ええ。僕らも止める間もなく、勝手に逆探知を始めちゃって……」
——もちろん俺がやってる。
俺の『魔力回路』は、生まれつき出力がバカでかすぎて、普段は筋肉の制御にしか使えない。
繊細なハッキング? 知らん。
でも今は、ダンジョンという“神の演算機”が手元にある。
俺はそこに無尽蔵の魔力を流し込み、セキュリティを——
「へし折った」
鍵を開けるのが面倒だから、ドアごと爆破したようなものだ。
すべては、後ろで震えているおっさんを助けて、俺が気持ちよく寝るためだ。
「おっと、出ました。ダンジョン様が犯人を特定したようです(棒読み)」
俺は涼しい顔で、カメラに資料を掲げた。
「発信元は……港区赤坂。『ホーリー・メディカル本社ビル』最上階、社長室のWi-Fi」
『草』
『社長室www』
『逆探知は草』
『バックラインというよりデバッグライン』
毒島と権田原の顔色が、モニター越しにでも分かるほど青くなる。
俺はニコッと笑って、追い打ちをかけた。
「さらに、ダンジョンシステムが『主への敵対行動の証拠』として、過去の音声データを勝手に復元しちゃいました。……えー、再生しますね(ポチッとな)」
——プツッ。
——ザザッ。
『ふははは!見ろ、すでに100万再生だ!これで国民も目を覚ますだろう!』
『これでゲンゾウは危険人物として認定され……ダンジョンの管理権は、再び我々の手に……』
……全世界に、悪巧みの生音声がクリアな音質で放送された。
社長室に、死のような沈黙が落ちる。
終わりだ。
彼らは俺の睡眠時間と、ゲンゾウさんの平穏を奪った代償として、社会的地位のすべてを失った。
バンッ!!
突然、社長室のドアが乱暴に開かれる。
入ってきたのは東京地検特捜部。
そして、その後ろに——鬼の形相の九条シオリが立っていた。
「毒島社長、そして権田原副支部長。……ご同行願います」
「し、支部長……!? ち、違うんだ! これは誤解で——!」
「言い訳は署で聞くわ」
シオリの声は氷みたいに冷たい。
「……あなたたちがポーション利権のために、どれだけダンジョンの安全化を妨害していたか。カナタくんから“証拠データ(裏帳簿)”が届いているのよ」
「やめろ!離せ!俺は社長だぞ!俺がいなきゃポーションは誰が作るんだぁぁぁ!!」
絶叫が響く。
その頃、俺は配信のモニターを見ながらポテトチップスの袋を開けていた。
「ふぅ……ドナドナされていったか。ざまぁみろ」
ボリボリ食いながら、俺はカメラに向かって“営業用スマイル”を作る。
「というわけで、ゲンゾウさんはシロです。……あ、ゲンゾウさん、もう出てきていいですよ。怖くないですから」
画面の端から、涙目で震えるゲンゾウさんが顔を出す。
「ほ、本当かい……? 僕、逮捕されない……?」
「されませんよ。……まったく、世話の焼ける人だなぁ」
俺は彼の背中をポンポン叩いた。
口では文句を言いながらも、この気のいいおっさんが無事だったことに、少しだけホッとしている自分がいる。
(よし。これで最強の盾の安全性は確保された。これでまたしばらく、俺は何もしないでゴロゴロできるはずだ……)
心の底から安堵した。
——が。
俺の願いとは裏腹に、世間の評価は斜め上の方向へ爆走する。
『カナタくん、有能すぎる』
『主を守るためにシステムすら手懐ける忠臣』
『この二人、最強のコンビだろ』
(……なんか、俺の好感度まで上がってね?
やめろよ。俺はモブでいいんだよ……!)
スローライフへの道は、俺が頑張れば頑張るほど、なぜか遠のいていく気がした。




