第11話 ポーションが売れないので、製薬会社の社長がブチ切れました
東京・港区。超高層ビルの最上階にある役員会議室。そこでは、高級なマホガニーの机を、怒りに震える拳が叩きつけていた。
「......98パーセント減だと!?ふざけるなッ!!」
怒号を上げているのは、国内最大手の回復薬メーカー『ホーリー・メディカル』のCEO、毒島だ。彼はプロジェクターに映し出された、奈落の底へダイブしている売上グラフを睨みつけ、血走った目で叫んだ。
「なぜだ!なぜポーションが売れない!探索者どもは毎日傷つき、血を流し、我が社の高い薬を買うのが義務だろうが!」
「そ、それが社長......。新宿ダンジョンが『完全安全地帯』になってしまいまして......」
秘書が震えながらタブレットを差し出す。そこには、『オークの鉄板焼き』に舌鼓を打ち、無傷で帰還する探索者たちの笑顔が映っていた。
「カスり傷ひとつ負わないなんて、ダンジョンじゃない!ただのピクニックだ!これでは我が社の在庫がゴミくずだぞ!」
「落ち着きたまえ、毒島くん」
狂乱する毒島をなだめたのは、ソファで葉巻をくゆらせている男――探索者協会副支部長、権田原だ。彼は九条シオリの政敵であり、旧態依然とした「利権」を愛する古狸である。
「......岩鉄ゲンゾウ。あの男が諸悪の根源だ。彼がダンジョンを『浄化』してしまったせいで、我々の懐も寒くなる一方だよ」
「権田原さん!なんとかなりませんか!あんなふざけた清掃スタッフ、ギルドの権限で排除してくださいよ!」
「ふふ、安心してくれたまえ。......ちょうど今日、海外から『うるさい連中』が視察に来る。彼らを利用して、ゲンゾウの化けの皮を剥がし、国際問題にしてやればいい」
権田原は、ドス黒い笑みを浮かべた。
「平和ボケした施設管理係が、各国の軍人や武術家を相手に何ができるかな?......今日が、岩鉄ゲンゾウの没落の始まりだよ」
一方、新宿ダンジョン入り口。俺、蓬カナタは、いつものようにカメラを回していた。
タイトル:【超大物来日】米国将軍と中国拳法家が、ゲンゾウさんに挨拶に来たようです。
『はじまた』『タイトルが不穏すぎるwww』『ゲンゾウさん、もう国賓扱いじゃん』
コメント欄が加速する中、黒塗りのリムジンから降りてきたのは、二人の要人だ。一人は、アメリカ軍特殊部隊のトップ、マクガーデン将軍。身長2メートル近い筋肉ダルマで、眼光だけで人を殺せそうな男だ。もう一人は、中国武術界の生ける伝説、王老師。小柄だが、その身に纏う「気」は鋭い刃物のようだ。
「......Nice to meet you.あなたが『King of Dungeon』か?」
マクガーデン将軍が、威圧的な態度でゲンゾウさんの前に立つ。対するゲンゾウさんは、特注の『正装用フルプレートアーマー(蝶ネクタイ付き)』に身を包み、ガタガタと震えていた。
(ひぃぃぃ......!な、なにこの怖い外国人......!銃持ってるよ!?僕、撃たれるの!?)
ゲンゾウさんの心の声が聞こえてきそうだ。だが、その微細な振動が、鎧を共鳴させ、「ブォォォォ......」という低い唸り声を発しているように聞こえる。
「......(無言の圧力)」「Hoo......。私の殺気に微動だにしないとはな(震えているだけです)」
将軍が眉をひそめる。その時、ゲンゾウさんが動いた。彼はビクビクしながら、将軍の足元に視線を落としたのだ。
(あ、あのブーツ......泥がついてる。せっかくのエントランスが汚れちゃう......。僕、気になって夜も眠れないよ......)
根っからの清掃スタッフ気質であるゲンゾウさんは、恐怖を「汚れへの強迫観念」で上書きし、懐からハンカチを取り出した。そして、電光石火の早業(ビビりすぎて手元が狂っただけ)で、将軍のブーツを拭き上げたのだ。
シュバッ!
「――ッ!?」
マクガーデン将軍が、驚愕に目を見開き、三歩後ろへ飛び退いた。
「な、なんだ今の速度は......!?私が反応する前に、足元の急所を制圧しただと......!?」
『は?』『今、なんか見えたか?』『ゲンゾウさんが一瞬消えたぞ』『米軍トップの背後を瞬時に取ったwww』
実際はただ靴を拭いただけだが、俺が裏で少しばかり『身体強化バフ(速度特化)』を乗せておいたのだ。側から見れば、神速の踏み込みに見えただろう。
「......Oh my god.もしそのハンカチがナイフだったら、私の足首は今頃転がっていたな......」
将軍が冷や汗を流して敬礼する。続いて、王老師が前に出た。
「フン、小細工は通じんぞ若造。ワシの『気』を読むことはできまい」
老師が構える。ゲンゾウさんは涙目で、「帰りたい......掃除用具入れに隠れたい......」と思いながら、後ずさりした。その時、足元にあったモップに躓きそうになり――とっさにモップを構えてしまった。
ブンッ!
風切り音が鳴る。ただのモップが、王老師の鼻先数センチでピタリと止まった。
「......床が、滑るから。......気をつけて」
ゲンゾウさんが、か細い声で注意喚起をする。だが、王老師はそのモップの穂先を見て、顔面蒼白になった。
「......み、見えなかった。殺気も、予備動作もなく......ただ『そこに置く』ように、ワシの喉元に刃を突きつけるとは......」
老師はガクガクと膝を震わせ、その場に崩れ落ちた。
「まいった......。これが『無の境地』か。ワシの拳法など、児戯に等しい......」
『モップが聖槍ロンギヌスに見える』『達人ほどビビるやつだこれ』『「床が滑る(お前の血でな)」ってこと!?』『怖すぎワロタ』
視察は、わずか5分で終了した。マクガーデン将軍と王老師は、「我々の完敗だ。日本に手出しはできん」と言い残し、逃げるように帰っていった。
その様子を配信していた俺は、心の中でガッツポーズを決める。
(よっしゃ!これで外交問題もクリア!ゲンゾウさんの神格化が止まらねぇ!)
ゲンゾウさんは、「あぁ、やっと帰ってくれた......。怖かった......」とへたり込んでいるが、カメラには「強者の孤独」として映っているから問題ない。
だが。俺たちが安堵している裏で、権田原たちの悪意は、より陰湿な方向へと舵を切っていた。
「......使えん連中だ。まさか、あそこまでゲンゾウが『化物』だとはな」
モニターを見ていた権田原は、忌々しげに舌打ちをした。隣の毒島社長も、顔色が悪い。
「権田原さん、どうするんですか!このままじゃ、本当にポーション業界が潰れますよ!」「......慌てるな。武力が通じないなら、社会的に抹殺するまでだ」
権田原は、手元の端末を操作し、裏社会のサイトにアクセスした。
「彼が『清掃スタッフ』であることを逆手に取るのさ。......明日、週刊誌にある記事が出る」
「記事?」
「『英雄・岩鉄ゲンゾウの正体!ダンジョンのモンスターを洗脳し、地上への侵攻を企むテロリストだった!?』......という記事だよ」
権田原はニヤリと笑った。
「大衆は愚かだ。少しの不安を煽れば、昨日の英雄もすぐに『敵』に変わる。......さあ、炎上の時間だ、ゲンゾウくん」
平和なレジャーランドに、フェイクニュースという名の爆弾が投下されようとしていた。もっとも、彼らはまだ知らない。今のゲンゾウに向けられている『信仰』の厚さが、彼らの想像を遥かに超えていることを。




