第10話 清掃スタッフが本気を出したら、ダンジョンが『夢の国』になった件
「……嫌だ。もう嫌だ、カナタくん。あそこの通路、血糊でベトベトしてるし……スケルトンが生臭いし……。僕、潔癖症なんだよぉ……」
新宿ダンジョン最深部――『支配者の間』。
深紅の玉座に座らされた岩鉄ゲンゾウ(45)は、涙目で訴えていた。
フルプレートアーマーに身を包み、玉座に深く沈むその姿は、一見すると「血の粛清を命じる冷酷な魔王」。
……なのに口から出るのは、現場の衛生と臭気の愚痴。ギャップが事故。
とはいえ、彼が所属する《施設管理課/保全班》――通称“バックライン”は、戦闘職が荒らした後の安全確認・封鎖・衛生処理・設備復旧までを丸ごと担う、ギルドの心臓部だ。
「汚れが気になる」は、仕事としてはむしろ正しい。
「まあまあ、ゲンゾウさん。せっかくダンジョンの主になったんですから、自分好みに“保全設計”しちゃいましょうよ」
俺――蓬カナタは、玉座の脇でふんぞり返りながら、空中に浮かぶ半透明のホログラム画面を操作していた。
管理権限はゲンゾウさんにある。だが、その権限に“つないでる”俺が、実質の運用担当――いわばアドミニストレータだ。
「え? 保全設計って……壁紙を変えるとか?」
「もっと根本的なやつです。ゲンゾウさん、理想は『安心安全で、清潔で、みんなが笑顔になれる場所』ですよね?」
「う、うん……できれば、ディズニーランドみたいな……」
「了解。じゃあ、設定書き換えます」
俺はニヤリと笑い、仮想キーボードを叩いた。
【コマンド:ダンジョン内環境設定】
【敵対レベル:OFF】
【衛生レベル:MAX(抗菌/消臭/滅菌)】
【モンスターAI:ホスピタリティ・モードへ変更】
【導線:ファミリー仕様(段差・転倒リスク低減)】
【BGM:癒やしのクラシック】
――エンターキー、ッターン!
「……あっ」
ゲンゾウさんが小さく声を漏らす。
“ダンジョンの主”の顔で、めちゃくちゃ不安そうに。
「……ほんとに、怒られない……?」
「怒る相手、もういません。あなたが主ですから」
(正確には怒る相手はいる。シオリ支部長だ。めちゃくちゃいる。俺が怒られる)
数時間後。
俺はいつものアクションカメラを片手に、全世界へ向けてライブ配信を開始した。
タイトル:【緊急生放送】ダンジョンの主になったので、ルームツアーしてみた
『うおおおおお始まった!!』
『ルームツアーって規模じゃねーぞwww』
『ゲンゾウさん今日なにやらかす!?』
開幕同接は500万人。
画面には、タキシード……に見える漆黒の鎧を着込んだゲンゾウさんが映っている。胸元には小さく、バックラインの徽章(現場用タグ)が光っていた。
「……あー、テステス。……えー、本日は、我が家の……いや、我が城の……改善報告を行う……」
カンペ棒読み。でも重低音ボイスが響くだけで、コメントが沸騰する。
『王の勅命キターーー!』
『声だけで膝ついた』
『バックラインって何?最強職?』
「まずは、エントランスだ。……入れ」
ゲンゾウさんが指をパチン――と鳴らす。
(※音は俺が裏で足した。演出は大事)
次の瞬間、地下1階の薄暗い通路が、まばゆい光に包まれた。
壁面の不気味な苔は『発光苔』に変化し、天井にはいつの間にかシャンデリアが並ぶ。床は滑らない材質へ変わり、角という角が丸くなっている。
――そして、奥から現れたのは。
蝶ネクタイを付けたスケルトンの軍団。
カタカタカタカタ。
一糸乱れぬ動きでお辞儀をし、探索者たちの重いリュックを恭しく受け取った。
さらに別の個体が、銀色のトレーに乗せた“冷たいおしぼり”を差し出す。骨の指で。
『は??????』
『スケルトンが荷物持ったぞ!?』
『ポーターの仕事奪われたwww』
『動きがホテルマンより洗練されてるんだが』
俺はカメラマンの仕事を思い出し、たまたま居合わせた探索者(一般人)にマイクを向けた。
「すみません、今のお気持ちは?」
「い、いや、斬りかかられると思って構えたら……冷たいお絞りを渡されて……。え、これ使っていいんすか?」
探索者が顔を拭くと、スケルトンは「ごゆっくり」と言わんばかりに顎を鳴らし、優雅に去っていった。
……敵対が消えてる。怖いぐらいに治安が良い。
「……次だ」
ゲンゾウさんが歩を進める。
やってきたのは、かつて“毒の沼地”として恐れられた第15階層。
そこには、心地よい湯気が立ち上っていた。
「……毒素を分解し、硫黄とミネラル成分だけを抽出した。……俗に言う、『源泉かけ流し』だ」
嘘は言っていない。
俺が成分調整した結果、致死性の猛毒沼は、美肌効果抜群の超高級温泉に生まれ変わっていた。
沼の中では、スライムたちがプルプル震えながら――入浴客の背中を流している。
いや、よく見ると、恐る恐る足を踏み入れた中年探索者が、スライムにマッサージされて恍惚の表情を浮かべていた。
『毒沼が温泉にwwwww』
『スライムのマッサージ絶対気持ちいいやつ』
『行きてぇえええ!』
『ここ本当に新宿ダンジョンかよ!?』
カメラをゲンゾウさんに戻す。
彼は満足そうに――(本当はスライムが怖くて直視できず目を閉じて)頷いた。
「……戦いだけが、強さではない。……休息こそが、次なる闘志を生むのだ」
『深い……』
『さすが支配者、福利厚生まで完璧』
『ゲンゾウ・リゾート爆誕』
福利厚生って何だよ。……いや、褒めてるならいい。
そして極めつけ。
第30階層、ボス部屋。
かつて探索者を焼き尽くしたオーク・ジェネラルが、コック帽を被り、巨大な鉄板(元・冒険者の盾)の上で、霜降りのマンガ肉を焼いていた。
「いらっしゃいませぇー! 焼き加減、どうするブヒ!?」
流暢な日本語。
周囲にはテーブルと椅子。女子高生グループが「オークさん、映え写真撮ってー!」とはしゃいでいる。
ゲンゾウさんは、その光景を見て引きつった笑みを浮かべた。
たぶん「ボス部屋が飲食店になってる」のが怖い。
「……食え。……俺の奢りだ」
『太っ腹すぎるwww』
『オークのBBQとか一生に一度は食いたい』
『もうこれテーマパークだろwww』
『入場料いくらですか!?』
同接はついに2000万人を突破。
配信の最後、俺はカメラをゲンゾウさんのアップに寄せた。
「ゲンゾウさん、最後に視聴者へ一言お願いします!」
ゲンゾウさんは震える手でマイクを握り締め、心の底からの本音を漏らした。
「……もう、誰も傷つかなくていい。……みんな、仲良くしてほしい……(頼むから僕を襲わないで)」
後半は小さすぎてマイクに入らなかった。
その結果、世界中に届いたのは“聖人君子の慈愛”だけ。
一方その頃。地上のギルド本部・支部長室。
九条シオリは頭を抱えてデスクに突っ伏していた。
モニターには『スライム温泉』でくつろぐ探索者たち。
「……理解できない。ダンジョンの生態系が、たった一人の意志でここまで書き換わるなんて……」
これまでのダンジョン学では、モンスターは“人類の敵”――殲滅対象だった。
それが今や、“従業員”になっている。
「『ホスピタリティ・モード』……? そんな術式、古代文献にも載ってないわよ。彼は一体どれほどの次元で魔力を制御しているの……?」
眼鏡がズレる。
論理が、オーバーヒートしている。
「……でも、悔しいけれど快適そうね。今度、視察で行ってみようかしら……」
彼女はこっそり「週末 新宿ダンジョン 予約」で検索をかけ始めた。
そして都内某所の探索者シェアハウス。
『白銀の剣』リーダーのエリナは、スマホ画面に食い入って感涙にむせび泣いていた。
「ああ……なんと慈悲深い……」
画面の中で、ゲンゾウが(ビビりながら)震える手でカメラに手を振っている。
「圧倒的な武力でねじ伏せるのではなく、愛と対話で魔物を教導するとは……! これこそ真の王者。私たちが振るっていた剣など、野蛮な鉄屑に過ぎなかったのね」
傍らの魔法使いルナが、半目で言う。
「……えっと、エリナ? あれ、単に美味しいお肉焼いてチップ貰って喜んでるだけに見えるんだけど……」
「黙りなさい。貴様には、あの『深淵なる微笑み』が見えないのか」
「……(ダメだこの人、完全に信者だわ)」
ルナは深く溜息をつき、そっとスマホの電源を切った。
配信終了後。
俺はオーク特製のステーキ丼を頬張りながら、ホクホク顔でスマホを見ていた。
「いやー、大成功ですねゲンゾウさん! スパチャの額がエグいことになってますよ! これで一生分のカップ麺代は確保しましたね!」
「う、うん……でもカナタくん、あそこのオーク、包丁持ったままこっち見てるよ……? 食べられないかな……?」
「大丈夫ですって。あれは『おかわり要りますか?』の合図です」
新宿ダンジョンは、一夜にして世界一危険な魔境から、世界一予約の取れない『ファンタジー・リゾート』へと変貌を遂げた。
だが、俺たちは知らなかった。
モニターの向こう側で、ポーションメーカーの株価チャートが垂直落下し、顔を青ざめさせている大人たちがいることを。
「……ふざけるな。怪我人が出ないだと? 回復薬の在庫、どう処理すればいいんだ……ッ!」
画面の向こうで、憎悪の火種が燻り始めていた。




