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八咫烏 ―YATAGARASU― ~邪神と巫が入れ替わる~  作者: 柴犬ジョニー


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第1章 クラン ・ 第2話 五ツ詣り ②

 話は十六年前に遡る。

 (みやこ)から電車を一時間半乗り継いだ(いや)(のこほり)にある、母の実家に帰省していた。

 夕闇かかる田舎道を、曾祖母のトヨばぁに手を引かれてトボトボと歩く。

 その頃、トヨばぁは七十四歳。和服が似合い、シャキッとして元気だった。若い頃は美人だっただろう。

 俺は腹ペコで、頭の中はその日の晩ご飯のおかずが何かということや、夜のアニメ放送のことくらいしかなかった。

 やがて、集落の端の全く人通りのない坂道を上り、『(いや)の宮』の石段の前に辿り着く。

 石段の両脇から木が鬱蒼と生い茂り、石段の上は真っ暗だ。外灯の明りが仄かに石段を照らしているが、弥の宮は不気味に静まっている。

 (かぞ)(どし)で五歳(満四歳)になった俺は、普通の七五三と同じように羽織袴を着せられ、連れて来られた。こういうイベントは昔のシキタリ通り、(かぞ)(どし)で行われる。

 俺は心細く石段の上方を見上げたことを覚えている。

 帰省した時、夕方以降にそこの石段を昇ったことがなかった。

 夏はクワガタが採れるらしいが、弥の宮で生き物を採るとタタリに遭うと聞いたので、採りに行ったこともない。

 昔、従兄弟の千歳兄がこの石段で白蛇を見たと言っていた。

 俺にとっては、ちょっと怖い場所だった。

 田舎の夜の暗さは、都会ではちょっと考えられない。ただ暗いだけじゃない。空気が違う。

 まず、夕方になった途端、石段の上り口に見えない壁が出現したかのように、風がそこで折れ曲がる。今の俺なら、鳥居のところで結界が張られていると感じる。

 幼い頃には何の知識も無いから、ただ違和感として見えない壁を感じるのだ。

 俺は傾斜の急な石段を見上げて立ち止まり、怖くて身を竦ませた。

 (からす)が鳴いた。まるで何かを警告しているみたいに。

 冷たい風が吹き始め、葉が擦れ合ってさわさわ鳴った。鳥居にかかる注連縄の白い紙幣(シデ)が風で踊るように揺れていた。幼い俺にはそれが呪いのように思えた。

 トヨばぁが提灯(ちょうちん)を点し、俺に持たせた。淡いオレンジ色の光が透け、足元を照らした。

「トヨばぁ。まさか、(いや)の宮に行かないよね? もう夜だよ!」

 俺は焦った。

 小柄なトヨばぁが俺の顔を覗き込み、

「よーちゃん。夜に笛を吹いたら蛇が出るって、聞いたことあるやろ? よーちゃんはその意味がわかるか?」

 にこにこして言った。トヨばぁは石段に足を掛け、俺の手にギュッと掴まった。

 俺は仕方なく、一段一段昇り始めた。

「夜は近所めいわくだから?」

「違う。夜は儀式の時間なんや。ほんまに大事な儀式は、夜にやる」

 トヨばぁは片手に古い横笛を持っていた。

「何のぎしきをするの? 保育園の入園式みたいな?」

 トヨばぁは楽しそうに石段を昇りながら、

「召喚の儀式や。異世界からミオヤを呼ぶの」

 晩ご飯のおかずを告げるように、普通に答えた。

 石段を昇り終え、トヨばぁがマッチを擦り、(とう)(ろう)にロウソクの火を入れる。

「ほな、トヨばぁはここで笛を吹いてるから、よーちゃんは鈴を鳴らして、弥のミオヤを呼んできてんか」

 トヨばぁは俺に促した。小さな境内には他に誰も居ない。

 俺の心臓は太鼓のように激しく打ち鳴らされていた。

 トヨばぁの笛の音が流れ始め、

「夜に笛をふいたら、へびが出るんじゃないの?」

 蛇が苦手な俺はもう半泣きだった。

 提灯で石畳を照らし、一歩ずつ進んだ。暗がりの中、一対の狛犬の石像が仄かに浮かんで見えた。

 祖父が宮司を務める大宮とは桁違いに小さな(ほこら)。高さが大人の背丈くらいしかない。

 小さいけれど仕様は本格的で、細部まで精緻な装飾が施されて美しかった。檜皮葺(ひわだぶき)の切妻屋根を持ち、妻入りの建物の扉口の前に(こう)(らん)付き階段があった。

 母がこう言うのを聞いたことがある。

弥栄(いやさか)氏の本当のミオヤは大宮じゃなくて、あの小さな(いや)の宮の方なのよ」

 俺はいったん提灯を置いた。(あか)い鈴緒を左右に振り、シャランシャランと鳴らす。大人の真似をして、二礼二拍手一礼。

 見たら、かんぬきが外れているのか、宮の小さな扉が風に揺られてギイィ…と開いた。

 俺はゾッとして、トヨばぁを振り返った。

 トヨばぁの姿も闇の中。日はとっぷりと暮れて、頭上の空は藍色。笛の音だけが辺りに浸みいるように響き渡っている。

 仕方なく、俺は前に向き直った。

 そうしたら、目前に何かが居た。接触寸前、ゼロ距離に相手の顔があった。

 アーモンド型の深紅の双眸(そうぼう)が吊り上がり、俺を見据えていた。

 俺は驚きの余り、その場で飛び上がったことを覚えている。

「ワァッ‼」

 後ずさり、勢いで尻餅をついた。

 ミオヤの白く光る全身が視界に入った。たぶん、俺はその場で気を失ったと思う。



 弥の宮から、俺は異世界に入り込んだ。

 霧が立ち込める世界(ステージ)、振り返ると裏扉が開いていた。一瞬意識を失った間に弥の宮を通り抜け、裏手に出てしまったようだ。

「トヨばぁ!」

 俺は元の世界に戻ろうとした。

 弥の宮の裏口からトヨばぁの笛の音が漏れ聞こえていた。

 走れば走る程、俺は弥の宮と逆方向へ遠ざかる。

 霧に包まれた白い世界へ吸い込まれていく。

「トヨばぁ!」

 俺は弥の宮を見失い、トヨばぁの笛の音も届かない異世界に彷徨い込んだ。




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