第3章 ウェルド ・ 第1話 久斯の黒い過去 ②
久斯に俺が多伎じゃないとばれた。
「君は別人だ。多伎じゃない。…私の前で、無理しなくてもいい」
その口調がとても優しくて、俺はほろっと涙が出た。
今まで結構無理してきた。真逆の人間・多伎を装い、取り繕ってきた。
それが、俺を理解して受け入れ、誰にも言わないでいてくれた男がいた。
俺は泣きたくなるほど嬉しかった。
「久斯…。それ、誰にも言わないで…」
「わかっている。特に剣には。…知られたら殺されるだろうね。君、気を付けろよ」
その通りだ。剣は俺が多伎の躰を奪ったと思うだろう。俺を許さないし、話を聞こうともしないで殺す。
久斯は俺の顔を暗がりで覗き込んだ。
「…で、誰なんだ? 君は?」
俺は数秒黙った。
「…八島黎明……」
俺はこの世界で遂に本名を口に出した。
「ヤシマ? 一応、八雲の人間か? 多伎の魂はどこへ?」
久斯の質問が続いた。
「多伎は俺の躰に入って、遠いところに居る…。これは俺の意思じゃない。多伎がやったことなんだ!」
俺はそこのところを強く訴えた。
俺の意思では元の躰に戻れない…。世界を交換したままだ…。
「本物の多伎が無事ならそれでいい。多伎は何を考えているか、よくわからなかった。待っていれば、追々帰ってくるよ」
久斯は多伎を余り好きじゃなかった。
俺のことについては、
「君は考えていることがわかりやすいから、そこが違う。もう少し多伎らしく冷酷に振る舞えばいい」
と、客観的にアドバイスしてくれた。
久斯はその場を浄め始めた。炭の粉になった鬼の骨は莚に包んで、屋外へ捨てる。
そうこうしているところへ、剣と護衛達が戻ってきた。
久斯は状況を剣に説明した。
隣の竪穴住居に泊まっていた三野が出てきた。
「ハァ? 多伎、女の鬼に喰われそうになったの? その鬼、服着てなかったんだろォー⁉」
三野が冗談で言ったことが半分図星で、俺は悔しい。
裸じゃなかったけど、若い女の鬼だから油断したんだと思う。
「言葉を喋る鬼は稀に居ますからね。あれはやばいですよ」
三野の護衛の若手・志芸が俺を庇うように言った。
剣が久斯をハグして感謝し、
「ありがとうな。久斯。多伎は西海へ帰った時に頭を打って、ちょっと変なんだよ。助かったよ…」
心からの礼を言った。
剣が俺のことをそういう風に心配していたことがわかった。
船の修理は何とかなりそうだが、悪天候はどうにもならない。
これなら歩き旅の方が早いんじゃないか、とも思うけど。この世界の人は焦らない。
俺は退屈した。スマホが恋しい。SNSやゲームがしたい。
桃井虹のライブ、どうなったんだろう。ユウタとダイキは行ったのかなぁ。羨ましい…。
俺は海辺の見張り台の建物で、雨混じりの風に吹かれていた。
可愛い村娘が俺に果物とお酒を運んできてくれた。
俺達の商いは鉄原料の仕入れと分配だから、どこに行っても待遇がいい。もうハニトラには引っかからないようにするけど、可愛い女の子が多くて困るな。
俺は白波立つ海を眺めていた。
俺の佇む見張り台の前を『滄溟の鳥』の乗組員が通りかかった。
大学二年だった俺と年の近い若手達。俺は近頃、『滄溟の鳥』の乗組員の顔をやっと全員覚え、若手と喋ったりするようになった。
「よう。酒あるけど、飲む?」
俺は昼間から酒に誘った。
「あざ~す、多伎さま…。骨休めの雨ですねぇ…」
不良少年あがり船乗りの海狭児、三野の護衛の志芸、剣の護衛の阿佐、八木、宇夜、漕手の比良、波知、来江、野江など、ガタイがよくていかつい面々。
「馬鹿だな。海狭児。多伎さまは早く弥の御身に会いたいんだぞ。従兄弟だけど、幼い頃から実の兄弟も同じに育ったんだからな。弥の御身のご病気をとても心配されてるんだ…」
志芸が窘めた。
「ウェーイ…」
海狭児の返事は舐めている。
俺は気にしない。海狭児にも酒を注いでやる。
海狭児は生意気な質問をしてくる。
「多伎さま。多伎さまと久斯って、どっちが強い戦士なんすか?」
「やってみないと分からないな。でも、俺達、仲がいいからね」
今回の事件で、俺は久斯を大好きになった。
俺が多伎でないことをただ一人確信し、その秘密を守っていてくれた男だ。
「確かに、今回は助かりましたよね。でも、多伎さま。気を付けた方がいいですよ。久斯って評判悪いから」
久斯と同じく三野の護衛を務める志芸が、仲間のことを悪く言った。
俺はびっくりした。優しくて、長身・端麗の久斯は人気があると思っていた。
志芸は声を潜めた。
「こんなこと、余り言いたくないんですけど、多伎さまが久斯を信頼したら危ないと思うんで、ちょっとだけ言いますね。…実は……三野さまだって、久斯のことは殆ど信用なさってない。余所者だし、どう見ても訳ありなんで…」
志芸の言葉に、若手達は様々な反応を見せた。
「そうかなぁ。俺はいい人だと思う。過去は問いたくない…」
「その過去が大問題だっていう噂があるよなぁ。前から、久斯の黒歴史ってチラチラ聞く話だよ…。真具呂も言ってたし…」
「ああ。真具呂は久斯を嫌ってるな…」
おい、それは何だ⁉
久斯を庇ったのは八木で、悪く言ったのは三野方から来た波知と比良だ。
海狭児が口笛を鳴らした。
「多伎さまぁ。知らねー方がいいっすよ。せっかく、久斯と仲いいんだから。ま、俺は大嫌いですよ。なんかね、偽善者ぶってるとこがね…」
俺は腹が立ってきた。
「言えよ。俺に遠慮せず、その噂を聞かせろよ…。俺は久斯を信頼してるけどな…」
俺は何を聞いても変わらないだろう。
俺と久斯の間には友情が芽生えたんだ。実際に喋って、久斯という男を信頼している。
すると、志芸はとんでもない噂話を語った。
「多伎さま。久斯を信頼しない方がいいですって。人は見かけによりません。だって、久斯は人を殺して逃げてきたんですよ。腕を買われて三野さまの護衛ですけどね。殺人、強姦、女子供も皆殺しにして、故郷から逃げてきたクズ野郎ですよ…」
久斯が殺人と強姦?
俺は思わず吹き出した。
「それは無い。絶対に有り得ねーだろ…」
俺は大爆笑で見張り台から降りて、集落まで戻った。
だが、俺が宿泊先の竪穴住居に戻るなり、剣と奥津が警告してきた。
「多伎。久斯と余りつきあうな。ほどほどの距離を保て。…あいつはちょっと裏がある…」
剣が言い、髭面の奥津が俺の頭をポンポンして、
「多伎さま。借りを返すとか考えなくていいですよ。久斯は戦場で味方を後ろから射殺すような男ですからねぇ…。気を付けて」
小声で囁いたのだった。
裏って、何だよ? 俺は久斯のことを悪く言われ、目つきが悪くなった。
剣を睨み、側まで詰め寄った。
「久斯にどう裏があるってんだよ、剣!」
剣は竪穴住居の柱に凭れ、炉の火に手をかざした。
「久斯は筑紫の男だ。俺もよく知らん。裏切り・スパイ行為で捕まった前科者だと聞いている。真偽はどうでもいい。俺達が慎重に行動するのはいつものことだ」
剣はさっぱりとした答えだった。
奥津は俺の横にくっつくように座り、内緒話を聞かせた。
「剣さまはこの旅のメンバーにスパイが紛れているとお考えです」
うっ。
そういう発想は無かった。
俺も奥津の話に興味を引かれた。こいつは剣の側近中の側近で、進んで汚れ仕事をやるような忠犬ぶり。
「ス…スパイ…って?」
俺と奥津がひそひそ話すのを剣は無視し、もう一人の側近の蓼と旅の日程、宿泊スケジュールなんかを話し合っている。
頬骨に刀傷のある奥津が面白そうに俺に話す。
「世の中、大変な荒れようですからね。常に気を配らないと。八雲の政情が安定していても、他のクニは揉めまくっています。巻き込まれないように注意しないといけません。鉄も他に奪われず、出来るだけ多く確保しないとね…」
確かに。
俺達は激動の時代を生きていた。




