表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八咫烏 ―YATAGARASU― ~邪神と巫が入れ替わる~  作者: 柴犬ジョニー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/53

第3章 ウェルド ・ 第1話 久斯の黒い過去 ①

 俺は八島(やしま)黎明(よあけ)。邪神・多伎の世界に落ち、多伎として暮らしている。

 あれから元の世界で、多伎が俺になりすまして彼女を寝取ったとか、勝手に別れ話に発展させて振られたとか、やりたい放題暴れて死傷者を出したとか、全く知らなかった。

 俺は異世界で、生きるだけで必死だった。



 俺達の準構造船『滄溟(ウナハラ)(トリ)』は夜毎寄港し、地形に沿って西へ進んだ。

 八雲半島の北を外回りして漕ぎ進み、最初の事件が起きた。

 強風で座礁して、船体の一部を破損した。

 俺達は早くも停滞。修理に手間取ることになった。

 幸い一部交換だけで済むと言う。

 何たって釘一本使ってない船だから、部材をピッタリ削り出して噛み合わせる船匠の技が必要で、簡単なことじゃないんだよ。

 この地域には弥を出身地とする人達の集落があった。俺達はそこに何日も泊まることになった。

 船大工も居たし、食糧も分けてもらえる。宿泊する竪穴住居も借りることが出来た。

 天候は暫く悪かった。

 雨が続いて、俺達の気分も鬱陶しい空模様と同じだった。

 操舵士(かじ)()()()の機嫌は最悪で、物に当たり散らす。その息子の志毘(シビ)は若手の漕手(カコ)と喧嘩ばかりするし、若手の護衛達はマチに出掛けて女の子に絡んで騒ぎを起こすし、剣は頭が痛そうだ。

 剣と側近の奥津(オキツ)(タデ)は連日酒を飲んだ。

 気持ちはわかる。早く商いを済ませないと、剣の兄が危篤で、死に目に間に合わないのだ。



 霧の深い夜のことだ。

 宿に借りた竪穴住居三軒のうち二軒は、真具呂達船乗りのいびきが凄すぎる。

 俺は少しでもマシな寝場所を探した。

 それで毎晩、剣と同じ竪穴住居で寝た。狼の仔の淡由岐が居れば、毛布も布団もいらないくらい温かかった。

 剣は例によって、周辺首長と飲んでいて帰りが遅かった。護衛達も一緒だった。

 その夜はこの竪穴住居に俺と淡由岐しかいなかった。

 三野と久斯は隣の竪穴住居で一緒に寝ていた。

 深夜、俺は変な気配で目が覚めた。

 誰かが俺の側で添い寝している。若い女だ。その躰が異常に冷たい。

 それに酸っぱい匂いがする。腐ったような……。

 俺は飛び起きた。屍の鬼だ!

 淡由岐は鬼の気配を感じ、騒がしく吠えた。

 炉の火は消えてしまっていた。俺は鬼除けの結界を張るのを忘れた。鬼対策を怠った。

 今夜は換気口から差し込む月明かりもない。換気口からは霧が流れ込み、屋内は暗く霞んでいる。

 俺は手探りで大刀を探す。

 クソ。こんな時に限って、俺は短剣もどこかに置きっ放しだ。

 屍の鬼は暗闇で霊光を発している。鬼の輪郭が仄白く光っていた。

 若い女の鬼なんて、俺は初めて見た。長い髪を結い上げずに乱れたままで、着物は薄汚れ、その髪が顔を半分隠していた。

 でも、美しい顔立ちをしていた。

 その鬼が急にゴホゴホと咳込んで苦しそうだった。

 女の鬼は病気で死んで、何か思い残すことがあったのかも知れない。

 精気を吸おうとする素振りを見せなかったので、俺はまず淡由岐を落ち着かせた。

「苦しいの? 大丈夫?」

 俺は鬼の反応を窺った。

 この鬼は正気が残っていた。憂いを帯びた表情で俺に話しかけてきた。

「…寒い。寒いよ…。…ここはどこ…?」

 鬼が人間の言葉を失ってないなんて珍しい。

 俺は油断してしまい、鬼と話し始めた。

「寒いの? 火が消えてしまったんだ。少し待って…」

 火を点けるにもこの世界にはライターが無いし、俺は火熾(おこ)しが苦手だ。退魔術で火を点ける方法もあるけど。

 考えている間に鬼は啜り泣き、首を振った。

 横顔が俺の彼女・清香に似ていた。

「いやだ…。火は怖い…。側にくっついてもいい…?」

 その鬼が俺の背中に抱き着いてきた。その躰も指先も、とても冷たい。

 俺は緊張して、呼吸を吸われないように警戒し、背を向け続けた。

「…お名前、聞いてもいい?」

「えっ…あの…、多伎……だけど…」

 俺は鬼相手に名乗った。

 女の鬼は躰を二つ折り、また苦しそうに咳込んだ。

「多伎…。私は…自分の名前が思い出せない…。どこから来たのか、どうしてここに居るのか、…何も思い出せないの……」

 鬼は記憶を持たなかった。

 そりゃそうだ、怨念がこの世に残っただけで、魂の全部じゃない。

 俺の背中に鬼が縋りついて泣く。

「多伎。私、どこも痛くないんだよ…。でも…悲しくて…胸を締め付けられるような…。何だか、息が苦しい…」

 俺は段々と鬼が憐れになってきた。

 この鬼が本当に鬼なのかどうかもわからなくなってきて、夢を見ている気分だった。

「君を安らかにしてあげたいから……俺に出来ることがあったら言って…」

 俺はそんな優しい言葉を今まで鬼に言ったことがない。

 なのに、その鬼に対しては妙に親切になった。

「私…たぶん、死んでると思う。だって…こんなに躰が冷たいの…」

 鬼は自分の冷たい手を俺に押し付けた。

 俺の躰も冷えきって、吐く息が白かった。

 あれ、どうしたんだろう。温かいはずの竪穴住居で、随分と室温が下がってるな。まるで冷蔵庫の中だ…。

 俺は気付いた。鬼の術にはまっていた…。

 俺と淡由岐の躰は緊張で固まったんじゃなくて、冷えで固まっていた。

 もう凍りつきそうだ。この鬼が居るだけで室温が下がっていく。

 女の鬼が背後から抱き着き、魔性の魅力で俺を支配するように押し倒してきた。

 俺は固く押さえ込まれた。押し返そうと思っても全く出来なかった。

 女の鬼が長い舌を吐き出し、俺の耳をべろりと舐めた。

「多伎…。多伎の温かい精気(いのち)をもらってもいい…?」

 女の鬼の口が耳まで裂けた。俺を頭から飲み込めそうなほど大きく口を開く。喉奥に銀色の光の球が現れる。

 このままでは俺の精気が吸い出される。鬼が俺の唇に裂けた口を近付けてきた。

 俺はそんな場面でも馬鹿みたいに鬼を憐れみ、

「殺したくねーから、逃げてくれ。君は可哀想だ。弔ってくれる人もなく、山に死骸を捨てられた…。俺の精気はあげられねぇ。ここから出ていってくれ…」

 と、鬼に頼んだ。

 鬼の哀傷。俺は生前のこの女が送った過酷な人生を思った。

 だが、鬼は飢餓で狂わんばかりだった。

 鬼が俺の顎を掴み、凄い力でこじ開けようとしてきた。

「ねぇ、お口を開けてよ。お腹が空いた…。多伎が愛しい…。多伎は…優しい人だね…」

 間近で見上げる鬼の顔が、実は腐乱して蛆が湧いているのが見えた。

 髪で隠れていた顔半分は腐敗が進行していた。

「アォーン! アォーン! (多伎! 多伎ィー!)」

 淡由岐が吠え、牙を剥いて唸った。



 俺は自分より弱い鬼を殺すことが出来ず、同情してしまった。

 そのせいで本気で喰われかけた。残してきた彼女の面影を見てしまったせいでもある。

 突然、鬼の額に矢が突き立った。

 女の相貌が一気に崩れた。シュウシュウと音を立てて白い蒸気を噴き出して、あっという間に腐肉が蕩け落ちた。

 俺はやっと呪縛から逃れ、飛び退いた。

 いつの間にか、玄関が開いていた。

 久斯(クシ)が弓を持って入ってきた。

 女の鬼はドロドロに溶け、歯茎も歯も皮膚がなくなった。

 久斯は竪穴住居の入口で弓を構え、近距離から女の鬼の片眼を射抜いた。

 俺は呆気に取られた。

 女の鬼に火が付いて、空中で燃え上がった。バラバラに砕けた骨の芯まで燃え、黒い炭の粉になって床に降り積もった。

 『熄滅(ソクメツ)』の久斯が振り向いた。

「多伎、あの鬼は人を喰った鬼だ。もう人には戻れない…。ちゃんと引導を渡してやらないと、次の犠牲者が出ることになる。鬼の見た目が例え女子供でも、老人でも、決して手加減するな。斬ってやることが救いだ…」

 久斯は優しく俺を叱りつけた。

 俺が「逃げてくれ」と鬼に頼むのを聞いたのかも知れない。

 鬼だって人を喰うことは辛いだろう、だから斬って救ってやれ、と言う。

 なんていう男なんだ。俺は納得して頷き、自分が中途半端だったことを恥じた。

 久斯はとても冷静だった。床に座り、淡由岐を撫でた。

「淡由岐の声がすごく激しかったから、もしかしてと思って来てみたんだ…」

 久斯は隣の竪穴住居で寝ていたが、淡由岐の声で目が覚めたそうだ。淡由岐と久斯に助けられた。

 ふと、久斯は独り言みたいに漏らした。

「…まぁ、多伎は中身が誰かと入れ替わったみたいだからな…。不慣れでも仕方ないね…」

 俺はギクッとして、慌てて手を振った。

「な、何言ってんだよ、久斯! 俺は多伎だよ。そうだ、鬼は俺の父さんの仇だ。全部殺さなきゃ……殺さねーと……」

 必死に誤魔化そうとする俺に、久斯は静かに微笑んだ。

「もう遅いよ。私を誤魔化せない。君は別人だ。多伎じゃない」

 ばれた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ