第1章 クラン ・ 第1話 世界の交換 ⑤
多伎の竪穴住居の正面奥に、ベッド状の一段高い床がある。そこには厚めの織物が敷かれている。その敷物の上に刀があった。
「あったー! 刀だー!」
嬉しくて、思わず声が出てしまう。
刀と言っても、俺が知っているような日本刀じゃなかった。
刃長70センチ。片手用の短い柄。茎と柄が一続きの鉄で、鎬がなくて包丁みたいな平造り。身幅は日本刀とほぼ同じ。
柄頭が環状に巻かれた、いわゆる素環頭大刀だった。
中国ではこの環に房飾りを付けるのだが、倭人は切り落として別の柄と付け換えることもある。この大刀にも房飾りは付いていなかった。
「これで何とか戦える…」
俺は刀に気を取られ、立ち上がった瞬間に頭を打った。
天井が低いっつーの!
正確に言うと、天井は張られていないから屋根裏だ。竪穴住居は梁や屋根組みが丸見え。中央部はそれなりの高さがあるが、隅の方は低いのが特徴。内部は隅丸方形で、一辺が4メートルほどだ。
この狭い空間で、屋根や柱を避けて戦うしかない。
勿論、俺が好きなゲームのようには展開しない。
換気口から斜めに入る僅かな月明り。
狭い換気口から侵入してきた屍の鬼が、ヤモリのように梁を伝う。
人間離れした顔、盛り上がって突き出た部分に鼻孔が開く。その鼻息から腐敗臭がする。皮膚は両生類みたいにぬめり、腐って皮膚が紫と緑のマダラになっている。
俺は積極的に斬りに行こうとして、足元の何かに躓いた。
「…あ!」
躓いた拍子に叫んだ。床の敷物の端が捲れ、足を取られた。
俺の呼気に鬼が反応した。
スッと一口、精気を吸われただけで、俺は眩暈がした。
「息を停めて!」
昨夜の若い男の忠告が耳に甦った。
心臓の音がバクバク鳴っていた。
落ち着け! 自分に言い聞かせる。
俺は低い姿勢から斬り上げる。
相手は自前の短剣で打ってきて、俺の大刀を払う。
昨夜の話では、
「戦場に散り、葬られることもなく…」
と聞いたから、こいつらは生前、戦士だったのだろう。
俺は一応、幼い頃から剣術を習ってきた。
しかし、こいつらも実戦経験を持ち、本物の殺し合いで果てた。弱くなんかない。
鬼が俺の精気を吸って腐敗から多少持ち直し、筋肉が復活してきた。徐々に高速の技を繰り出し始めた。
俺は心臓か頭を狙う。昨夜、鬼に有効なのはそこだけとわかった。
でも、俺が心臓を狙って突きに行けば、鬼の鮮やかな捌きで防がれる。
片手刀は刀を持っていない側の躰の使い方が重要だ。右手で斬ろうとせず、体幹を使って斬りに行く。
俺はそいつの剣を払い、頭部めがけて振り下ろす。
鬼がすかさず、短剣の左に添え手した状態で止めた。いや、打ち上げてきた。
俺の大刀はそいつの短剣の回転で巻き落とされた。俺の体勢が巻かれた方に崩れてしまう。
速っ!
俺は舌打ちした。重い一撃を防ぎ切れず、受け流す。
体格差は絶対的なパワーの差だ。でかい方が強いのは当たり前だ。
受け流しで重さ負けすると、弾かれた大刀の側面が俺の背面に触れる。ヒヤッとする。
そいつは俺の大刀を素手で掴み取り、ポイッと後ろに放り投げた。
「ワアッ!」
俺は素環頭大刀をもぎ取られ、生存を懸けた勝負で絶望的になった。
壁際に追い込まれ、もう逃げ場がなくなった。
鬼は俺をなぶり殺すことに興味を移した。片手に持った短剣で突いてきた。
その頃にはもう、炉の火が踏み消されていた。暗がりでぼんやりと光る鬼が迫る。
俺の上瞼・眉骨辺りを鬼の短剣が掠めた。
皮膚一枚上をフッと掠める風の音を聞いた。




