第2章 ハイエイタス ・ 第2話 巫の血 ①
祭がアケた深夜、祖父の弥栄千五十寿が怒りに顔を赤く染め、手に日本刀を持ち、
「黎明ぇっ…」
俺の寝ている和室の襖を怒鳴りながら開けた。
祖父は俺の枕元に立つなり、罵声を浴びせてきた。
「この馬鹿が! お前は何に憑りつかれて、祭を滅茶苦茶にしたのか…。お前は何の為に、祭の宵、弥の宮へ行った⁉」
トヨばぁが祖父の前に飛び出し、俺を庇った。
「宗家。よーちゃんは弥のミオヤを召喚したけど、途中から別の何かを依せてしもた…。その状態で邪霊を斬りまくった。…でも、こんなこと、今まで出来た子もおらへんので…天才や。やっぱり、巫の家の子や。許したって……」
母も日本刀の柄に掛かる祖父の右手を押さえ、祖父の太腿にしがみついた。
「宗家。優秀な巫ほど、強い邪霊を引き寄せやすいって言いますよね…」
母が必死だった。
「宗家。黎明は未熟者です。でも、わざと祭を滅茶苦茶にしようとしたわけでは……」
父も祖父の怒りを鎮めようとした。
「えい。そんなことはわかっとる! 黎明は制御出来んで、暴走しよった!」
祖父がトヨばぁを押し退けた。
俺を脅かすつもりで居合抜刀術の抜き打ちをやった。
切先を俺の額の1センチ手前に寸止めするつもりだった。
無意識に、俺は布団を捲って一歩下がった。
祖父の刀へ向かって俺の刀を抜きざま、カッ、と外に受け流した。
俺は左肩を強く引いて祖父の刀をギリで避けた。祖父の刀は俺の左頬1センチ外、左肩3センチ外を流れた。
俺の刀を見て、祖父が度肝を抜かれる。
「…な、…何だ。黎明、その刀は…⁉」
「伊都之尾羽張…」
俺は無意識に答え、抜刀からの受け流し後、片膝を着いて中段に構え直した姿勢で固まっていた。
またしても、異世界の神宝・多伎の所有品を持って帰っていた。
俺は呆然と自分が持つ刀を眺めた。模擬刀じゃなくて、本物だ。
刃長は祖父の刀より長めの二尺五寸(76センチ)。青みのある鼠色でギラギラと光った。樋が入り、ふくらもほどよい小切先。刀 の反りはそれほど強くない。
異世界のあの多伎の大刀が、形を全く変えて俺の手に握られていた。
「あっ……。…え⁉ マジか⁉ なんで⁉」
俺が一番困惑していた。
潔癖な祖父はいつも黒の革手袋をしていたが、その右手の革手袋が斬られもしないのに勝手に真っ二つに切れ、畳の上に落ちた。
祖父の右手は墨で染めたような皮膚と黒い爪だった。
子供の頃見てしまった手より、黒いマダラの範囲が広がっていた。
「じいじ、その手は…」
俺の呟きを遮り、
「よーちゃん、またご神宝をもろたんやな。宗家、ええやないですか。祭はもうお開になった。弥のミオヤは満足されて異世界にお帰りになったと言うことや…」
トヨばぁが神宝に大喜びで、憤る祖父を宥めた。
「…これが弥のミオヤのご神宝とは限らん…」
祖父は苦々しく言い返し、反対側を向いて納刀した。
祖父の黒い右手は袂の中に隠された。
その場に駆け付けた千歳兄と五百里が、廊下でヒソヒソと喋っていた。
「五百里さん。イツノヲハバリ…って、何だっけ?」
「ああ。イザナギの尊が火の神・カグツチを斬った剣ですよ」
五百里が宗家筋の子・千歳兄に敬語で答えた。年は五百里の方がずっと上なのだが。
「なんでカグツチを斬った剣と同じ名前なの?」
千歳兄の疑問。
七海がシッと人差し指を立て、従兄と叔父を黙らせた。
俺も震えながら納刀し、刀を布団の上に置いた。
刀の拵えはシンプルな黒づくめだった。
トヨばぁは祖父を部屋から押し出し、戸口で振り返った。
「弥のミオヤは、気にいらん者が『八』を演じることを許すわけあらへん。これは全部、弥のミオヤのご意向やったんやろ。なぁ、よーちゃん?」
トヨばぁが俺に笑いかけた。
俺もそうであってほしかった。
祖父達が廊下に出た後、俺は全てのエネルギーを使い果たして布団に倒れた。
母が布団の端に座った。
「黎明。剣の儀、すごくよかったよ…。ちゃんと大役をこなしたね…。パパが動画に撮ったからね」
母が親バカぶりを発揮し、剣の儀を思い出しただけで感動して涙ぐんだ。
「ママ。こなしたとは言えないよ。…じいじと千歳兄に謝らないとなぁ…」
俺は全身に筋肉痛を感じた。まだ興奮が躰に残っていた。
父は俺に安静にするよう言った。
母は話を続けた。
「そう? 一般の人はわからなかったみたいよ。凄く好評だった」
「七海姉とトヨばぁも、弥栄流の護符を投げて戦ったんだろ…」
「あら、私も頑張った! これでも御巫の孫だもの!」
母は意外なことに胸を張った。
「御巫の孫…ってことは……トヨばぁが…⁉」
俺は目を丸くする。
御巫は女性のみ。定められた社家から選ばれるシキタリ。
「そうよ。おばぁちゃんは昔、鎮魂儀を奉った。おばぁちゃんは宮中の斎院で弥のミオヤを祭っていたの。知らなかった?」
母は平然と話すが、俺にとっては一大事だった。
「ママ…。でも、弥のミオヤは……邪神…なんだよね? 一級邪霊…」
「そうよ。確か、朝廷の古い書物に、邪神ってはっきり書いてあるんだけどね! 別にいいんじゃない?」
母は俺の服を大袈裟に引き脱がせて、
「嫌だ、汗だくね。洗濯する。冷蔵庫に晩御飯あるから、温めて食べなさい。よーちゃんの大好きなチーズハンバーグよ」
俺を半裸にして出ていった。
俺が服を着替えて縁側に出たら、千歳兄が待っていた。
「黎明…、ちょっといいか?」
「うん…」
少し気まずかった。
夜中、俺達は広縁から庭に降りて、弥栄邸の庭園をブラブラ歩いた。
今夜は燈籠に火が点り、とても風情がある。旧正月(二月)の小雪の降る夜で、俺はマウンテンパーカーを着ていたけど、芯から冷えるほど寒かった。
千歳兄はかなり怒っていた。
「黎明。わかるか。お前が隙だらけだから、そんな得体の知れない邪神とか、邪霊の集団を依せたんだ!」
「あ……うん……」
俺だって悔しかった。
邪霊の集団に関しては俺の責任じゃない。何十年かに一度起きることがあるらしい。
しかし、千歳兄は俺を責めた。
「黎明。要は、修業が足りねーんだよ。お前は剣の儀の途中、正気を失って、もう少しで俺を殺すとこだった。そんな残酷なシーン、観光客に見せる気か⁉」
「そうだね…。ごめん…。迷惑かけて……」
俺は段々落ち込んできて、錦鯉の池の前でへたり込んでしまう。
「ま、俺達、かっこよかったけどな…」
千歳兄がニヤリと笑った。
深夜にも関わらず、親戚数人と奥の座敷で話し合った。
俺は剣の儀が始まる瞬間に起きたことを正直に話した。
巨大な白蛇が萎んで、弥のミオヤになったこと。
弥のミオヤが多伎を呼び、その多伎が俺に話があると言ったこと。
多伎が聲を発した途端、俺は気絶した。意識を取り戻したのは、舞殿の下で倒れた時。
その間は、映像を眺めるように邪霊を斬る自分をぼんやり眺めていた…。
俺がミオヤと喋ったと言ったので、数人は拒否反応を示した。
「緊張し過ぎて幻覚見たんだよぉ…。本当に、よーちゃんって昔から気が弱いねぇ…」
三波は信じないどころか、爆笑。
七海は溜息を一つ。
次期宗家が確定している千津雄伯父は、
「黎明は何言うてるんや。弥栄氏でも、弥のミオヤを視たって言う人間は少ないんやで。ミオヤと直接話したとか、得体の知れん八咫烏みたいな化け物とか…。黎明は夢を見てたとしか思えへんな。そんなに宗家に認められたいんか?」
きつい口調で俺を批判し、全く信じてくれなかった。
千津雄伯父は、俺が千歳兄に代わって宗家の座を狙っていると考えていた。
叔父・五百里は、
「その八咫烏みたいな化け物が何者か、何用か、ってとこが問題です。それに、あの邪霊の集団は何だったのか、そこをちゃんと検証しないといけない」
と、論理的に言った。
「分家は黙っといてんか」
千津雄伯父が五百里を侮蔑的に詰った。この二人、異母兄弟。
千歳兄は黙りこくっていた。
千歳の弟の千春は冷めた口調で、
「とにかく、弥のミオヤに謝った方がよくない? 化け物を召喚してしまったんだからね?」
部屋でゲームをする為にさっさと席を立った。
千春は自分が剣の儀をやりたかった。面白くなかったのだろう。
話し合いは俺の夢という結論で終わった。
傷付いた俺がキジトラ猫のリンに癒されている時、父が座敷に入ってきた。
「黎明…。もう無理しなくていいよ。遠いところに転勤願い出して、引っ越そうか…?」
唐突だったので驚いた。
剣術の稽古で千歳に木刀で打たれて痣だらけになったり、剣の儀の最中に憑かれた状態になって祖父に叱られたり、父は俺を不憫に思っていた。
父・八島士朗は下級官僚で残業が多く、朝から晩まで忙しい。遠くへ転勤なんかしたら、今まで以上に出世コースから外れてしまう。
俺は父の思いに感謝した。
「パパ。俺、弥栄流退魔道も剣の儀も嫌いじゃないんだよ。剣の儀はずっと俺の憧れだったし…」
俺は子供の頃から龍髭館で剣術を習ってきた。
次第に千歳兄のことを意識するようになった。
千歳兄はやっぱり技術が凄い。本当に強いと思った。
そうそう追いつけるわけもないのに、俺は千歳兄に負けたくないと思ったんだ。
最初は木刀で打たれて痛かったけど、痛いのが嫌だから躱すことが出来るようになって、新しい技を覚える度にどんどん楽しくなった。
少しでも強くなりたい、千歳兄に勝ちたいと思った。
俺は今後も龍髭館に通い、祖父や千歳兄や兄弟子から剣術を習いたい。
弥栄流に特別の不満はない。
俺は宗家の後継者争いに加わる気はないんだ。
気になることは、ただ一つだけ。
「どうして、俺はあの八咫烏の多伎と波長が合うんだろね? なんで、俺だけ? ママは十三詣りで何も視なかったって言ってたのになぁ…」
自分でも不思議だった。
「黎明…。俺は…お前の巫の血が怖い…。宗家の血を濃く継いでいる…」
父は思い詰めて、泣きながら俺を抱き締めた。
猫のリンが父を怖がり、縁側に逃げていく。
「そ…そうかな…」
俺は父に申し訳なく思った。




