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八咫烏 ―YATAGARASU― ~邪神と巫が入れ替わる~  作者: 柴犬ジョニー


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第2章 ハイエイタス ・ 第1話 ヨリマシ ③

 俺は緊張して、雲の上を歩く人みたいに足に力が入らなかった。

 面を付けた後は少し落ち着いてきた。視界が狭くなり、観光客が気にならなくなった。タテガミ代わりのシャグマ(ヤクの毛)が耳を覆い、歓声も小さくなったように思う。

 後は躰で覚えた通りにやるだけだ。

 俺は意識を集中して、舞殿の階段に足を掛けた。

 一瞬、眩暈(めまい)がした。

 ゲームのⅤRみたいに突然、俺の前に異世界の映像が出現した。

 足は勝手に階段をスタスタと昇っていくが、俺の感覚は見知らぬ世界(ステージ)で身を竦ませている。

 白く光を放つ、眩い世界。

 俺の前で巨大な白蛇がとぐろを巻き、ゆっくりと身をくねらせていた。

 俺は蛇が大の苦手だ。身が竦んだ。

 大蛇の眸は深紅。鱗は白い陶器タイルのように滑らかで艶があり、整然と並ぶ。

 すっと長く伸びた鼻先、美しい頭部の輪郭、まごうことなき神霊。二俣の舌がちろちろと揺れていた。

「うわぁ……」

 冷や汗が噴き出た。

 こんなことをしている場合じゃないぞ。剣の儀が始まってしまう。千歳兄や祖父に迷惑をかけてしまう。



 …すると、とぐろ巻く白い大蛇は萎んでいって、ヒトと似た姿に変わった。

 中殿の上座の檀上に、白く光り輝く弥のミオヤが座っていた。

 ミオヤの強烈な霊圧に徐々に慣れてきたのか、くっきりと見えた。

 ミオヤは白銀の髪を額の中央で分け、左右の耳にかけて長く垂らし、碧玉の首飾りを付けている。ヒトで言えば、二十代から三十代くらいの凄い美男に見える。

「弥のミオヤ…」

 俺は掠れる声を振り絞った。

「案ずるな。お前の躰は覚えた通りに舞う」

 弥のミオヤは聲の霊力をセーブして、俺が気絶しないように配慮した。

 俺の耳には祭の笛と太鼓の音が届き、現実世界で俺の躰が躍動しているのがわかった。

「弥のミオヤ…、俺…どうなって…る…のですか……?」

 俺は何を言ったらいいかわからず、日頃の感謝を言うとか、挨拶をするとか、お願い事をするとか、何も思いつかなかった。

 弥のミオヤは剣の儀を楽しんでいるらしく、麗しく微笑んでいた。

 弥のミオヤが俺の頭の中を直接覗き、

「そうか。そんなことが疑問か。そうだよ、私達は敗けた。その通りに再現され、剣の儀では毎年、八が敗けることになっている」

 俺の持つ語呂から言葉を選び、俺の疑問に答えた。

 弥のミオヤの聲は頭の中で直接響いた。

 俺が何も言わなくても弥のミオヤは頷き、次の疑問に答えた。

「多伎ならそこに居るよ」

 きれいな真っ白の指で、八咫烏の翼を持つ邪神・多伎を指した。

 弥のミオヤの眩い光の影に、黒々とした闇があった。

 多伎は黒いターバンを付け、黒き翼をマントのようにまとう。首から下の皮膚はマダラに染まった墨色で、両手の爪が黒い。黒い着物を着て、黒い(ハカマ)パンツを履く。

 多伎は片膝を着いて畏まり、目も伏せ、黙っている。

「話せ、多伎。黎明に話があるのだろう?」

「恐れながら」

 多伎が一聲発した。

 その瞬間、俺は気絶した。



 千歳兄は舞殿の階段を昇る途中で、俺を横目で見た。

黎明(よあけ)?」

 千歳兄は俺から白い光が溢れ出すように感じたと、後で言っていた。

 俺の躰は全自動で、練習した通りに動いた。今までで一番いい出来だった。

 でも、途中から、俺の躰から黒い霊気が噴き出した。

 千歳兄は俺を成敗する壱の役なのに、敗れる八の役の俺に剣技で押されそうになった。

「黎明。もっと軽く打てよ。そんなに強く打つ必要ねーだろ…。これは殺し合いじゃない。儀式だぞ…」

 千歳兄は心の中で不満に思った。

 本番で力んでしまったのかも知れないが、動きに殺気を感じた。

 俺は寸止めなしに切り込み、形は舞そのまま、鋭さは本当の戦いのように剣を振るった。

 安全に間隔を保つのではなくて、リアルに殺す間合いに踏み込んでいった。

 千歳兄は龍髭館で幼少から剣術を習ってきたから、躱せなくはない。

 相手が千歳兄でなかったら、大きな傷の一つや二つ、間違いが起きた可能性は高い。



 従姉(いとこ)の三波が笛を吹き、千津雄伯父が太鼓を叩いていた。

 祖父の弥栄(いやさか)千五十(ちい)寿(とし)は勅使と中殿に座り、俺達の舞を見守っていた。

「どうした、黎明…⁉」

 俺の気配に違和感があった。

「危ないな…。本気か? 黎明、千歳に恨みでもあるんか?」

 太鼓を叩く千津雄伯父は鳥肌立った。

 一方、観光客は喜んでいた。

「今年の剣の儀は見応えありますねぇ」

「迫力あるねぇ」

 郡外から来た観光客も魅了され、思わず八・白蛇を応援したくなった。



 大勢の観光客が剣の儀を夢中で観ている最中、楼門に架けられた勧請(かんじょう)(なわ)が風で揺れ、今にもちぎれそうだった。

 飄々(ヒョウヒョウ)と風が吹き、境内の木々から葉が散った。篝火の薪が崩れ、火の粉が大きく舞い上がった。炎が斜めに広がり、踊るように燃え上がった。

 黒い靄が押し寄せて勧請縄を揺さぶり、遂にブツンと切れた。

 楼門の結界が破れ、一気に黒い靄が舞殿まで押し寄せた。



 何が起きたのだろう。

 黒い靄が(カムナギ)のエネルギーに魅かれ、俺と千歳兄を喰いに舞殿に上がってきた。

 遠くから黒い靄に見えたのは、邪霊の群れだった。怨みを残して死んだ人達の浄化されない念が形をなし、死者の形相で襲いかかる。

 その怨念を、俺が剣でぶった斬った。

 意識を半分なくし、夢うつつ。全自動で舞い、戦い続ける俺。

 神剣のレプリカだとか、そんなことは関係ない。要は霊的な力だから。

 俺は遠慮もクソもない。

「コロス。コロス…。こいつら、全部…」

 俺は狂ったように、黒い怨念を笛太鼓に合わせて斬った。

 傍目には剣の儀が続き、壱と八の絶妙な斬り合いに見える。

 観光客は剣の儀に夢中で、邪霊の群れに気付いていない。

 でも、既に俺達の剣の儀は原形から微妙にずれてきていた。

 千歳兄はその技量で毎年通りの儀式に見せかけ、上手く俺の相手をした。

 千歳兄もとうに気付いていた。

「黎明。こいつ、何かに支配されてんな…」

 千歳兄は壱の面の下から、

「…黎明……黎明…」

 何度か呼びかけてきた。

 千歳兄も邪霊を舞の形に織り込んで斬った。

 霊力を込めて斬れば、怨念は消滅した。

 例年にない白熱の舞となり、時間も長引き、勅使と観光客は盛大な拍手を送った。



 斎庭に居た他流派の退魔師達が、邪霊の多さに浮足立った。

「どういうことだ⁉ ここは我々も…」

 数人が席を立ちかけた。

 一人の退魔師が(しゃく)で口元を隠して、

「まあまあ。ここは見物させて頂こう。弥栄流さんのお手並みを拝見しようじゃないか…」

 意地悪な含み笑いを漏らした。




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