第1章 クラン ・ 第10話 恋の行方 ②
雲から西へ向かうには、いったん東を向いて内海を出て、八雲半島の外縁を回っていく。
本当は俺達が居た西海から出発した方がよっぽど近かった。
でも、雲の身に呼ばれたこと、二年の旅で得た情報を色々と共有する必要があったことで、雲に寄った。
船出前、剣と雲の身は長い話をしていた。
首長達が留守の間は、『大人』という制度が地域を支えている。
大人は各戸の世帯主・大人が地域の政治に参加する、とても民主的な制度だった。
その大人を八野凝みたいな地域の有力者がまとめ、首長が留守にしても問題が起きなかった。
友好と交易の影で陰謀が渦巻き、諸国の壮絶な出し抜き合いがあった。
剣達『カラス』は時に外交使節になり、時に諜報活動をして諸国を廻っていた。
俺は元の世界へ帰りたかったが、方法が思いつかない。
今頃、多伎は入れ替わった俺になりすまし、八島黎明としてボロを出さないように上手くやっていると思う。
この世界はコンビニもなくて、自給自足、物々交換だ。米とか塩、鉄、土器、玉類などをお金の代わりに使っている。
沿岸諸国は海水から製塩して、塩を山間部との交易に使う。
辰砂(水銀朱)を採掘・精製したクニは、儀礼用の赤色顔料として高値で売っている。
俺は何もない。正直、多伎の振りをやめたらどう生活していいのか、わからない。
船を漕ぎながら色々と考えていたら、急に水飛沫を食らった。
櫂に何かが当たった。
「鰐の群れだ。落ちるなよ」
剣が海面を見渡した。
流線形の背鰭が海面に出て、動き回っていた。
俺も藍色の水面下に複数のサメの影を見た。昔はサメのことをワニとも呼んでいた。
「うわ……やべぇ…」
暫くの間、サメが通り過ぎるまで刺激しないように漕がず、船乗りの歌もやめ、波間に浮かんでいた。
漕手達はサメの話題で盛り上がった。
「こんな小さいの、どうってことねぇよ。もっと大きい奴が来た時は、船を転覆させられたこともあったけどな…」
操舵士の真具呂が船尾で自慢げに言った。
嘘じゃない。彼の脹脛にはサメに噛まれた傷痕が残っている。
船乗りは皆、サメの体験談を面白がって話す。
俺は青褪めて苦笑い。
「ちょっとひと泳ぎして来いよ、多伎」
三野がふざけ、わざと俺を押した。
やめてくれ。俺、水泳は得意じゃない…。
その頃、俺が居た世界では。
黎明になった多伎が、俺の自宅マンションの荷物を漁っていた。
ごく平凡なマンションの八階、勉強部屋と寝室を兼ねたフローリングの部屋。
本棚とデスクがあって窓際にベッド、青い遮光カーテンがあり、ドアの近くにクローゼット。
多伎は俺のデスクの上に桃井虹の写真集を見つけた。
多伎は八島黎明になっても、目の下に黒ずんだ隈があった。
鋭い目線が桃井虹の写真集に止まり、多伎は数秒、表紙の桃井虹の弾ける笑顔を睨みつけた。パラパラとページを捲った。
宇加そっくりの顔立ち、明るい表情だが、着ているのは露出度の高い白ビキニだ。
桃井虹は純粋でナチュラルで、色白の二の腕がポチャッとして柔らかそうな女の子。眩しいほど、笑顔が可愛かった。
「チッ…」
多伎は舌打ちし、桃井虹の写真集をあっさりとデスク横のゴミ箱に捨てた。
何てことするんだ!
突然、彼のポケットで俺のスマホが鳴った。多伎はスマホの使い方がわかるのか、通話に出た。
「何?」
偉そうな喋り方。俺と全然違う。
「黎明、今から会わない? ちょっと欲しい服があるんだよね…。それ、すごぉく可愛いの!」
俺の美人の彼女、清香のおねだり電話だった。
俺だったら、馬鹿みたいにホイホイ呼び出しに応じて貢ぎまくるところ。
「いいけど」
多伎も素直に応じた。
俺の彼女が寝取られる危機が迫っていた…。
その後、多伎は清香と会って、まるで本当の俺みたいに振る舞った。
デパートで高級ブランドの服を惜しみなく買い与えた。それも、俺のバイト代が振り込まれている口座のカードで。
多伎は清香と買い物して、食事を奢った。
清香はその日の俺・黎明の態度がいつもよりドライに感じた。
でも、それも新鮮で魅力的に思えた。
ベッドでも新鮮な感じがした。
清香は豊乳も露わに起き上がり、
「今日の黎明、何だかいつもと違うね…。素っ気ない。気になっちゃうじゃない…」
とろけるようなキスをした…。
多伎のやつ、彼女と別れ話になってしまった。
本当に有り得ないんだけど、俺が生まれて初めて付き合った彼女・学年のアイドル的人気の美女・大事な清香と、勝手に喧嘩して別れてしまったんだ。
俺はまだ知らない……。




