第1章 クラン ・ 第9話 運命の人 ④
夜更け頃、宴が終わった。
美人姉妹・宇加と佐香は一足先に宴会場から出た。
雲の身は俺達を送る為、椅子から立ち上がった。
「…ところで、剣の叔父上。弥の御身のご病気が良くないらしいな。弥の御身は東方の多可國にご滞在だ。剣の叔父上、次の行く先は西か、東か?」
「…西だ。また三野方へ行く。買い付けた鉄が届く頃なんだ。兄の具合はそんなに悪い?」
剣の顔色が変わった。
「…どうだろうね」
雲の身は言葉を濁したが、本当はかなり危ないと言う連絡が入っていた。
八雲には大小様々なクニが属す。
多くは川ごとにクニがある。平野単位ではなく、川単位でクニが在り、大河の場合は上流と下流でクニが違い、右岸と左岸でクニが違う。一つの文化圏として墓制は同じで、土器も似る。
首長間で通婚があり、ほぼ親戚と言うのが現在の八雲の状態だ。
部族連合と言ってもいい。
連合・八雲のうち、最大勢力の弥の首長が『弥の御身』と呼ばれる。それが剣の兄だった。
俺達は暗い中庭を俯いて歩いた。
「剣の叔父上、ちょうどいいじゃないか。叔父上もお見舞いに行けば。宇加と佐香は護衛を付けて、俺が直々に陸路で送ろうと思っている。あの姉妹を呼んだ用事も、実はそれ。大丈夫さ。途中通るクニは全て、うちのオヤジ殿と同盟を結んでるからね」
雲の身は剣の肩に腕を掛けた。
雲の身が言うオヤジ殿とは、八雲の盟主・大御身のこと。
「なぁ、剣の叔父上。八雲を初めて統一したのは、弥の始祖だ。以来、八雲は弥の御身が継承した。先代が亡くなって、娘婿だったうちのオヤジ殿が暫定的に大御身を継いだが……俺達はそろそろ、この八雲を、弥の御身の一族に返すべきなんだ…」
剣もその話を受けて、
「父が死んだ時、兄・都支は未成人で…今の大御身が八雲を継いだ。俺はその判断で間違っていなかったと思う…。戦ばかりで、とても厳しい時期だった……」
と、過去を振り返った。
俺は話の概要しか掴めなかった。
新しい大御身は八雲各地と周辺の身の娘を娶り、血縁で基盤を安定させた。大御身の妃は五十人を超える。
今や、八雲は北海諸国最大の勢力となり、倭の國の西の果てから東の果てまで、交易と同盟の範囲が及ぶ。
八雲は戦争ではなく、同盟によって勢力を拡大した。
八雲は鉄の確保の独自ルートを持ち、韓から遠い東方諸国への供給源となった。
その大御身のカリスマが目立ち、病弱な剣の兄は大御身を継ぐこともなく、寿命を終えようとしていた。
弟の剣が大御身になる話は、最早聞こえてこない。
「…それでいいんだよ。雲の身。俺と兄は、八雲を今更返してもらおうなんて考えてない。この先も、大御身の御子・雲と鷹のどちらかが、次の八雲の大御身を継げばいい」
剣は雲の身と権力闘争する気がなかった。
それでも、弥の支配権は剣の家系で揺るがない。
雲の身は大袈裟に頭を振った。
「うちのオヤジ殿は他所から来た。八雲を横取りする気なんて全くなかったんだ。新しいクニの形を創るつもりだよ。今までになかったような、開かれたクニだよ…。俺ももうすぐ、オヤジ殿の補佐に着く。剣の叔父上。優秀な人材が大勢必要だな…」
雲の身はわざとらしく俺に気付き、
「そうだ、多伎。お前も俺達と大きなクニを分かち持つ御身に……」
「……いらないよ。そんなの…」
俺は首をブンブン横に振って辞退した。
俺にそんな野心があるわけねーし。クニを背負う責任の方が面倒臭ぇ。
そんなことより、俺は早く元の世界に戻りたいだけなんだ。
「多伎さまは欲がない…」
奥津と久斯は俺に驚いて感心し、三野は反感を示す。
「また忠実な側近ぶって。多伎は腹黒い。計算高くて腹が立つ…」
俺はそう言う三野に腹が立つ。
「多伎。反対方向になるけど、東方の多可國に寄ってもらいたい。いいかな?」
雲の身は俺のような末端まで気を遣う人だった。
しかし、剣が断った。
「ダメだ、雲の身。高品質の鉄原料を他に売られては、商売上がったりだよ。商いの後でも兄には会える。それに…例の件…で要請が来た。俺達は行く」
「剣! 鉄の受け取りは三野に任せればいいよ」
雲の身が子供の頃のように、同じ歳の剣を呼んだ。
雲と剣、二人は幼馴染で親友だった。
「雲…、もういいんだ」
剣は雲の身の手を押し返し、俺と久斯と三野達の方を向き直った。
「お前ら。風次第で、すぐにでも船を出すぞ!」
俺以外の全員が、おう! と返事したが、
「…剣、待って!」
俺は話についていけなくなった。
だって、そんなのはおかしいだろ。
「剣。商売より、兄さんの方が大事じゃねぇか。それに今回は鉄の仕入れだけじゃねーだろ?」
すると、剣は溜息をつき、仕事の内容を初めて明かした。
それは相当やばい依頼だった。
「とあるクニで禁断の呪術が行われ、死者が大勢よみがえった…。要請があって、俺達はその後始末に行く。大きな被害が出ているらしい。弥が古くから同盟を結んでいるクニの依頼だ。助けに行かないと…。…兄さんが先にくたばるか、俺達がくたばるか…」
急に剣は大股で歩き去った。
俺達は顔を見回し、思っていたより危険な内容の依頼に青褪めた。
その間に剣の姿が暗がりに溶け込んで見えなくなった。
「剣!」
久斯や三野達が慌てて追いかけた。
中屋と櫓を繋ぐ一本道で、櫓の基部が松明に照らし出され、夜闇に浮かぶ。
俺も追いかけようとして雲の身に腕を掴まれ、引き止められた。
「多伎、頼む。剣は俺の兄貴で弟みたいなもの。剣はいつも捨て身で、死ぬ覚悟を決めているけど、俺は絶対死んでほしくない…。今回はたぶん、本気でやばい。多伎が剣を守ってほしい…」
雲の身の真剣な眼差しに、俺は千歳兄のことを思い出す。
本当の兄弟のように俺を叱り、度々心配してくれたことを。
「……わかったよ」
俺は頷き、雲の身の前から失礼した。
剣を走って追いかけ、俺を淡由岐が追いかけた。
剣は櫓の三階で夜風に吹かれていた。
櫓の太い掘立柱が四隅に建ち、茅葺き屋根がある高い三階まで階段が設置されていた。壁がない構造で、突風のような強い風が吹き抜けていく。
昼間居た兵士達の姿は見当たらなかった。
空が低気圧の前触れみたいに轟々と唸っている。剣の後れ毛が風で乱れた。
俺は獣のように階段を素早く駆け昇った。
淡由岐は高いところが怖いのか、登れない。切ない遠吠えを聞かせた。
俺は引き返して淡由岐を懐に抱え込み、また階段を駆け上がった。
久斯と三野、奥津や蓼、護衛達、多伎と苦楽を共にしてきた仲間がそこで待っていた。
「剣。早く仕事を片付けて、兄さんのとこへ行こう!」
「剣! 俺がすぐに仕事を終わらせてやるよ!」
俺と三野が剣を挟み、口々に言った。
「我等が弥の御身のお傍へ!」
奥津と蓼が異口同音に叫んだ。
剣は櫓の手摺を拳で叩いた。
「行くぞ。俺達は『カラス』。怨念の黒闇の翼を羽ばたかせろ…!」




