第1章 クラン ・ 第9話 運命の人 ②
西の八ヌ弥、東の雲城、これが八雲の二大都市。
かつて、倭國大乱と言われた時代、集落は平地から山の上に移動した。
大乱を終え、集落が平地に戻り、環濠集落の濠も埋まっていった。
高い櫓の階段を大勢の兵士達が上り降りしていた。
「ふーん…。面白そう…」
俺は興味津々で眺め回す。
正面に中屋、奥に切妻屋根の御屋(宮)、その両脇にも大型建物が建つ。
御屋は高床式で、その下を俺の知る言葉で言えば、ピロティー。柱だけ並び、濃い日陰になっている。
「何だか、俺の世界のヤシロみたいな建物だな…」
俺は不思議なデジャブを感じる。
「多伎、何をチョロチョロと…。早く来い」
剣が階段から俺を呼ぶ。
エントランスまで正面階段が長い。
俺がこの世界で見た一般的な階段は急で幅が狭く、丸太に刻み目を付けただけ。手摺も無くて危ない。
この御屋は違う。階段の幅も広く手摺があって、傾斜も緩やか。謁見殿の正面玄関に相応しい威厳を醸している。
そこを剣達が颯爽と昇っていく。
俺は翼があるから、楽にフワッと一跳びで上がる。
「へぇー。いい眺めだな…」
エントランスから内海と雄大な火山を展望出来た。火山の頂は金色の雲を巻く。
夕焼けの光を波が細かく反射して、海の白い鱗のようだった。
明るい屋外から入ったら、目が薄暗さに慣れるまで内部がよく見えなかった。
赤と黒の漆塗りの呪術の矢盾が入口に置かれ、入口の頭上に魔除けの植物が吊られ、ハーブみたいな独特の匂いがした。妖しげだった。
護衛はエントランスで控え、四人組『カラス』だけが御屋の内部に入った。
それほど広くない、シンプルなホール一つという間取り。男達が敷物の上に正座し、椅子に腰掛けた雲の身を囲む。
俺は好奇心に駆られ、ジロジロと観察した。
「…それで、毎年、川上の郷の奴等が川下の郷に回す水を占めて、困っております」
「それは良くないな。俺から言っておくよ」
椅子に座った若い男がよく透る声で答えた。
大体の議題でその男が一言で簡潔に答え、区切りが着く。
議題は農業用水、鉄の供給、インフラ整備から略奪・窃盗の判決の類いまで。
領内各地の代表の前に座り、その男一人だけ悠々として装いも華やかで別格だ。
こういう人をカリスマと呼ぶのだろうか。
自分より年長の男達に頼られ、若い男の決断力が会議をリードする。俺から見ても、すごく格好いい……。
自分の理想を見せつけられたようで、俺は無言で見入っていた。
会議が終わり、各地の代表が退出すると、中心に残った男が剣に声を掛けてきた。
「剣の叔父上。ご足労、感謝する。調子はどう?」
「悪くないさ」
剣は手を二つ叩いて、拝むように挨拶した。久斯も同様。
俺も急いで真似して手を叩き、両手の指先を合わせて拝む。
この挨拶は、俺がトヨばぁに習った弥栄流の祈りのポーズと同じだ。
「三野。久しぶりだな」
雲の身が三野に笑いかけ、
「兄さん。会議が長いよー」
三野が気軽に不満をぶつけた。雲の身は三野の異母兄だった。
雲の身は立派な紫の絹の着物を着て、肩ほどの長さの髪を結わずに垂らしている。
眉目秀麗、口元と顎に薄く髭を生やし、背が高く、翡翠の勾玉が付いた碧玉製管玉の首飾りを付け、帯に装飾を施した大刀を吊る。
「そりゃ、悪かった。ま、座れよ」
雲の身が笑いかけ、俺達は向かいに胡坐をかいた。
普通は正座する。俺達は親族ということで待遇が違う。
雲の身は湯河で見たような首長の木製椅子に座っていた。
玉座だ。背凭れなし、奥行きが浅く、座面が曲線になって左右上がる。椅子の脚は刳り貫き加工で、全体に幾何学模様が彫り込まれている。
雲の身は二十三歳。
父・八雲の大御身と兄・鷹が遠征中で、留守中の八雲を実質任されている第二王子。
彼が剣の甥に当たるのは、剣の姉が彼の父の后だから。
ややこしい。これは人物相関図が必要だぞ!
「雲の身。いやぁ、遠かったよ。壱岐は遠かった!」
剣は雲の身と親しく会話した。
雲の身は意外と気さくな人物だった。優雅に寛いだ姿勢から、
「どのコースだよ? 多伎?」
突然、俺に聞いてきた!
俺が返答出来なくて困っていると、
「奴國、伊都國を巡った後、末浦から壱岐に渡ったのさ。帰りに火國にも寄った。俺達、何回死にかけたと思う?」
剣が俺の代わりに答え、色々思い出して自分で笑った。
「そいつはご苦労。帰りが遅いから、楽浪まで行ったのかと思っていた。すぐ飯の支度をさせる」
雲の身は育ちのよさそうな、ゆっくりと明朗な話し方。
俺も何となく和む。
その時、俺の膝の上で抱かれていた淡由岐が一声、
「ウォンッ!(喉が渇いたよ!)」
と、鳴いた。
薄暗いので、最初は雲の身も狼に気付いていなかった。
だって、御屋(宮)に狼を連れ込むような非常識な人間は……俺の他に居ないから。
一瞬、雲の身は目が点になり、その後は大笑いで手を叩き、
「おや! こんな頼もしい将軍がご一緒とは。知らずに失礼したね。すぐに美味しいお水とお食事のご用意を!」
側近に水と食べ物を持って来させた。
淡由岐は竹管文が綺麗な最上級の土器で、贅沢な水を飲んだ。
雲の御屋は俺の世界のヤシロに建物が似て、清く神聖なイメージだ。
実際は、神事は屋外で行うので、御屋の用途は会議や謁見など政治的なものだ。
雲の身が寝る場所は普通の竪穴住居。多伎と同じだな。
首長と平民は墓制において隔絶した階級差があるのに、生活レベルはそれほど違わないという面白さ。
御屋の手前の東西に長い建物、中屋の周囲に篝火が焚かれた。
中屋に歓迎の宴の料理が運び込まれた。メイン料理はイノシシだ。
宴には剣と三野の護衛達も呼ばれ、俺達はクツを脱いで寛ぎ、遠慮なく思いきり食べ、酒を飲んだ。
淡由岐はそこら中を走り回ったり、入り口の壁にオシッコをかける粗相をしでかしたり。
「淡由岐ィ!」
それでも、雲の身は終始明るくご機嫌だった。
「今夜の多伎はいつもと違うな。のほほんとしている。何かあった? …そうか!」
雲の身は誰よりもストレートに、俺と多伎の違いを口にした。
俺はギクッとして、思わず動きが停まった。
「さすがは弥きっての商売人、剣の叔父上だねぇ。こんな逞しい将軍をどこでスカウトしたの? 多伎は将軍に夢中だな。名は?」
雲の身も少し酔っていた。
剣は雲の身の酒坏に、急須みたいな注ぎ口が付いた甕から酒を注ぎながら答えた。
「潮の泡の倭奈佐のオヤジから買った狼で…名は淡由岐…」
「ああ、倭奈佐のオヤジか。道理で。…淡由岐。いい名だ…」
雲の身は微笑んで手を伸ばし、淡由岐をナデナデした。
淡由岐はウーと唸ったが、噛みはしなかった。
飯を食べ終わった頃、ほろ酔いの雲の身がにこやかに切り出し、
「宴も盛り上がってきたところで、少しばかり歌わせてもらおうかと…。私の拙い歌も、精一杯のおもてなしということで…。お耳障りな点は、とっておきの美女の舞でご容赦を……」
彼が側近に弦楽器を用意させているのを見るなり、剣と三野は、
「ああ。またか…」
と、苦笑い。
何が始まるんだろう?
奥津や蓼、田嶋など堅苦しい面々も期待を込め、中屋から庭に繋がる階を眺め、美女の登場を待った。
俺もそっちに注目していたが、なかなか美女が登場しない。
急に雲の身が弓と矢を俺に渡してきた。
「多伎、その前の余興だ」
俺が三本の矢と弓を受け取った途端、一同の拍手が起きた。
中屋の外に的が用意された。
何、これ? もしかして、矢を射る神事・歩射の儀みたいなものか?
俺は宮司の孫だから、そういう神事に詳しい。
「多伎、得意だろ。だから多伎に頼むんだよ。八雲の民の幸せを祈願して。一本も外すなよ」
雲の身はにっこり微笑み、俺にプレッシャーをかけてきた。
雲の身は俺が多伎じゃないと直感した。俺を試している。




