第1章 クラン ・ 第9話 運命の人 ①
船を漕ぎつつ、俺の後ろから久斯が言った。
「雲だ。見えたよ、多伎。雲に着いた!」
俺達の船『滄溟の鳥』が入り組んだ地形を縫うように進み、雲へ到着した。
漸く、内海と外海の境界が見えてきた。広い湾に浮かぶ島々。美しい景色だ。
雲奴川の河口の水門で、船首の孔に縄をかけ、杭に二艘の船を繋いだ。
他にも何艘か、大型の船が停泊していた。
剣は先に降りた。俺は淡由岐を抱き上げ、肩掛けカバンと大刀を持って戸板を渡った。
すぐ三野が俺の側に寄ってきた。
「言っとくけど、俺じゃないからな!」
いきなり暴走している。
「何の話だよ⁉」
「俺は殺ってない」
三野はそれだけ言って、慣れた船着き場を歩いていった。
「私も違うので…。お先に」
久斯が俺を追い抜いて行った。船着き場にいかつい男達が溢れている。
「何なんだよ!」
俺が叫び、三野が道の先から返事した。
「多伎! お前の母さんは、お前のことを愛してた! それだけが事実だ!」
畜生。
もうわかってるよ、そんなことは。
多伎、剣、三野、久斯は四人組の『カラス』。
俺達はあつらえたように黒ずくめ。
『沸』たぎる多伎が十五歳、『粛殺』の剣が二十三歳、『結氷』の三野は二十歳、『熄滅』の久斯は二十五歳。
剣と三野が多伎の従兄。久斯のことはまだ何も知らない。
剣はこの兄弟分の黒い着物の四人組を『カラス』と呼んでいた。
俺達の船『滄溟の鳥』の漕手達の個性の強さは半端ない。彼等は大概無口で大酒飲みで、俺と余り喋らない。酒が入ると暴れ出す。
途中の湯河の郷では、二組に分かれて竪穴住居で雑魚寝したが、船乗り達のいびきが凄かった。
俺の話し相手は主に剣と久斯。たまに三野とも喋るが、あいつとは馬が合わない。
今までの多伎の人生を知らないから、誰にどう振舞えばいいのか、全くわからない。
俺は面倒臭がりで、のんびりした性格。
多伎とは随分印象が違ってそうだから、皆、違和感を抱いているはずだ。
そろそろ、この奇妙な交替劇を誰かに打ち明けるべきだろうか。
俺達『カラス』は水門周辺の集落に船の漕手達を残して出発した。
これでやっと、職業・船乗りと職業・護衛の区別が付く。
剣の護衛は奥津、蓼など五人だけで、思ったより少なかった。三野の護衛は久斯、田嶋など六名だ。
雲の青々とした丘陵は、ブロッコリーみたいにモコモコと巨大植物が茂っていた。生命力溢れるスダジイが聳え、樹齢もわからないほど大きい。
剣は集落へ続く小道から外れ、原生林の中へ走っていく。
俺達は雲の統治者・雲の身と会うことになっている。
それがどんな男か、何の為に会いに行くのか、剣に問いたいけど、俺は多伎の振りをしているから聞くことが出来ない。
「こっちが近道なんだよ」
久斯が俺に説明してくれる。
久斯はもしかしたら、俺が本当の多伎じゃないと気付いているのかも知れない。
谷間に連続する吊り橋があった。
「あいつら、猿かよ⁉」
俺は淡由岐を抱え、飛ぶように渡っていく『カラス』とその護衛達を追う。
吊り橋は踏板の隙間から谷底が丸見えで、グラグラ揺れる。
「待ってくれ!」
「多伎、早く来い」
淡由岐を抱いていることもあって、剣達に遅れ始めた。
それで、俺は黒い翼を羽ばたかせて飛び上がった。
この翼を使うことで邪神になりたくはないが、鷹になったような俯瞰の景色は最高だ。
俺はあっと言う間に追いついて、先頭の剣に並ぶ。
俺に抜かされた三野が悔しがっている。
「多伎! 狡いぞ!」
濃いマイナスイオン、木霊の気配を感じながら深い森へ入っていく。
「なぁ、剣。どこまで行くんだよ…。近道って言ったくせに…」
天然の巨岩が生み出した複雑な地形を抜け、暗い谷を駆け抜け、沢の岩から岩へ跳んで、滝の水飛沫を浴びた。
「多伎。あと少しだよ…」
天に届きそうなスダジイの葉の茂りの間から、櫓が垣間見える。
櫓から枝が付き出して伸び、櫓と一体化している。平らなキノコが階段状に連なって生えていた。その櫓の床から、登り降りする為の縄梯子が垂れていた。
大自然のテーマパークみたい。
「面白そうなとこだな…」
大木の根元が盛り上がって、幹は太くシメジのように枝が生え、葉がこの森の屋根になっている。地面は日陰を好む草でフカフカしている。
俺の躰は翼のお陰で、重力が低いみたいにポンッと弾む。
俺達は雲奴川の細い支流に架けられた丸太の一本橋を渡った。
竪穴住居の村、収穫が終わった田んぼがあった。ここの住民達と擦れ違った。
「藤木の身だ!」
「三野さまも!」
住民達が深々とお辞儀して両手の指の内側を合わせ、俺達に道を譲った。
俺は面倒臭くなると淡由岐を抱き上げ、空を飛ぶ。
「あれは……お墓?」
空から、周辺の丘陵に四隅が突出した墳丘墓を見つけた。
八ヌ弥の多伎の祖父の墓よりは小さいけど、多伎の父親の墓より大きい。この地域の首長の墓域だろう。
途中、雲奴川の津(船着き場)の広場に物々交換の市が立っていた。
簡素な露店で、土器や農具や干物や野菜、籠、木工品などの商品が並ぶ。
暫く進むと建物の数が増え、堀と板塀で囲われて大きな櫓が建つ場所に着いた。
ここが雲の身の住む処。
「藤木の身! 三野さま!」
高い櫓から兵士達が降りてきて、手を二度打ち、お辞儀して手指を合わせた。
弓矢を携えた兵士達が数人ずつ組んで巡回していた。戦時じゃないから、兵士達は軽装だ。彼等は繁忙期に農業をやっている。地域の男達が交替で警固に就くようだ。
俺は物珍しげに見回し、何だか興奮していた。
「藤木の身! こちらの男は?」
小隊長らしき兵士が俺に矢を向けた。
おい、危ねーだろ!
「西海の多伎だよ。知らないのか?」
剣がその兵士を睨む。
「へっ⁉ 多伎さまですか⁉」
兵士が一瞬で縮み上がった。
「二年ぶりなので見間違えました…! 申し訳ありません‼」
兵士は汗をかき、必死に謝った。
おいおい。
俺の背後で、剣の若手の護衛の阿佐と八木と宇夜がコソコソ喋った。
「俺も思ってた…。出湯(温泉)に一緒に入った時に。多伎さまっぽくないなって…」
「俺も…」
「お前らも? …何か変わったよな。顔は同じなんだけど、雰囲気が別人っつーか……」
そうだよ、俺と多伎は別人なんだよ!
言いたくなったけど、我慢した。
もし、俺が多伎でなかったら「殺す」と言ったのは、剣だ。あれは本気だった。
多伎は確かに独特の雰囲気の男だった。
冷酷さ、やばさが内から滲み出ていた。目の下の隈が陰気臭くて、鬼を殺し慣れている男の怖い面だった。
本当に俺が多伎なのか、この後、雲の身に試されることになる。




