第1章 クラン ・ 第8話 あなたが殺した… ②
「は?」
俺は仰天した。
湯河の身が俺に詰問した。
「西海の身! その男が担いでいるのは、西海の身の兄君なのだろう?」
これには俺も言い返さずにはいられなかった。
「とんでもない、湯河の身。俺は誰も殺してないし、こいつも俺の兄じゃない。俺のヤツコだ。これが俺の兄なら、一番に湯河の身にそう紹介している!」
俺の返事に湯河の身は納得出来なかった。
彼は俺の左腰の短剣を指差した。
「私はその若者が西海の身の兄だと伺っている。背中から刺すとは卑怯なやり口だ。傷から察して、西海の身がお持ちのような剣で刺されたのではないか?」
まるで俺が新を刺したかのように言う。
刀剣は持っている人が身分的に限られるから、俺も殺人の有力な容疑者と言うことに。
剣が一つ咳払いして、間に入った。
「湯河の身。多伎の言っていることは本当です。この者はヤツコ。我々が所有物をどう処分しようと、我々の自由です。これは多伎の兄ではありません」
いや、本当に、新に対して一切の人権を認めない、冷たい発言をするんだよ。
この集落の野次馬がざわついている。湯河の身も引っ込みがつかない。
湯河の身は側近をぞろぞろ連れ、剣に詰め寄った。
「私の領内で起こった殺人だ。事情は説明するべきだ。ご兄弟で揉めて殺めたのではないか?」
その間にも、死体を担いだ奥津は消えてしまっている。
三野や久斯も駆け付けた。
俺は三野を疑っている。三野が昨夜も、新をどうにかしろと俺に言ってきて、三野ならやりかねないと思うほど感情的だった。
三野は顛末を聞き、青褪めて黙っていた。意外なほど何も言わなかった。
久斯は顎に指を置き、静かに考え込む。
「私はその若者が西海の身と同じ両親から生まれたと、自分でそう言ったと私の親族から聞かされた。その親族は常に正直で、私は絶対的に信頼している。西海の身とその若者の両親について、事情をお聞かせ願えまいか」
湯河の身が尚も言うので、剣は溜息をついた。
「どうぞ、こちらへ…」
剣は仕方なく、今朝まで泊まっていた宿へ湯河の身を案内した。
剣が一番したくない話だった。
湯河の身と数人の側近を竪穴住居に入れ、剣は俺だけを中に呼び入れた。
「多伎…。お前だけ入れ。…三野は待っていろ」
三野は不満そうだったが、久斯が三野の腕を掴み、引き止めた。
湯河の身に剣が首長用の椅子を勧め、剣は立って話した。
俺はずっと黙っていた。
「…湯河の身。多伎は全く覚えていない。もう十三年も前のことですから」
剣は何度も長い息を吐いた。
湯河の身も気まずく思いながら、あの場ではああ言うしかなかったことを詫びた。
「お立場は理解しています、湯河の身。これは弥の身内の名誉に関わることなので、詳細は申し上げられない。十三年前、新の父親が五人の弥の者を殺め、多伎の母親に怪我をさせた…。その男は多伎の父親である西海の先代によって裁かれ……死刑に相当しましたが……、拘留中に死亡しました。誰が殺めたのかは未だにわかりません…。当時、多伎は二歳で…新は三歳です。…ですから、多伎と新、この二人は父も母も別人なのです」
剣は途切れ途切れ話した。
俺は聞いていて胸が一杯になった。
「湯河の身。多伎の母親はその時の怪我が原因で死んでおります。多伎にとっては新が母の仇の息子であり、新にとっては多伎が父の仇の息子です。…子供の頃から二人は仲が悪く、新は多伎の家がある八野の集落から離して、日河の集落に預けられました。…多伎は心が優しく寛容な首長になり、…今では新に自由を与えようと考え、今回の旅に漕手として同行させました。…こんな多伎が、新を殺すはずがないんです…!」
最後のところで、剣は言葉に力を込めた。
俺は多伎を思う剣の気持ちに打たれた。
湯河の身の左右で側近達が何やら言い合う。その中には、俺が温泉で会ったじいさんも居た。
じいさんは新を心底気に入っていた。
「しかし、藤木の身。昨夜、西海の若さまとその新が雨宿りしているのを見た者がいるのです。お二人は何やら言い争っていたそうです。…その場所は、新の死んだところから近い…!」
じいさんは俺が殺したと思い込んでいた。
俺は凄く悲しかった。
俺も、新を『滄溟の鳥』に乗せたことを後悔していたから。
でも、やってないものはやってないんだよな。
湯河の身もじいさんに同意した。
「その新という若者が言った話と、随分違うように思うが? 私は新が西海の身の兄君だと聞いて、私の娘と結婚させようかと思っていたのに、余りにも残念だ」
湯河の身は俺の眸を覗き込んだ。
「私に裁く気は無い。ただ事実だけを教えてくれ。西海の身。あなたが殺したんだな?」
俺は本気で腹が立ってきた。
俺を犯人にして、何か得することでもあるのかよ。なんで決めつける?
剣が目配せして、蓼が玄関を開けた。奥津が誰かを連れて入ってきた。
それは俺が気に入っていた柚子ちゃんだった。
柚子ちゃんは目を泣き腫らして、住居内に走り込んできた。
そして、湯河の身の前に土下座した。
「ごめんなさい、お父さま!」
柚子ちゃんは湯河の身の何番目かの娘だった。
「昨夜、新さまに頼まれて、多伎さまの食べ物に毒物を入れました…!」
やっぱりな。俺はあの高坏を誰が俺の前に給仕したか、実は覚えていたんだよ。
俺がもう一度一緒に飲みたいと思った柚子ちゃんだった。
「な、な、何だと⁉」
湯河の身は驚いて椅子から立ち上がった。
側近達もぶっ飛んだね。
柚子ちゃんは正直に全部話した。
「新さまは多伎さまをとても恨んでいました。私はそれが毒のあるものと承知の上で、多伎さまのお食事に混ぜ、お出ししてしまいました…!」
湯河の身は血の気も失せた。
「お前…、お客人に何ということを…! 父に恥をかかせる気か⁉」
柚子ちゃんは責められて泣きじゃくった。
「本当に、何てことをしてしまったのでしょう。…でも、柚子はお父さまを喜ばせたかったのです。多伎さまは女性に冷たいことで有名です。婚約者がいらっしゃるとか。…それに比べて新さまはお優しくて……自分は多伎さまの兄で、近々、西海の身を継ぐかも知れない。そうしたら、私を妻にしてくれるって……。私は甘い言葉に騙されて、利用されてしまいました!」
柚子ちゃんは号泣し、俺にも謝ってきた。
俺は柚子ちゃんを許した。
「俺はこの通り、腹も壊してねーよ。君に罪はないから」
後は、剣がうまくまとめる方法を知っていた。
「血縁などなくても、私は湯河の身のことを兄のように思い尊敬しておりますよ。次の鉄の入荷の際には、湯河に前回よりも多めにお届けしましょう」
「それは助かります! 辛い話を無理やり聞いて、申し訳なかった……。藤木の身、そして西海の身…、本当に申し訳ない……」
湯河の身は両手で剣の手をガシッと握り締めた。
彼は泣きながら延々詫び続けた。
一件落着し、俺達は船を押し出す。
湯河の身や柚子ちゃん、集落の人達が見守る中で。
船が波間に乗り出す瞬間、俺達は舷側板を飛び越えて乗った。すぐ櫂で波を抉る。
潮風がプンと匂う。髪がばらけ、まとわりつくのでターバンをしている。汗が目に入るのを防いでくれる。
波の上を風が渡る。
新が欠けた代わりに、剣が俺の隣で櫂を握る。
「誰が殺したか、考えるのはやめろ。もう忘れるんだ。仲間をそういう目で見ないでくれ」
剣が言う意味はわかる。
でも、俺は不安が消し切れない。
この船に共に乗り、素知らぬ顔をしている奴が新を殺した。考えずにはいられない。
「難しいんだ」
俺は伝えた。
剣は頷いた。
「多伎。誰かがお前の為に新を殺したんだ」
「俺の為?」
俺は苛立った。そんなこと、俺は望んじゃいないし。
日河のところに残してきたら、日河は乱暴者だけど、新を殺しはしなかった。
結局、新の運命を変えたのは俺だ。
「俺が新を殺したようなもんだろ…」
「いや。新は雲で追い返される前に、多伎を殺すつもりだった。誰かが新を殺さなきゃ、新はお前を殺して、勝手に西海の身を名乗っていた。嘘が事実になる前に、これでよかったんだ…」
剣は新に全く同情しなかった。
彼は部下に命じ、新の死体の首を斬り落とさせた。
武士の時代に敵将の首を取ったのと同じだ。二度と復活させまいとする宗教的な行為だ。
俺は誰も疑いたくないが、悶々とする。
「多伎。先代は多伎の為に、後妻を取らなかった。お前がただ一人、妻の本当の子だと証明する為に。正統な始祖直系が多伎だと西海中にわからせる為に……わざと一人息子にした」
剣は前を見据えながら語った。
「…えっ……そんな……こと……」
俺は先代の多伎に対する無限大の愛情を感じた。多伎と、亡き妻に捧ぐ思い…。
先代の気持ちを思うと、泣けた。
俺は海に居て、海のように広い両親の愛について考えさせられた。




