第1章 クラン ・ 第8話 あなたが殺した… ①
その夜、雨が強くなってきた。
俺は集落の端で新を見つけ、声を掛けた。
「新。なんであんなこと、皆の前で言ったんだよ? 西海の身にそんなになりたいの? なっても大したことねーぞ。そんなスゲー財産もないし、俺も普通に農作業とかやってんだから」
俺はなるべく普通に話しかけた。
多伎の一人暮らしの住居には、鉄鎌とか木製の鋤とか鍬、杵と臼、農具一式があった。
多伎はある程度、平民と同じような住居に住み、平民と大差ない日常生活をやっていたと思われる。
俺達はクスノキの木陰で雨宿りしながら話した。
高さ20メートル以上ある大きなクスノキで、葉がよく茂り、雨をほぼ遮った。
このクスノキの樹齢は数百年ありそう。ちょうど時期的に沢山の実が黒く熟し、それを野鳥達が啄み、俺達の足元にも鳥の食い残した実が転がっていた。
「嘘じゃないんだ、多伎。多伎は俺の弟なんだ」
ずぶ濡れの新は寒そうに雨空を見上げた。
「多伎。俺はずっと悔しかった。お前が先代の跡取りのわけないんだ。俺達、父親も同じなんだよ。多伎の本当の父親は俺の……」
新が言い終わる前に、俺は急に腹が立ってしまい、
「それ、うちの母さんが密通してたとでも…」
悔しくてつい、相手のペースにはまってしまった。
俺の脳裏には八島百合、俺の母親の笑顔のイメージがポワンと湧いていた。
新は嬉しそうに請け合った。
「そうさ。その通りだよ。俺達の母さんは先代を裏切っていた。だから、俺にもすっごく優しかったよ。死ぬ直前まで…」
それは剣が言うように、多伎の母親に対する侮辱なのか。
凌辱があったのか、なかったのか、裏切りの密通なのか、それは俺には知りようがない。
それはもし、ここに居るのが本物の多伎だとしても、母親が死んだ当時の多伎は幼過ぎて知り得なかったことじゃないか。
本物の多伎も曖昧にしか知り得ないようなことを、確定の話のように語っている。
剣達が余り外部に漏らしたくない、個人の尊厳に関わる話をペラペラと。
俺は不満が込み上げた。
「新…」
「多伎は母さんに捨てられたんだ。母さんは俺と父さんと三人の生活を選んだ。嫉妬に狂った先代が、俺達の父さんを殺すよう命令した…。多伎、俺はいつか、お前を殺すと思うよ…」
新は雨の中へ飛び出した。
言いたいことを全部ぶちまけて、清々した様子で去った。
俺達の前には三叉路があり、その茶色い道の先は別々の集落へと分岐していた。
「新!」
俺の心にはモヤモヤが残った。
翌朝、雨が上がった。
海は蒼く溟く、まさに滄溟。でも、この天気なら昼までに船が出せるかも知れない。
俺は新を探していた。昨夜、新は宿に戻らなかった。
あちこち探し回っているうち、湯河の身に挨拶を済ませてきた剣と会った。
「剣、新を見なかった? あいつ、まだ戻って来ないんだ」
「一緒に探そうか?」
剣が仲間に声を掛け、皆で新を探した。
俺は新と雨宿りした場所を探しに行った。あのクスノキの木陰に人はいなかった。
俺は新が駆けていった道の方へ進んだ。
昨夜の雨でぬかるみ、あちこちに水溜りが出来ていた。
その水溜りに俯せになって、新が死んでいた。背中から左胸を一突きされて。
刃物は現場に残っていなかった。その水溜りだけ、ピンクっぽい色で濁っている。
淡由岐がけたたましく吠えた。
「新…‼」
俺は駆け寄って、心臓が停まりそうなほど驚いた。
新はまだ十六歳の若さだったのに、目をカッと見開いて恐ろしい形相で死んでいた。
破れた服の間から刺された傷痕を見るなり、剣が焦った。
「多伎、信じろ…。俺じゃない…!」
剣のわけがない。
その傷は剣の持つ舶来の剣と一致しないだろう。もっと細い刃物だ。
「……誰が……一体……?」
俺は水溜りに膝を着き、泣きたくなった。
日河の暴力から救おうとして、俺が新を死なせてしまった。
新を殺したのは間違いなく、『滄溟の鳥』の乗組員だ。
俺がこれから長い旅を共にする仲間のうちに、犯人が居る。
俺が連れてきたヤツコの新が死んだ。
雨上がりの水溜りに伏せて、無惨な死体になっていた。
俺と剣の周りにすぐ人が集まってきた。大半は集落の野次馬。それと、新を探していた『滄溟の鳥』の漕手達だった。
俺は呆然とした。
周りでは誰が殺ったか、犯人について推測が飛び交った。
剣の配下の奥津が俺の前に片膝を着き、
「多伎さまは船出のご用意を。俺が(死体を)処分してきます…」
と、囁いた。
処分。と言うことは、葬らない。鬼にならないよう、鎮魂の儀を行うことをしない。
新を同じ仲間とは認めず、敵の死体として扱うということだ。
鬼にならないよう、どこかで首を斬り落とす。そして、埋めずに放置する。
「あんまりじゃねぇか?」
俺の言葉は声にならない。
奥津は察し、俺の肩をポンポンと二度叩き、新の死体を担ぎ上げた。
そこへ、湯河の身がやってきた。
湯河の身は俺達一行を見送ろうとして、途中で騒ぎを聞きつけた。湯河の身は逆上していた。
「何故、己が兄を殺したのか⁉ 西海の身!」
湯河の身は剣そっちのけで、俺に詰問してきた。




