第1章 クラン ・ 第6話 温泉 ②
俺達は温泉周辺の集落に泊まり、その地域の首長、湯河の身のもてなしを受けた。
湯河の身は切れ者っぽい、眼光鋭い男だった。
俺達は客人用の大型竪穴住居を二棟貸し切って宿にした。歓迎の酒宴は湯河の身が持つ掘立柱建物で催された。
新鮮な魚と野鳥の焼肉が運ばれてきた。お皿に支柱が付いて高さを出した土器・高坏に青葉を敷き、炊き立ての御飯が盛られていた。
この世界の料理は伝統的に青葉を敷いて盛られる。見た目も美しく食欲をそそる。
特に肉料理は久々に食べたので、とても美味く感じた。
ただ、明日も漕ぐんだなぁと思うと、俺は今宵の酒を途中でためらった。
「飲めよ。いつもの多伎らしくない」
剣が注ぎ口の付いた酒甕を傾け、俺の低脚坏に溢れるまで注ぐ。
酒は貴重なのに、剣は遠慮なくガンガン飲む。
「おぁっ! 待ってくれよ、剣!」
酒が溢れ、俺の股のところが小便を漏らしたみたいに濡れた。俺は鈍臭く、焦ってアタフタした。
剣の目が鋭く尖った。
「おい、お前は誰だ? いつもの冷静沈着な多伎と違うな。もしかして……何か憑いてんのか⁉」
剣に怪しまれた。
遂に八島黎明だと白状するタイミングかどうか、数秒迷った。
「…俺が多伎じゃなきゃ、誰なんだよ? 多伎じゃなきゃ、どうする気だよ?」
俺が質問に質問で返すと、
「殺すよ」
剣が即答し、俺は慌てた。
たぶん、剣は本気だった。
「気合か?」
俺はグイッと一気に飲んだ。液体が胃に流れ落ちていった。
俺の飲みっぷりを見て、
「ああ。それでこそ多伎だよ。お前もすっかり仕事に慣れてきたよな。もうプロだ」
剣が俺を褒め、再び酒を注ぐ。
剣はどれだけ飲んでも顔色が変わらないタイプ。
俺はそんなに飲めない。すぐ赤くなる。
そのうち、俺はほろ酔いになった。気が大きくなってデタラメに、
「剣、うちの母さんは元気にしてるかなぁ?」
多伎のことを探る発言をしてみた。
ここまで多伎の父親の話はあっても、母親の話が全く出ていなかった。
剣は仰天して、彼らしくなく変に焦った。
「な、何言ってんだよ。とっくに亡くなったじゃないか! お前、幼過ぎて覚えてないんじゃないの? おっかない人だったよ。お前の母さん、厳しくてさ……」
その後、剣が黙り込んだ。
俺は剣の反応に何となく引っかかった。
一夫多妻制のこのクニで、多伎の兄弟は一人もいない。もしかして、それは珍しいことじゃないか?
俺が十六年前に初めて出会った時の多伎は、今の俺よりずっと大人に見えた。三十代くらい。あの多伎はこの時代より未来の多伎だ。
多伎は八島黎明になって何がしたいのだろう?
元の世界へ早く帰らなきゃ…。
久斯と三野は付き合いが悪く、いつの間にか宴の席から消えていた。
俺の周りには女の子達が群がってきた。
「多伎さま、二年ぶりですね…」
湯河の郷の若い女の子数人が俺を囲んで、果物や酒を持ち寄ってきた。
「多伎さま。ねぇ、多伎さまってば…」
「旅はどうだったんですか? お話を聞かせて下さい…」
なんか、ハーレムみたい。
女の子達が俺の隣を奪い合い、甘い声でねだってきた。髪を結い上げて着飾り、綺麗で可愛い女の子ばかり。
その子達が俺に憧れの視線を注ぐ。
「何なんだ? 何が起こった?」
俺は今までこんな経験がなかったから、調子に乗って浮かれまくったり、羽目を外して剣に引かれたりした。
「多伎さまの妻になりたいです…」
っとか、社交辞令でも何でもいい。
そんなことを耳元で囁かれ、上目遣いで頼まれて、俺は宇宙の高さまで舞い上がった。
俺の妻になりたいと言ったのは、柚子(湯津)という名の女の子だった。
とにかく、とても楽しい夜だった。俺はかなり酔っ払ってしまった。
剣の足元に吐いて、彼を怒らせてしまった。
「飲み過ぎだ。多伎、ほどほどにしろ!」
剣が俺の側から離れ、湯河の身とサシで飲み始めた。
俺は千鳥足で借りた竪穴住居に戻り、狼の仔の淡由岐に鳥肉と飯をやった。その後、淡由岐を抱いて寝た。
淡由岐は最初だけ、
「ガゥルルル…!」
と唸ったけど、すぐに俺に身を寄せてきた。
母狼や仲間の狼が恋しいのか、俺の人差し指をくわえ、甘えるように眠った。淡由岐は温かくて柔らかかった。
二棟借りた大型竪穴住居のうち、俺が泊まったのは剣の居る棟。
三野、久斯、真具呂達はもう一棟の方。
俺はこの時点ではよくわかっていなかったけど、実は『滄溟の鳥』の乗組員には二つの派閥があった…。
俺は翌朝も上機嫌だった。柚子ちゃんと飲む為に、あともう一泊したいくらいだった。
とうとう剣が見かねて、俺に事実を告げた。
「どうした、多伎。あの娘達は親に頼まれて、お前を誘ってるだけだろ。ここの連中が欲しいのは、俺達が流通を管理している積荷、鉄だぞ!」
天国から真っ逆さま。
俺は言葉もなく突っ立った。これが世に言うハニートラップか。
そうか、鉄って大事だもんな。
倭のクニグニは鉄原料を韓から買っていた。国産の砂鉄でタタラ製鉄を始める前はそうだった。
なるほど、多伎は鉄を海外から仕入れるバイヤーだったんだな。(本当は少し違う。)
色々と考え込む俺。
そして、剣の追い打ちの一言。
「多伎らしくもない。お前、親が決めた婚約者がいるじゃないか。婚約者に会う日まで、ちょっとは身を慎んでおけ!」
俺は頭をぶん殴られるぐらいの衝撃を感じた。
「…マジで?」
血の気が引いた。
「剣、待って。そんなの無理。会ったこともない相手を好きになるとか、出来るもんか。大体、なんで知らねぇ女と結婚しなきゃならねーんだよ!」
俺は自由恋愛の世界から来た。親が決めるなんて有り得ないことだ。
人生初の彼女が学年のアイドル的美女で社長令嬢という、せっかく掴んだ幸運を、手から落っことしそうになっている。
異世界で、よく知らない他人の波乱万丈な人生を押し付けられている。
その上、もしかしたら今頃、俺と入れ替わった多伎に彼女を寝取られているかも知れない。
あっ。それって最悪。どうしよう……。
「多伎、何をゴニョニョ言ってるんだ。親が決めるのが普通じゃないか。お前に相応しい相手を周りが決める。お前の結婚は、お前の両親の希望だ。ちゃんと叶えてやれ。西海の繁栄と、お前の幸せを願ってのことだ」
剣は頭ごなしに俺の幸せを決めつけた。
それだけでなく、剣は俺達の任務についてもこう諭した。
「いいか、多伎。俺達は商いのプロだ。誰もが欲しがる魅力的な品物を取り揃える為、海人の船で漕ぎ出る。命懸けの冒険をして、最高の品質の商品をお届けする…」
剣は得意げに語った。
弥生時代は首長自らが実際に船を漕いで朝鮮半島や中国まで行き、英雄と呼ばれる、そういう時代だったと聞く。
古墳時代になると、大王が自ら行かずに使いを出す。
船団を持ち、複数の遠隔地と交易するということは、地域の最有力の勢力だけに可能なことだった。
剣は周囲に気遣い、声を潜めて内緒話をするように、
「勿論、俺達は何でも商う。情報も売買する。頼まれたら人も殺す。何でも屋だ。今回は特別危険な仕事を請け負った…。…わかってるな、多伎。女にも淡由岐にも、余り情を移すんじゃないぞ…」
俺の脇腹を肘で小突いた。
「うん……そうだったね…」
俺は大変な事態に気付き始めた。




