第1章 クラン ・ 第1話 世界の交換 ②
有り得ないほど長い胴体、長い首。
奥さんの上に細長い影が伸しかかっていた。異形の何かが頭を下げ、奥さんの匂いを嗅ぐような動きで上体を保つ。胴が玄関まで長く蛇のように続く。
やがて、その長く伸びきった胴体がゆっくりズルズルと上へ収縮していき、一匹の獣の姿になった。背中から角か触覚のようなものが複数生えている。
「あ…」
俺は思わず声を漏らす。
俺の息を感じ、そいつが振り向いた。
顔が異様に長く二つに分かれ、上半分はかろうじて人間なのだが、下半分は獣だった。首も腕も毛むくじゃらだった。獣の耳が付き、頭の複数箇所から左右非対称の角が生えていた。首から下は腐乱し、肋骨が垣間見えた。
そいつの全身は霊光を発し、暗闇の中でも輪郭がぼんやり浮き上がった。
そいつが獣の口を開き、奥さんの口から精気を吸い出していた。
奥さんの精気が銀色の筋になって光りながら流れ出し、その獣の口の中の、眩い光の球に吸い込まれていった。
奥さんの綺麗な顔が皺くちゃの老婆に変わってゆく。
そいつは人間の精気を吸い取って、腐った躰を修復していった。
シュウシュウと音を立て、二つに分かれていた長い顔が縮み、若い男の精悍な顔立ちへ変わった。露出していた肋骨が引き締まった筋肉で覆われる。
しかし、首は異様に長いままで、角も生えたままだ。腕も捻じくれ、変形していた。
…そいつは人間の原形を忘れてしまっている…。
俺は恐怖で固まり、言葉が浮かんで来ない。
「ぐげべぼごごぶ…」
屍の鬼は人間の言葉を話すことも出来ず、意味不明の唸りを発した。
突然、屍の鬼が立ち上がって屋根を腕で突き破り、竪穴住居を一部破壊した。凄い怪力だった。
俺達は暗闇に対峙した。空からは星明りどころか、霧が流れ込むばかり。
お祓いしなきゃ…と思ったけど、魔除けの護符も術具も何も無く、俺はただ格闘技の構えを取って威嚇しただけだった。
突然、誰かが俺の口を手で塞いだ。
この家の若い当主が俺を背後から抱えて引き摺り、
「声を出さないで! 息を停めて!」
俺の耳元に小声で言った。
赤の他人の俺を止めてる場合かよ。襲われてるのは、あんたの奥さん。
お腹には子供が……。
いや、言うまでもなく。男は涙を流し、ぐっと堪えていた。
俺は親切な男を振り払った。俺は黙ってやられるなんて御免だ。
息を停めてやり過ごすなんて、無理!
俺は急に走り出し、屍の鬼の頸部にハイキックを蹴り込んだ。
「喰われてたまるか!」
だが、効かない。屍の鬼の顔から獣の口がにゅっと伸びて、口の中が光ったかと思うと、一瞬の間に俺の精気が吸い取られた。
「ウワ‼」
俺は脱力感と共に片膝を着いた。
その時、
「来い! 獲物はこっちだ‼」
あの若い男が自分を餌にして前に飛び出した。息を停めてと俺に言いながら、自分は大声で怒鳴った。
「多伎さま! 今のうちに逃げて‼」
「バカ言ってんじゃねぇ!」
俺は慌てて気力を振り絞り、立ち上がった。




