第1章 クラン ・ 第5話 滄溟の鳥 ①
ツムジの葬儀後、八野凝の竪穴住居の隣の掘立柱建物に集まって宴会があった。
茅葺き屋根で高床式、中は広々として、柱間は低い腰壁だけで窓がなく開放的だ。
テーブルが無いから料理が板間に並ぶ。土器の高坏などに盛られているので、食べにくい高さじゃない。料理は新鮮な魚、魚介類が多い。
本当は多伎が帰ってきたお祝いとしてご馳走が用意された。
ツムジのことがあって、お葬式のように静かな場になってしまった。
しかも、多伎が二年ぶりに帰郷したばかりなのに、剣がもう次の旅の話で迎えに来ている。それを聞いた後じゃ、この宴会も盛り上がりようがないぞ。
明日、俺と剣は、八雲に属すクニの中で弥の東にある雲に向かう。
邪馬台國論争で有名な中国の魏志倭人伝が、『持衰』という倭のシャーマンについて触れている。同じような役目が多伎の任務らしい。
厳しい条件の目的地へ辿り着く為に、シャーマンが一切の災厄を引き受ける。その間、誓いを立てて肉を食わず、風呂に入らず、頭を洗ったり櫛で髪を梳いたりしない。シラミが湧いてもそれを取ってはいけない。往路、汚い垢まみれで過ごす。女性とも関係を持たない。
船旅が無事に済んだら沢山のご褒美がもらえるが、何か起きた場合は責任を問われて殺される。中国や朝鮮では見られない、倭人だけの習慣。
何それ、冗談じゃねーよ。
ちなみに俺達の現在地は、西の入り海沿岸の『弥の西海』。安直な地名だな。
剣の説明では、雲はとても近い。このクニの人達の『近い』は当てにならないが。
「また留守にするのか!」
八野凝が口を尖らせ、不機嫌になった。俺の留守中、八野凝が祭祀全般を任されることに不満がある。
俺は適当な返事をしながら狼の仔・淡由岐を膝に乗せ、撫でている。
剣は知らん顔で黙々と飲む。
八野凝が俺にお説教を垂れる。
「多伎よ。神さまと人を繋ぐのは血だ。血が濃くなければならん。この西海で神さまの直系子孫は多伎なのだ。神さまは多伎の声を聞きたがられる…」
それなら、尚更、俺ではマズいと思う。
俺の中身は八島黎明なんだから。
「多伎さま。早う嫁を取って後継者を作りなされ。そうすれば、多伎さまが郷を離れても、八野翁が困らぬのでは」
辰姥が凄いことを言う。
いや、ちょっと待った。生まれる前から職業が決まっている子とか、可哀想だろう。
俺は自分が情けなくなる。一夫多妻制の国とかに行くんだー、とか馬鹿げたことを言っていた俺。本当に一夫多妻制の国に来てしまった。
そして、一夫多妻制は単なるハーレムじゃなかった。
乳幼児の死亡率が高い世界で、後継者を確実に残す為の必要欠くべからざるシステム。
例えば、八野凝には三人の妻と十二人の息子と娘、二十人以上の孫がいる。本当はもっといたけど、半分近く死んだ。
「多伎さま。身の回りの世話をする娘を置く話、本当に考えてみたら如何か。うちの孫でも、八野翁の孫でもよい」
八野凝の孫と辰姥の孫らしき女の子達がどんどん酒を注いでくる。
アルコール度数はそんなに高くない。だけど、この量だと俺もさすがに酔っ払う。
「辰。俺、まだ十五歳なんだぞ!」
俺は酒を注ごうとする女の子達から酒坏を避けた。
「何を言う。このクニでは、男は十五、女は十三で成人だ。飲酒だけじゃなく、結婚も出来る」
八野凝が豪快に笑い、倭加に酒を注ぐよう目配せした。
八野凝の孫の倭加も十四歳で、既に結婚適齢期だった。
「嘘だろ…⁉」
俺は開いた口が塞がらなかった。
八野凝と辰姥は多伎の父方の親戚で、有力者の家系だ。
家に年頃の娘を置くと言うのは家政婦の話じゃない。俺は嫁をもらわないかと聞かれたんだ。
しかし、俺が居た世界だって、昔は十三歳くらいで元服して普通に結婚した。
昔は平均寿命が短く、早く子孫を残さないといけなかった。
豊臣秀吉や徳川家康の側室には、十一歳や十二歳の女の子が混じっていた。
これはロリ容認とかじゃない。俺は未成年者が性暴力の被害に遭うなんてことは絶対許せないと思っている。
俺が言いたいのは、昔の女性の環境は過酷だったと言うこと。
有り得ないよな。昔は初潮があれば結婚して、子供を産んでいたんだ。
そして、大勢の女性がお産の為に若くして死んだ。
「ちょっとトイレ…」
俺はふらつきながら立つ。淡由岐が俺の側から離れない。
トイレに行く振りをして、結婚の話から逃げた。一夫多妻制は家族を大勢養う。それだけ家長の男の責任が大きいということだった。
八野凝の家の外に厠があった。厠は川に面した自然の水洗トイレ。屋根もある。
この集落は竪穴住居や掘立柱建物の数が多い。大半が八野凝の家族とその奴婢の家だ。
トイレの帰り、俺は夜風に当たって酔いを醒まそうとした。
途中、嫌なものを見た。宴会場になった掘立柱建物の陰で、日河兄がまた誰かを殴っていた。
俺は腹が立った。
「日河ァ、いい加減にしろよ! 無抵抗の相手を殴って憂さ晴らしか? 格好悪いぞ!」
酔っ払った勢いで日河兄に絡んだ。
「多伎、お前……」
日河兄も酔っており、いきなり俺に殴りかかって来た。




