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八咫烏 ―YATAGARASU― ~邪神と巫が入れ替わる~  作者: 柴犬ジョニー


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第1章 クラン ・ 第4話 飆 ①

「多伎! (シオ)(アワ)倭奈佐(ワナサ)のオヤジが、お前が買い取った品物を持ってきた!」

「え? 俺、何か買った?」

 俺は話がわからなくてパニックになりかけた。

 こいつ、誰なんだよ⁉

 切れ長の眸が冷たい印象の、端正な顔立ちの男。髪をまとめて結い上げて(まげ)にしているが、かなりルーズなアップスタイルで、後れ毛が前も後ろも垂れている。片耳に女物のピアス。

 俺と似た黒い着物、飾りの付いた帯を締め、黒い(ハカマ)パンツとブーツ(俺から見て。実際は藁のサンダルと脛巾(ハバキ))を履く。首に幅広のストールを巻き、美しい舶来の剣を左腰に佩く。

 ぱっと見て、普通の身分の人じゃないとわかった。

 男はツンとすましている。引き締まった全身、細い腰に手を置いて。

 この男は藤木(ツルキ)()。多伎の親戚。通り名は『粛殺(シュクサツ)』の(ツルギ)、二十三歳。

 俺は剣のことをツムジや八野凝から何も聞かされてなかったから、この時はかなり戸惑った。多伎が地元を二年間留守にした間、共に行動していたのがこの剣という男だ。

 剣が俺を振り返った。

「多伎、もう忘れたのか? お前もあんなものを高値で買い取るなんて、本当に好きなんだな。倭奈(ワナ)()のオヤジは処分しようとしてたのに。早く来いよ。クツを履けよ」

 剣に急かされ、俺は家の中へ戻った。

 剣はクツを履いて戻ってきた俺の足元に目が釘付けになった。

 剣は心の中でこう思った。

「あの神経質な多伎が、脛巾(ハバキ)を上下逆さに履いてる…⁉」

 俺は脛巾(脚絆)の上下太さの違いを無視して、ルーズソックスみたいに弛ませて履いていた。この数日、誰も指摘しなかったから、自分では間違いに気付いていなかった。

 剣は俺に違和感を抱いた。

 二棟の長方形の掘立柱建物が多伎の家に並んでいる。柵に囲われた広場的空間の出口から数軒の竪穴住居の方に向けて、砂利だらけの小道がうねりながら続いていく。

 剣は小道を無視して柵を跨いだ。

 紅葉の美しい森が集落を囲む。高く生い茂った草は枯れ色に変わり、ふかふかした落葉が積もる。

 集落の小道とは反対の方向へ、剣はかなりの早足で踏み込んでいく。

「多伎。早く来い!」

 俺は剣の後ろをついて行く。

「多伎。(イフ)()が呼んでる。(イフ)に行って、三野方(ミノカタ)へ寄って、色々仕入れる。今度の旅は…」

「何の話? 全然わかんねぇよ…」

 俺はまた混乱した。

 確か、ツムジが言っていた。このクニは八雲(ヤクモ)(イヤ)が現在地だと。

 西が弥で、東が(イフ)。恐らく三野方(ミノカタ)も地名だろう。

 俺にわからない言葉もあった。例えば、『身』だ。身は俺の知る言葉に置き換えると、首長、支配者、世襲の王を指す。

 剣(藤木(ツルキ)())は八雲の弥に含まれる地域・ツルキの若き支配者なのだ。

 (イヤ)と言われたら、俺は(いやの)(こほり)(いや)の宮を思い出す。五ツ(まい)りのあの暗がり、あの夜のトヨばぁの笛の音を…。

 異世界にも弥があるのか。俺は弥という言葉を早くも懐かしく思った。

 気付くと、距離を開けられてしまっていた。剣の姿が木立の間を見え隠れし、徐々に小さくなっていく。

 俺は試しに黒い翼を羽ばたかせ、ちょこっとだけ浮いてみた。

「これは…スゲェ…!」

 俺の躰は簡単に浮き上がった。羽音がバサバサ鳴って、面白くなってきて、羽ばたきながらホップステップした。鶏の助走みたいになった。

「何やってんだ、多伎…。遊んでるのか?」

 剣が俺を睨み、呆れて果てた。

 俺は巨大植物の葉をトランポリンみたいに踏み込んで、崖を一つ飛び越える。

 その下はまた植物や倒木がスライダーみたいになっていて、そこを一気に跳ねて降りる。

 翼があると、この世界の重力が低くなったみたいに躰がポンッと跳ねる。

 俺と剣は森を駆け抜け、ふいに開けた場所に出た。

 崖の上から入り海と、青い水平線を一望する。典型的なリアス式海岸の地形に海が入り込んで、河口が汽水湖になっている。

 空が海のようで、朝焼けが溶け込む海が空のようで、朝凪の海が陸地を逆さに映す。

 崖下の船着き場に二艘の船が俺達を待つ。漁船ではなさそう。

 それは準構造(じゅんこうぞう)(せん)という種類の船だ。帆は無い。全長は10メートルほど。

 大木を刳り貫いた船体下部、その左右に舷側板を継ぎ足し、船首・船尾に竪板を設け、前後が反るような形の船。釘は使わず、木製部材のダボを組んで舷側板・竪板を本体と継ぎ合わす。

 俺が居た世界にも似たような形の船で、船漕ぎ競争の祭がある。左右に漕ぎ手が数人ずつ並び、息ピッタリ合わせてパドルで漕ぐ。

「うおー。海はいいなぁ…」

 俺の胸に感動が込み上げた。

「多伎は毎回言ってるな。飽きないのか?」

 剣は笑いながら、崖沿いの細道を下に降りていった。登山道みたいな険しい道だった。

 俺は黒い翼を広げ、ダイブした。

 鷹になった気分だ。爽快だった。

 海を眺めてグライディングしながら旋回し、剣より先に簡素な船着き場へ降りた。

 杭に綱を掛け、船が二艘たゆたっていた。

 船乗りたちは全員、荒くれ者でいかつい。黒く日焼けし、眩しい朝日のせいで目つきが悪かった。

 剣は俺の後から到着して、小声で囁いた。

「多伎。その黒い翼を余り使うな。翼を使う度、お前の魂が邪神(タタリガミ)に近付く…」

 恐ろしい警告だった。

「マジか…」

 先に到着して得意になっていた俺はがっかりした。そんなことは先に教えてほしかった。




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