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船医のルークは問診する

船医のルークは医療実験が大好きな風変わりな男だ。

元々は東方の寺院で医者を務めていた、それなりに経歴のしっかりした人生を送っていたのだが、どうにもこうにも、人を救うために、何かと実験を重ねる事を問題視され、寺院から追い出されたわけである。

毒のある薬を、患者に使った訳では無いのだが、やり過ぎで手を失った人間に三本目の手をつけようとしたり、壁も上れるようにと吸盤の着いた足をつけようとしたりと、頭の中身に大変に問題のある事をいくつかした結果とも言える。

そんな彼が海賊船に乗った理由は、主に新聞で船員の募集を見たからだ。

意外に聞こえるかもしれないが、海賊船はそうだと表だって発表せずに、人員を新聞で募集したりする事が多いのだ。

そして来た人間に海賊船だと真実を告げ、船に乗るか乗らないかを決めさせるわけである。

西方では一般的な、海賊の求人募集のあり方でもある。東方では、海賊のぼろ儲けに憧れて、追いかけて乗りたいという人間が、主に新しい人員になっていた。

どちらもありふれた海賊のあり方ではある。

ルークは求人を見て、キッドの元にやってきて……キッドが思った以上に話のわかる男だったので、喜んで船に乗ったという変わり者だ。

大体において、船医というのはなかなか海賊船では手に入れられない人材なのだ。

それはそうだろう。そんな後ろ暗い事に手を染めなくても、それなりに食っていけるのが医者というわけなのだ。

では海賊船の船医はどういう事情で乗ってくる事になるのかというと……それは簡単、襲った船にいた時に、勧誘を受け、断ったら殺されるかもしれないと命と身の上を天秤にかけさせられたりして、船医となるのである。

結構な割合の船医が、そうやって船に乗るのだ。

海賊船を取り締まる海軍の人間達もその事情の方が圧倒的に多いと知っているが故に、船医と音楽家は海賊船に乗っていても処罰しないと言う方針を打ち出す事が多いのである。

死ぬか生きるかの選択肢を選ばされた被害者、と言う立場になる場合が多いというやつである。

ルークはそれに当てはまらないが、キッドの船が海軍に掴まった場合には、まず間違いなく見逃される役職である。

死ぬか生きるかの人間に、やりたい放題実験を行っているなんて言う事をしていても、だ。主にルークが行う実験は、船員の命を救うためのあれこれであり、単純に娯楽的な意味合いでの医療実験は行わないので、船員達に殺されかける事も今のところは無い。

そんなルークの最大の実験の結果こそ……ミックだ。


「ミック、腕の調子はどうだ。まだ喋れそうに無いか」


船医の元に、約束通りやってきた小柄な狙撃手に、ルークは問診の形をとり問いかけた。

ミックの情報は貴重である。古代の魔法道具を装着した人間の記録など、海賊船では普通なら手に入らない。

ミックはだんまりだったが、肯定のために口笛を吹く。はいなら一回。いいえなら二回。ミックの合図はわかりやすい。


「腕はまあまあって所みたいだな。じゃあ喉の方を見るぞ、口を大きく開けろ」


腕を軽く振り、大丈夫と示す患者に次の指示を出して喉を見る。喉自体に異常はありそうに無く、やはり心因的な要因により、ミックが喋れないのは医者にとって明白だ。

それだけの事情の事が、この女の子にはのしかかったのだろう。哀れな話だ。

そんな事をかすかに考えながらも、ルークは診察を続ける。

魔道具を日常的に使っている事に問題がないか。予測の出来ない不具合が発生していないか。その他諸々だ。


「その魔道具はかなり、装着した人間の魔力を吸い込むらしいな。お前さんがそれで倒れていないって事は、べらぼうな魔力持ちって事になるわけだが……お前さん、魔法使いだった記憶とかは? なさそうだな。魔法使いは魔法を使うために、体に契約の入れ墨を入れるのが西方の常識だしなあ。お前さんの体は火傷まみれだが、入れ墨の気配は全くない」


診察の結果わかった事を記録にまとめる。診察を続けていく過程でわかったのは、彼の装着させた義腕が、その性能故につけた人間の魔力をかなり吸い取っていくという事だった。

そんな物は装着させるまでわからない事なので、戦利品として手に入れてから、ミックに取り付けるまでは全くわからなかった事でもある。

魔法使いは軍部だろうが寺院だろうがどこだろうが、貴重な人材と言えるので、存在が確認されていたら普通は、魔法を覚えさせるためにそれなりの教育が受けられるところに連れて行かれる。人生一発逆転が狙えるのは魔法使いに生まれた時と言う話も多く転がっている現実だ。

だがミックはそう言った、一発逆転が狙えた人生を送っていた様子がない。誰もミックの気付かない魔力を見抜けなかったのだろう。それが間違いなさそうだった。

西方出身ならば、西方魔術を使う事が一般的で、それらには東方と違い、入れ墨を入れる儀式がある。

西方では、魔力を操るための道具を持たない代わりに、体の一部に、魔力を貯めたり操るための拠点や目印としての入れ墨を入れるのだ。西方魔術は入れ墨ありきで行われる。

対して、東方魔術はその拠点を肉体の外に置くわけで、杖やオーブ、指輪……と言った物を常に手元に置き、そこに魔力を集中させる事が多い。

さてそんな常識と照らし合わせても、入れ墨の無いミックは魔法使いだった経歴は全くなさそうである。いくら肌が火傷まみれでも、医者であるルークは魔法使いの入れ墨の痕跡くらいは見つけられる。

医者が見つけられないのだから、ミックにそれらは無いのだ。不思議である。


「さて次は……視力訓練だ。眼帯を外せ、ミック」


腕のあれこれや機能確認を済ませたルークの指示に、ミックが嫌そうな顔をしながらも眼帯を外す。

ミックの持つ藍色の目とも色味の違う、明るい浅瀬の海色の義眼は、ミックの医師とは関係無しにあたりをぐるぐると見ている様だ。


「ミック、集中しろ。まずはこれに自力で焦点を合わせる訓練だ。目に意識を持っていって……そうだ、その調子だ」


ミックの眉間にしわが寄る。意味不明なほど動き回っていた片眼が押さえられ、一点を見るように停止する。

視力検査の用紙の中の、大きさの違う文字を見るようにあれこれ指示を出し、視点を自分だけで返られる様に指示を出す。

ミックの額に脂汗が浮き始めた。この義眼は相当な負荷を、装着した人間に与えるのだろう。

遙か先まで、見通す事を可能とした千里眼の義眼は、まだうまいこと使えない状態のようだ。

そんな訓練を三十分もしていると、ミックの目が限界になったのだろう。彼女が口元を抑えたので、ルークはこれで訓練を止めた。


「よし、今日は三十分も出来たぞ。この前の訓練の時は二十分だった。頑張っているな」


酔いに似た不快さが強いのだろう。ミックは口元を抑えてこくこくと頷いた。


「さて、今日はこれくらいにして、お前も持ち場に戻るように。何か異常があったらすぐに来るんだぞ」


また口笛が一度鳴らされる。そしてミックが医務室から出て行く。おそらく甲板掃除に行くのだろう。それくらいの時間だ。

ルークは記録をまとめ始める。


「……港まで後一時間か」


キッドの指示により、ズダ島を大きく外側に回った結果、シャンティへの到着はやや遅れている。

船員達は不満を言ったが、キッドがどうしてもだと言うので、仕方なく指示に従ったわけだが、その理由はきっとシャンティに到着し、他の船の人間相手に情報を集めれば答えが出てくるだろう。


「……ミックの目は……そういえば義眼をつけるまでは綺麗な」


桃色だったな、と一人つぶやき、ルークはシャンティに到着した後に補給したい医療のあれこれを書き出していくのであった。

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