表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】ざまあはいいけれど、巻き込まれた弱者の事考えた事あります?  作者: 家具付


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/30

恐慌ミックはぶちまけた

作中のある行動を推奨していませんのでご了承ください

本当に暗闇の中に居た気分だった。目を覚ました時に思ったのはそんな思考のことで、ミックはぼんやりと天井を眺めた。

自分は天井のある建物の中にいるらしい。それはどうしてだろう。

そこまで考えが巡ったその時に、頭に一気に襲いかかってきたのは、思い出したくもない暴力の記憶だった。


「うっ」


吐き気が抑えられなかった。心理的な深い傷からくる吐き気だったので、ミックはえずき、誰かがとっさに差し出してきたたらいに、入っても居ない胃の中のものをぶちまけた。

胃酸で喉が焼けるし口の中も、痛む。

ひとしきり嘔吐を繰り返したミックは、そこで顔を上げた。


「ここは」


どこなんだ。そう思って周りを見回しても、知った顔などほとんどない。

隣の寝台を見ると、そこも誰かが先程まで寝ていたらしい気配がするものの、実際には誰も居ない。

部屋は静まり返り、しかし先程たらいを差し出してきた人間がいるのだから、ミック一人ではないらしい。

そこでミックは勇気を振り絞って、たらいが差し出された方を見やった。


「ひゅっ……」


そのたらいを差し出した人間を見て、いいや、その人間の着ている衣装を見て、ミックの喉からこぼれたのは声として出てこない悲鳴だった。

声として出すことも不可能な恐怖が、ミックに襲いかかってきたのだ。


「あ、ああ、あ」


この衣装を見たくない。どこかに居なくなってくれ。死んでくれとは流石に言わない、だから、離れて、目の届かないところに。

血の気が失せていくのが感覚として感じ取れて、それは相手にとっても明白な体調の悪さに写った様子だった。


「大丈夫ですか? 気分はどうですか? そんなにも顔色が悪いということは、寒いとかそういったことがおありですか?」


「ああ、あ、あ」


相手の言葉は多分こちらを気遣っているのだろう。ミックの耳はそう告げてくる。

しかしそれでも、ミックは相手を信じるということなど到底出来ず、また、相手に対してきちんと返事ができるわけもなかったのだ。

血の気が引いて、頭の中が恐慌状態になったミックがしたこと、それは。


「あ!!」


悲鳴にならない大きな悲鳴を上げて、持っていた胃酸の入っているたらいを、その少女に投げつけ、それから立て続けに手当たり次第に、さわれたものを投げつけるという暴挙だった。


「お、落ち着いてください! 大丈夫です! 私はあなたに危害を加えるつもりはありません! 聖女のその身分に誓って!」


聖女。たぶんそれも、普通の人なら落ち着く肩書だったのだ。しかしミックにとってそれは悪夢への入口の名前だ。

聖女と一緒になんて居られない。逃げなければ。聖女がいる、また、あの、拷問が。地獄が。

過去の記憶と行われた拷問と暴力と、その他の非道いことをありったけ。

聖女の身分はそれを次々と思い出させる職業名だったのだ。

だからミックは聖女が出ていかないなら排除しなければ、自分の安全など二度とありえない、そう思うくらいの恐慌状態に陥ったのだ。

故にミックが何をしたのか。

それを誰も止められなかったのは、その場に彼女とミックのみがいたからだろう。

物を投げられても逃げもせず、ミックの肩を抱いて落ち着かせようと試みる少女だったことが大きく災いした。


「あ、ぐ……!」


手元にまともな武器が一つもなかったのも悪かった。それからミックは海賊稼業の結果、人間に対しての暴力の方法を海賊たちから叩き込まれていたのも悪かった。

ミックは落ち着かせようしている少女を突き飛ばして床に叩きつけ、それに馬乗りになって、その首に両手をかけて、一気に力を込めたのだ。

彼女はこんな真似をされることなど一生ない身の上だったに違いない。抵抗の方法もわからないようにじたばたと体を動かすが、荒くれ者たちの中でああだこうだと暴力を叩き込まれて、しかし他の戦闘員たちと比べては体格差がありすぎたために、仲間内では実行ができず、手加減もわからないミック相手には、それも意味がない。

瞬く間に少女の顔色がどす黒くなったり青くなったり赤くなったりしていく。ミックはもう怖くて怖くて気持ちが悪くて吐きそうで、頭の中身など正気のそれではまったくない。


「デメテル様!!」


彼女の抵抗が弱々しくなっていくその時に、少女にとって運が良かったのは、人が部屋に入ってきたことだった。

その人は聖女と同じような、聖職者の衣装を身にまとっていて、そして、ミックが行っていることを見て顔色を変えて、まずはミックの手を引き剥がそうとしてきたのだ。

しかしその聖職者の衣装もまた、ミックにとっては悪夢だった。そんな格好をした人たちが目の前に現れたことが、ミックの地獄の始まりだったのだから。

ミックはその数が増えたことでまた恐慌状態を悪化させ、聖女の首を絞める手の力が弱まり、ミックは彼ら彼女らに近づきたくないあまりに後ろに飛び退いた。

飛び退いた拍子に、色々な部屋の中の備品を倒したが、そんなものに遠慮する余裕などあるわけもない。

寝台の陰、部屋の隅に縮こまったミックは、かたかたと体を震わせた。

聖職者の衣装は、ミックにとって地獄の入口が形をなしたものそれだったのだ。

そんな過去を持つ羽目になったミックの事情など、彼らは知りもしないのだろう。


「聖女様、デメテル様、ご無事ですか」


「私は大丈夫です」


「なんということだ。何か液体をかけられていらっしゃるではありませんか」


「匂いからすると、胃液か? あのもの、デメテル様に向かって吐いたのですか!」


「なんという侮辱を」


「私は大丈夫です。本当に大丈夫です。あの方にはなにか深いご事情があるのでしょう。あの方に罰を与えようなどとは思わないでください」


「しかし!」


もういい加減にしてくれ、その衣装を見たくない。

ミックは心の底からそう思い、ぎゅっと目を閉じて耳をふさいだ。つらい、苦しいこわい、心がある場所が痛い、頭がわんわんする、また吐きそうな気分だ。血が足りないように寒い。

ぐちゃぐちゃのミックが、叫び声を上げようとしたその時だ。


「おい、なんの騒ぎだ?」


……知っている声が塞いだ耳の隙間から聞こえて、ミックは寝台の陰からそろそろと顔を出した。


「おい、こっちの患者に手を出すなと言ったのに、誰が勝手にここに入ることを許したんだ」


非常に苛立った声で言うその、医者の名前を知っている。

ミックはかすれた声で言った。


「ルーク?」


「おう、顔色が一層悪いぞ、ミック。お前さんと来たらキッドが目を覚ました後もなかなか意識を取り戻さないものだから、キッドが心底ハラハラしてて、なかなか面白い様子だぞ」


「あ、あいつら、追い出して、ルーク!!」


ルークは余裕そうだった。ルークの着ている衣装は、知らない衣装だけれども、聖職者のそれとは趣が違う。海賊船に乗っていた時に着ていたものとも違うが、なんとなく知った顔だからほっと出来た。

ルークの話なら聞けそうだ。でもアあいつらがいるとまともな考えなど浮かばない。

だからミックは聖職者達を指さして必死に伝えた。

彼女の顔色、ぐちゃぐちゃの室内、患者に対して敵意に満ちた視線を向ける聖職者、怯えた表情の聖女。

それらからなんとなく事の次第を飲み込んだルークが、彼らに対して扉を指さした。


「お前達、こちらの患者のところには来るなとあれほど言っていたのに来るからこんなことになったんだ。さっさと元いた場所にもどれ。私の患者に危害を加えるな」


「その女が危害を加えたんだ!」


「そうだ、聖女様に大変な無礼を」


「来なけりゃ無礼も働かない。止められているのに来たのが悪い。国王陛下からきちんとこないように伝えてもらったわけなんだがな」


「私はただ……私が行ったことで彼女に対して大変な仕打ちになったことを謝りたくて……」


聖女が弱々しく言う。それに対してのルークは冷酷なまでの声で言う。


「あんたは一番来ちゃいけない。あんたの肩書はこの子の悪夢の始まりだ」


「そんな」


「聖女はアルケイア国で随一の身分だろうが、あんたがこの国を出ていった結果この患者に、口にも出せないほど酷な行為がまかり通り、それが行われたことで魔神を復活させる最悪の事態に陥った。それに対して申し訳ないと思うならさっさと出ていけ。出ていかないなら……」


ぎろりとルークが周囲を見やる。


「全員私の研究の実験台になることと同意とみなす」


それは彼らにとって効果覿面の脅しだったらしい。彼らは慌てふためいたように、まだここに居たがった聖女を引っ張って、部屋から出ていったのだから。

扉がきちんとしまったことまで確認してから、ルークがミックの方を振り返った。


「体の調子は大丈夫そうか? お前にした手術は、刺された心臓の上から培養内臓の一部を上から被せて密着させる簡単なものだから、キッドにしたのよりは後遺症も薄いはずなんだが」


「う、うう……」


「は?」


「うええええん……」


心も頭ももう限界だった。ミックは何も考えられないまま、大声でわんわんと子供のように泣き出したのだった。


「……俺はこういうのが苦手なんだ。キッドでもすぐに呼ぶか」


ルークがぼそりという。彼は治療の結果、泣く人間は慣れているが、こういう風に泣く人間の対処は不得手なのである。

こういうのの対応が得意なのはキッドの方で、ルークは即座に、無事だった引き出しの上に置かれていた水晶玉を手に取っていった。


「おい、検査が終わってるなら俺の患者をすぐにこちらに呼び戻せ。ミックが起きて泣いていると言えば伝わる」


キッドが部屋に飛び込んでくるまで、五分もかからないなど、誰も思わないことだた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ