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ざまあはいいけれど、巻き込まれた弱者の事考えた事あります?  作者: 家具付


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覗き見ミックは傷が痛む

ミックは二階の物陰に隠れて座っていた。できる限り目立たなくなりたかったのだ。

そうでもしないと、キッドが帰ってくる前に誰かに捕まりそうな気がして、それは間違いなく自分の意思ではないのだから。

ミックはキッドのところに、キッドが要らないと言うまで居たいのだ。だってキッドは命の恩人なのだから。

お金を稼いだりして恩を返せるほど、自分は器用ではないのだから、それならばキッドの船に貢献する以外に恩返しの仕方が見つけられない。


「……」


ミックは何か言葉を話せないだろうか、と喉を動かそうとしたけれども、喉は音を出す事もなく、ただ、呼吸の音だけがその場に響く。

ミックは膝を抱えてうつむいた。……このシャンティだったら、暴力を禁止するのが暗黙の了解で、どんな屈強な男達だって、怒鳴りあいで解決するのだから、喋って、お前達の所になんて行かないと言えたら解決しそうな気がしたのだ。

しかし小柄な体にふさわしい細い喉は、音を一つも立てず、口惜しさがどこか胸の一部で燃えるような気がした。

そうして、階下の騒ぎがおさまるのを待っていたのだが、そう簡単にすむ問題ではなくなったのだ。


「あんたに会えるのをとっても楽しみにしていたのよ」


「おれもだぜ、愛しいおまえ」


ミックが隠れている部屋は……この店の宿としての一部だったらしい。親密な態度を隠しもしない男女が、絡み合うようにしながら、部屋の寝台になだれ込んできたのだ。


「……!」


彼等は何も悪くない。だって彼等はそのために部屋を借り、ここにきちんと手順を踏んで入ってきたのだろうから。

そして食堂が、二階をそう言う宿屋にする事なんてどこでもありふれているもので、その営業形態をとやかく言う事はミックの方が、常識知らずだった。

なぜここに入ってきたのか。ミックは物陰に隠れ続け、息を殺し、いっそう膝を抱え込み、ただ目が食い入るように、男女の睦み合いを見る事になっていた。

目を閉じたいのに、怖くて逆に目を閉じられなかったのだ。

男女は愛し合っている二人で、あつあつで、たぶん悪い事なんて何もしていないし、お互いしか見えていなくて、対等に男女関係をしていた。

だが。


知っている。もっと苦しくて、痛くて、逃げられない、でもこれに似たものを、自分は知っている。


ミックは確かにそう思ったのだ。これに似た行為を、こういう抜き差しのある行為を、自分は知っている……いや、体験した事がある。

心臓が早鐘を打ちだした。覚えていないはずの何か、が頭ではなく体のあちこちに皮膚感覚として感じ始める。


ミックは歯を食いしばった。骨を折る勢いで掴んでくる腕を知っていた。

泣いても泣いても、押さえ込んでくるたくさんの手を知っていた。

逃げたくても、逃げられないように踏みつけてくる足を知っていた。

足の間で行われる、激痛を伴う暴力を、流れ出す血をあざ笑う声を、知っていた。

それは目の前の男女が行う事に、どこか似ていた。


この皮膚感覚と、骨と筋肉とが痛んできて、知っている知っていると暴れ出すこの感覚は何なのだ。

恐怖を押さえ込む。歯を食いしばる。呼吸を落ち着かせるために、それだけに集中しようとする。

そらしたい目がそらせない。男女は楽しそうだし気持ちよさそうだ。

ミックがどうしてか、知っている気がする物とは大違い。

物陰に隠れてどれくらいの時間が経過したか、男女は一応の終わりを迎えて、寝台の上で甘ったるい言葉のやりとりを始めている。

そこで……ミックは本当に唐突に、知ったのだ。



そういう事は、本来、きちんとお互いに納得し合った二人が行う事で、自分が体験したような感覚のあるこれは。




拷問だ、と。




どうしてそんな目に遭ったような気がするのか。自分は一体何をしてしまったのか。失われた記憶の中で、自分は一体何を誤ったのか。

痛みは思い出した。恐怖も思い出した。頭の中が狂っていきそうな気持ち悪さもきっと思い出している。

なのに、肝心の、その始まりになる事を思い出せない。

泣きたかった。わめきたかった。どうしてなんで、何を忘れたのだと。

しかし、声を取り戻せない喉も舌も、沈黙を保ったままで。

男女は盛り上がりながら、風呂の方に向かっていった。部屋の風呂場は、寝台のある方から扉で別れている。風呂と別の空間に寝台があるのは、結構良い部屋だとミックは教わっていた。

ここを出るなら今だ。ミックは頭の中がめちゃくちゃになりながらも、死に物狂いで立ち上がり、彼等に気付かれる前に部屋を抜け出した。幸い、男女はお互いに熱中していて、物陰に隠れていたちびの事なんて気付く気配もなかった。

部屋から廊下に出る。廊下からどこか、他の部屋に隠れられないかと少し歩きながら首を巡らせた時だ。


「なんだ、このちび、女とこんな場所に来られる程、金があるのか?」


気持ち悪さであたりの気配を伺う事を怠ったのが悪かった。ミックはいきなり背後から肩を掴まれて、ぐいと引き寄せられたのだ。

その無理矢理さが、思い出せない記憶の中の恐怖と重なる。

呼吸がおかしくなりそうだった。だがミックは腐ってもキャプテンキッドの船員だから、そんなみっともない姿なんてさらせなかった。

何度目か分からないほど歯を食いしばる。手を振り払って振り返り、距離を置いて睨む。


「気の強いちびだな。……はあ、さてはお前、どっかの男に言い寄られて部屋で待ち合わせって言われた見習いだな? 小さな男の方が好きな奴もいるからな」


にやにや笑って言った男は、美貌の女性が腕に絡みついていた。顔立ちは整っているだろう。キッドとは違った方向性の整い方だった。


「なら悪い事は言わねえぜ、小遣い稼ぎがしたいなら、ジャガイモの皮むきの方がましだ。わざわざけつの穴を犠牲にするのはおすすめしない。それで病気を貰ってくる話なんざ、いくらでも転がってるんだぜ」


そんな事じゃない。言おうにも喉は震えない。ミックはそっぽを向いて、階下の騒ぎが収まったか階段から耳を澄ませた。……収まっている気配がしない。怒鳴り合いが続いている。マスケードはうちの船によこせ、金額はいくつ、いやうちの船がその三倍……ミックを金であがなおうとしている連中は、ミックの意思など無関心にそう怒鳴り合っている。不快だ。

眉間にしわが寄った。早くキッドに迎えに来て欲しかった。心がめちゃめちゃになっている今、特に、あの声で空の星の話を聞かせて欲しかった。

キッドの深い声は、怖い事の角を少し丸くしてくれたから。


「下じゃ、最強の狙撃手の二代目を欲しがっての大騒ぎだな。マスケード二世なんて言われる腕前が、そう簡単に金で手に入る訳もないだろうに」


同感、とミックは階下の方を見ながら頷いた。


「お前、ここに上がってくる時にマスケード二世を見たか?」


自分がそのあだ名で呼ばれているらしいので、ミックは男の問いかけに否と示した。鏡がないから自分を見ていないので。


「どっかの船の無口なちびが、そんなとびきり上等な奴を見る訳もないか」


男がそう言う。美貌の女性が、早く部屋に入ろうと促している。キラキラした髪飾りと首飾りと耳飾り、彼女はそう言った事を専門にする人で、自分の道に納得している矜持のありそうな女性だった。


「わるいわるい。じゃあな、ちびすけ」


男が女性の頬に唇を当てて、喜ばれながら部屋に入っていく。一等の部屋だ、扉からして造りが違う。そんな事を少し思って、ミックは二階の廊下に座り込んだ。

もうどこに隠れれば良いか分からなかった。

……体が痛い。今は、痛い事なんてなんにもされていないのに、思い出しているのかよく分からない何かの行為の痛みが、体を這い回って、ミックは自分の膝を抱えて、泣きたい心を押さえ込んで、じっとした。


「それでもお前は×××××?」


時々聞こえる、妙な声がまた、ミックに問いかけてくる。最後の言葉がなんなのか知りたいのに、それを聞いたらいろんな物が終わってしまう予感がした。


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