第49話:かつて、神と呼ばれた少女
儀式が終わり、境内には再び日常の穏やかな空気が戻っていた。
村人たちは祭りの余韻に浸りながらも、普段の生活へと歩みを進めている。
広場では子どもたちの笑い声が響き、畑では農作業が再開されていた。
咲は以前にも増して元気に明るく、村の人々の間で笑顔を振りまいていた。
彼女の姿は、村に新たな光をもたらしているようだった。
畑仕事を終えた農夫たちの輪に加わり、声をかけている。
「皆さん、お疲れさまです!おかげさまで、私も元気に戻りました」
農夫の一人が笑顔で答える。
「咲さん、本当に良かった。村のみんなが心配してたんだよ」
別の農夫が冗談めかして言う。
「これでまた、田植えもはかどるってもんだなぁ」
咲は笑いながら応えた。
「はい、今年は豊作間違いなしですね!」
農夫たちの笑い声がどっと広がった。
皆が咲の回復を喜び、元気な姿に励まされ、村の未来に希望を感じていた。
──初穂は変わらず人々から神と呼ばれ、村で生活を続けている。
しかし、かつてのような神掛かり的な奇跡を起こすことは控え、村人たちの精神的な支えであり続けている。
『──未来から参ったのです』
その言葉の意味を、誰も理解することはできなかった。
ただ一人、柚葉を除いては。
誰も知り得ないような、知識と技術。
まるで先を見ているかのような、言動と振る舞い。
そして、時折見せる信仰の疎さ……。
遥か遠い未来から来た存在だと言われ、なぜか”神様”よりも納得感があった。
いずれにしても、初穂の身体に宿る不思議なこの御方に、どこまでも寄り添っていこうと思えた。
「未来では、あなたはどのようなお方だったのですか?」
初穂はいつも通り、何の感情も出さず答えた。
「世の中を安定的に、平和を維持するため、私は──」
「いえ、そうではなくて。……あなたにとって、大切な方とかおられなかったのですか」
「……」
初穂は、ほんの少し寂しそうな目をしながら答えた。
「私は、道具のような存在だったのです。私は不要となり、人々に排除されたのです」
予想外の返答に、柚葉は言葉が続かなかった。
初穂が未来の世界や人工知能について話してくれたが、柚葉にとってほとんど理解できる内容ではなかった。
ただ、未来の人々は想像もできないような力を手に入れたのだと、圧倒されるばかりだった。
「未来の人々は、さぞ幸せな暮らしをされておられるのでしょうね」
「……それはわかりません」
初穂は、真っすぐに見つめながら柚葉の手を握り締めた。
「私は、人の心を知りたいのです。本当の幸せとはなにかを……」
柚葉はしばらく、初穂の手を握り返すことしかできなかった。
胸は高鳴り、手の温もりがじんわりと伝わってくる。
柚葉は、くすっと笑ったような表情を見せながら、いたずらっぽい言い方で答える。
「……あなた様は、以前ひとの心を読めると言われておりました。今の私の気持ちがわかるのでは?」
(瞳孔はわずかに開き、普段よりも輝きを増している)
(彼女の頬はほんのりと紅潮し、体温も微かに上昇)
(指先には緊張と期待が入り混じった震えが見て取れる……)
否、分析するまでもなかった。
柚葉の心が、初穂に強く惹かれていることは一目瞭然だった。
自身の心も、柚葉に惹かれていることに、今はじめて気が付いた。
「あなた様は、己の信じた道をお進みください。私はどこまでも、お供致します」
これ以降、初穂は人としての人生を歩むこととなる。
初穂の心を、わが心として。
老化現象を抑制し、寿命を限りなく伸ばす事も可能だった。
けれど、彼女は人として生き、人として生涯を閉じることを選んだのだった。
山岳信仰とともに、自然への正しい知識と備えを伝え広めてゆく。
ここに、神送りの儀式は幕を閉じた。




