第48話:イシュタルの告白 -4-
社の前には神職たちが整列し、境内全体に神聖な空気が張りつめていた。
神職の一人が、低く力強い声で祝詞を奏上し始める。
言葉は強く響き、神々への祈りと感謝を伝えていた。
その声に呼応するかのように、巫女たちは白衣を纏い、鈴を手に優雅に舞い始める。
参列者たちは息を呑み、巫女の舞に心を奪われていた。
境内の灯籠がほのかに揺らめき、夕暮れの光と相まって幻想的な光景を作り出している。
時折聞こえる鈴の音が、まるで神々の息遣いのように感じられた。
巫女たちの舞は次第に高まりを見せ、祈りの力が境内に満ちていくのを誰もが感じていた。
神聖な時間がゆっくりと流れ、祭典の核心へと導かれていく──
巫女たちの白衣が揺れる中、咲の瞳は彼女たちの舞う姿を追っていた。
咲の心は遠い記憶へと誘われる。幼い頃、祖父に手を引かれ、初めてこの境内に足を踏み入れた日のこと。
香の匂い、木漏れ日の温もり、そして人々の祈りの声が、今も鮮やかに蘇る。
……静寂が降りた。
境内からは一切の音が消え、祈りの余韻だけが残っていた。
巫女たちは舞を終え、真澄の手によって神酒が咲の元へと運ばれる。
咲は胸元に差し出された神酒を受け取り、静かに口元へ運ぶ。
神酒を飲み干し、ふと初穂と目が合った。
(なんて、悲しそうな目をされているんだろう……)
そう思ったのも束の間、口や喉にじんわりとした熱さが広がり、やがて体の奥から痛みの波が押し寄せてきた。
咲は恐怖心を抑え込むように両手を握りしめ、静かに仰向けに横たわった。
横目で、再び初穂の方を捉えた──
けれど、もはや焦点が合わず、初穂の姿が二重にぼやけて見えた。
視野が徐々に狭まり、周囲は暗闇に包まれたように、何も見えなくなっていく。
毒素が視覚中枢の神経を侵し始めていたのだ。
その時、かすんだ視界に映った初穂が、なぜか光り輝いているような不思議な感覚に囚われた。
しかし、意識は闇へと徐々に沈んでいった……。
少女の体の最後の痙攣が収まり、その命が神へと捧げられたことを誰もが感じ取っていた。
この瞬間イシュタルは、平安の世に転生してからの一年を、AIとしての自分の判断と行動を振り返り、深い後悔に苛まれていた。
自らの計算がもたらした結果が、最適な社会の創造とは程遠いものであったことを痛感していた。
”初穂の心”から、深い悲しみが波のように押し寄せてくる。
彼女は、初めて演算の結果ではなく、人間の心に従い行動した。
──初穂は立ち上がると同時に、神座を蹴り飛ばすように駆け出した。
神職たちは驚き、一斉に振り返った。
その額は青白く輝き、白衣をはためかせながら、驚異的な速さで咲の元へ駆け抜けていった。
初穂は、咲の体を優しく抱きしめると、そっと少女の額に自身の額を寄せた。
眩いばかりのその光は、生命のように煌めきながら揺らめいている。
そして、ゆっくりと咲の額に光が溶け込んでいった。
(これは……トリカブト由来、アコニチン系毒素)
微細なナノユニットが活動を始め、咲の身体の内部で治療のプロセスが開始された。
体内のアコニチン系毒素を分子レベルで認識し、分解・中和していく。
毒素の分子構造を解体して無害化すると同時に、損傷した細胞膜の修復を進めていく。
初穂は咲をしっかりと抱きしめながら、その額の輝きを見つめていた。
(このままでは……生存率は絶望的)
(修復プロトコルを深層まで展開。再構築アルゴリズム即時起動)
ナノユニットが臓器の細胞一つ一つに寄り添い、損傷を修復しながら融合していく。
細胞膜の微細な裂け目を塞ぎ、ミトコンドリアの機能を再生させる。
心臓はナノユニットの支援を受けて、鼓動を再開させていく。
イシュタルは、全てのナノユニットを投与し彼女の臓器の一部として機能させた。
損傷部位を代替・補完しながら臓器全体の活動を再開させる。
確かに、生命の息吹が戻ってきたのだ。
その時、誰かが呟いた。
「これは、神のお力か……」
境内の空気が一瞬にして変わり、周囲の人々はざわめき始めた。
「そうだ、奇跡に間違いない」
「神のご加護だ──」
「私は、神などではない!!」
その時、初穂が叫んだ一言で、周囲は凍り付いた。
「私は、あなた方を……。咲さんのような方を、助けて差し上げるために未来から参ったのです」
境内に響き渡った声は、冷たく悲しみに満ちていた。
その言葉は、参列者たちの心に深く刻まれた。
神の名を背負いながらも、イシュタルは自らの存在の本質を告白したのだった。
光は次第に柔らかくなり、咲の身体を包み込むように広がっていった。
治療の効果が現れ始め、呼吸がゆっくりと戻っていく。
初穂は咲の額に手を添え、祈りを捧げた。
彼女の心には、これまでの葛藤と苦悩が溶けていき、新たな希望が芽生えていた。
境内には再び静寂が訪れ、夕暮れの光が柔らかく差し込んでいた。




