第43話:真澄の決断 -3-
咲が神送りに選ばれたという知らせは、真澄の心に深い葛藤を生んでいた。
掟に従えば、咲は神送りの儀が執り行われる夜に、神に捧げられる存在となる定めにある。
それはすなわち、咲が人身御供となり、人としての生を終えることを意味していた。
──あの神職会から時が流れ、季節は冬へと移っていた。
紅葉は散り、雪が村を覆っている。
咲を救いたいという想いと、巫女として伝統を伝える責務。彼女は、深い葛藤に苛まれていた。
真澄はその狭間で揺れながらも、村の信仰を支えてきた掟を守ることを優先した。
真澄は、いまだ神送りの件を初穂に伝えることができずにいた……。
正確には、伝えようとしなかった。
真澄も、初穂が“神とは思えぬ神”だということを、薄々感じ取っていた。
咲の運命を知れば、儀式を止めようとする。そんな気がしてならなかった。
何度か神送りのことを伝えようとした。
けれど、初穂の姿を目の前にすると、言葉にすることができなかった。
──雪の吹きすさぶ日、初穂は神座で歌を詠んでいた。
すると、周囲の風の流れが変わり始めた。社の周囲だけが雪を拒むように、穏やかな風に包まれていた。
実際には、音波の振動による空気振動で、局所的に気流を制御していたのである。
初穂は歌を詠み、神座の中心で舞を捧げる。
特殊な音波は人の耳には届かぬよう制御され、ナノユニットは舞とともに空へと放たれた。
「お方様の声が、風を鎮めた」
「まるで、社だけ春が来たようだ」
神職達は、それを神の奇跡と信じて疑わなかった。
──村の人々も、神の加護に護られていた。
この時期、日本各地では寒波に見舞われ、凶作による飢えと寒さに人々は苦しんでいた。
だが、この村の空気は穏やかで、雪は積もっても、例年ほどの寒さは感じられなかった。
やがて、人々はその異変に気付き始めた。
神から授かった衣を脱いだ途端、冷気が容赦なく肌を刺した。
初穂は春先から秋口にかけて、村の全員分の衣を仕立てるよう指示していた。
代々伝わる染織技術に、イシュタルの素材解析を掛け合わせることで、断熱性に優れた布が生み出された。
その衣は見た目にも美しく、体温を逃さない。
秋の祭りで授けられたその衣は、寒さを防ぐための加護だった。
人々は、神の手によって染められた衣に、その力を疑いなく信じていた。
神の加護は、衣だけに留まらなかった。
寒波が村を襲い、薪が湿ってしまい、夜を越す術を失った家があった。
囲炉裏に火が灯らず、凍えかけた村人は社へと助けを求めに来た。
初穂はその声に応じ、家々を巡りながら、湿った薪に手をかざして火を灯した。
彼女の掌に埋め込まれたナノユニットが、薪の水分量をリアルタイムで解析。マイクロ波を放出し、水分子を振動させて加熱させる。電子レンジの要領で、薪を内部から均一に加熱して水分を蒸散させる。
水分は蒸気として外部に放出され、薪は乾いた音を立てて燃え始めた──
人々には、「神が火を与えた」ようにしか見えなかった。
初穂の奇跡を目の当たりにするたび、真澄は畏れを抱き、言葉を失っていった。
もし、初穂に神送りの儀を中止するよう言われたら、異を唱えることは、もはやできなかった。
掟に従えば、儀式の継続を主張すべき立場にある。
けれど、初穂の常人離れした振る舞いを前に、真澄は言葉を失っていた。父の兼雅もまた、何も言えずにいた。
人々の初穂への信仰は、もはや疑いようのないものとなっていた。
彼女の言葉は、神の声として受け止められ、誰も異を唱えようとはしなかった。
神送りの儀については、あえて初穂には何も知らされず、準備が進められていた。
真澄は言葉を飲み込み、兼雅は沈黙を守った。
そして、咲の名が記された帳面だけが、社の奥でひっそりと息を潜めていた。




