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転生AI:神と呼ばれた少女  作者: Kamemaru
【3章】信仰と揺らぎ
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第42話:真澄の決断 -2-

朝の空気は澄み渡り、霜がうっすらと地面を覆っていた。

冬の始まりを感じながら、真澄は村のはずれにある薬草園を訪れていた。

ここでは、初穂が春先から育てていた薬草が広がっており、今では真澄がその手入れを任されていた。


よもぎ生姜しょうがを摘み取り、布に丁寧に包む。

布の中には、仕上がったばかりの干し柿も入っていた。

(……干し柿。そういえば、去年の今頃、初穂がこれを持って村を回っていましたね……)


今年は、神送りの儀から様々なことがあった。

真澄は、村で起きた出来事を思い返していた。

干し柿を片手に、子どもたちに笑顔を向けていた頃の初穂──その面影は、今の彼女にはもう見られない。 昨年までの彼女の姿が、真澄の脳裏から離れずにいた……。


真澄は社務所に戻ると折敷を清め、薬草と干し柿を載せた。

両手でそれを抱え、御座所へと向かう。

御座所の前に立ち、一礼してから供物を台座に静かに置いた。

薬草を供えることは、彼女の日々の務めだった。


帳の向こうに気配を感じる。

真澄は息を殺し、姿を隠すよう柱の陰に身を寄せた。

神の前に立つとき、己の姿を控えることが常である。

真澄もまた、その教えに従い、物陰から静かに見守っていた。


やがて、白衣の影が現れる。

初穂──神として振る舞う彼女が、柚葉とともに供物の前に立つ。

かつて、干し柿を剥いて子どもたちに笑顔を向けていた初穂。その面影は、今の彼女にはもう見えない。


供物の前に静かに立ち、白衣の裾を整え、ふと視線を横に流す。

その目が、一瞬だけ柱の陰を捉えた。


──気付かれている……。

真澄は息を潜めながらも、初穂の目が一瞬、自分の方を見たことを感じ取った。

初穂は何も言わず、静かに神前へと身を向ける……。

柱の陰に身を寄せるのは、神前に己を晒さぬため。

恐れではなく、礼であり、信仰の形だった。

初穂が帳の奥へと姿を消すのを見届けると、真澄は静かに柱の陰から身を離した。


この社に伝わる儀礼は、遠い昔より伝えられ、村の人々によって受け継がれていた。

神送りの儀──それは、神のもとへ人を差し出すことで災いを鎮め、村の平穏を願う、古くから続く祈りの儀式である。

現代の感覚では想像しがたいが、平安時代には実際に人身御供ひとみごくうが行われた記録が残されている。


たとえば『今昔物語集』には、飢饉や疫病の際、神託により若者を神に捧げたという話がいくつか見られる。中でも有名なのは、播磨国・賀茂神社における「神の妻」として選ばれた少女の記録である。

彼女は一定期間、神の御座所に籠もり、村人との接触を絶ち、神の意志を伝える役目を担った。

儀式の後、元の生活に戻ることは許されず、神の領域に留まり続けたという。


初穂の役割も、それに近い。

彼女は神の力を宿す者として、村の災厄を引き受ける定めにある。

帳の奥にある御座所は、神が降りる場であり、そこに入ることは人の世を離れることを意味していた。


真澄が柱の陰に身を寄せ、姿を隠すのも、単なる遠慮ではない。

神前に己を晒さぬという礼節は、古代の神事において厳しく守られてきた。

神に近づきすぎれば、穢れをもたらすとされ、逆に神の力に触れすぎれば人が壊れるとも信じられていた……。


──夕刻、空は淡い橙に染まり、社の屋根の端が長く影を落としていた。

社の中では、灯明の火が静かに揺れている。

空気はすでに夕刻の気配を帯び始めていた。

冬の夕暮れは早く、陽はすでに西の山際に沈みかけていた。


社務所の奥から、父・兼雅かねまさが現れた。

神職会から戻ったばかりなのだろう。旅装を脱ぎ、白衣に着替えた姿は、いつもの厳格な宮司そのものだった。社務所に戻った真澄は、奥から現れた父と目を合わせた。

「お帰りなさいませ、父上」

「うむ……。留守の間、変わりはなかったか」

「はい、滞りなく務めを果たしております」

(……父上の面差しが、いつもより厳しく見える。何かを、思案しておられるのか)


彼の右手には、一本の巻物が握られていた。

灯明の前に立つと、ゆっくりとそれを広げる。

「……神職方との会合は、無事に終えた」


真澄は静かに頷いた。

父の言葉の裏に、わずかな沈黙があることに気づいていた。


「次なる神送りの名も……定まった」

真澄の胸が高鳴る。

誰が選ばれるのか──その答えを、恐れながらも待っていた。


兼雅かねまさは巻物から目を離し、真澄に向き直る。

「……咲だ」


その言葉が空気を震わせた瞬間、真澄の視界が揺れた。

咲──その名が、胸の奥に突き刺さる。

「……咲が……」


真澄の声は震え、言葉にならなかった。

胸の鼓動の高鳴りが、いつまでも止まらなかった。


真澄は、咲の名を胸に抱きながら、社務所の奥にある儀式の道具に目を向けた。

神送りの儀──その準備は、すでに始まっている。

咲が選ばれたという事実が、空気の重さを変えていた。


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