第40話:咲の祈り -2-
神事の時刻が近づくと、巫女たちが白衣に緋袴をまとい、社殿の奥から静かに現れた。
髪を結い、鈴を手にした彼女たちは、神楽の舞を奉納するため、祭壇の前へと進む。
初穂は、神前に立ち、ゆるやかに頭を垂れた。
凛とした彼女の姿は、風に揺れる稲穂のようだった。
祭壇の前へと進み、静かに祝詞を唱えた。
「掛けまくも畏き天地の神々の御前に、今日の御稔を奉りて、感謝の誠を捧げ奉る──」
【以下、現代語】
「今日の実りを、神々に感謝申し上げます。人々の暮らしが穏やかでありますように。来る年も、豊穣の恵みがもたらされますよう── この地に生きるすべての者が、健やかに日々を過ごせますように。神々の御心が、我らの祈りに届きますように。この祭りの時を、清らかに、尊く、捧げます──」
その声に合わせて、巫女たちが舞を始める。
鈴の音が境内に響き、衣の裾が風を受けて揺れる。
舞は、天と地を結ぶ祈りの形。
柚葉は、その舞を踊りながら、胸の奥に琴葉の面影を思い浮かべていた。
(お姉さま……私は、こうして生きていきます。人々の心に寄り添いながら)
村人たちは手を合わせ、今年の実りに感謝し、来年の豊穣を祈った。
咲は、初穂の姿を見つめていた。
神前に立つその背中を見て、咲の胸には、言葉にならぬ憧れが芽生えていた。
(初穂さまのように、村を護る力を持ちたい──祈りを捧げながら、動いて、変えていく力を)
その後、村の広場では食事が振る舞われた。
赤飯、栗ご飯、搗きたての餅、甘酒──
秋の香りが湯気とともに立ち上り、人々の笑顔が広がっていく。
柚葉が栗ご飯をよそいながら、咲に微笑みかけた。
「咲さん、今年も無事に迎えられてよかったね」
「はい!今年もこうしてみんなで集まれて、ほんとによかった。栗ご飯も、すごくいい香りですね!」
空は高く、雲は遠く、風はどこか懐かしい香りを運んでいた。
秋の収穫祭は、神々への祈りと、人々の感謝が交わるひとときだった。
社殿では舞と祝詞が捧げられ、広場には湯気立つ栗ご飯と搗きたての餅が並ぶ。
誰もが、今年の実りを分かち合いながら、来る年の無事を願っていた。
広場の一角で、長老・国重が子どもたちに囲まれていた。
白髪を風に揺らしながら、彼は餅を手にした小さな子に微笑みかける。
「おじいさま、無理しちゃだめですよ。今日は神さまに感謝する日なんですから」
「わしのことなら心配いらんよ。こうして皆の顔が見られるだけで、十分じゃ。咲や、祭りの準備をよう手伝ってくれたそうじゃな。ようやった──お前の働きで、皆が気持ちよく祭りを迎えられた」
「はい、村の皆さんが喜んでくれて本当によかったです。……でも、おじいさま、さっき子どもたちより先に甘酒に手を伸ばしてましたよね。見てましたから」
国重は目を細めて笑い、肩をすくめた。
「ほう、よう見とったな。……じゃが咲、お前もさっき栗ご飯三杯目に手を伸ばしておったぞ」
咲は目を丸くして、頬を赤らめた。
「それは……見なかったことにしてください!」
子どもたちも、餅を食べ終わったあと、また笑い声をあげて走っていった。
「神さまも、こうして皆が笑っておるのを、きっと喜んでくださるじゃろう。祈りは、声の大きさではない。誰かを思う心こそが、祈りとして届くのじゃ」
国重の言葉が、胸の奥にじんわりと染みていく。
(誰かを思う心……それが、祈り)
初穂の姿も、志乃の生き方も、そしてこの祭りの空気も──
すべてが、誰かを思う祈りの形なのだと、咲は気づいた。
彼女は手を合わせ、空を見上げた。
その瞳には、新たな決意が宿り始めていた。




