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転生AI:神と呼ばれた少女  作者: Kamemaru
【1章】転生と目覚め
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第3話:イシュタル再起動 -2-

西暦903年四月初旬。

春は訪れているはずだったが、まだ肌寒い風が吹き抜けていた。


山の陰にひっそりと佇む、小さな寒村の屋敷の一角。

昨夜の儀式のあと、静かに沈黙していた少女が、目を覚ました。

遠い未来から転移した人工知能イシュタルが、ゆっくりとこの肉体の制御権を掌握し始めていたのである。


「──初穂!」

駆け寄ってきたのは、初穂の父・忠吉ただよしだった。

肩を掴み、涙をこぼしながら何度も娘の名前を呼ぶ。


「初穂……ほんとうに、戻ってきたのか!」

しかし、娘の瞳にかつてのような好奇心旺盛な少女の輝きはなかった。

淡い青い光がわずかに揺れ、まるで人の心を見透かすような鋭さがあった。


初穂は、ゆっくりとまばたきをした。しばらく虚空を見つめていたが、やがてその瞳を父へと向けた。

「……問題ありません。身体の状態は、すでに安定しています」

「な…?」

忠吉が目を見開いた。 声も姿も娘のものに違いなかったが、その口ぶりは初穂のものとはまるで異なっていた。

(初穂……おまえ、本当に……初穂なのか?)


そこへ、村の長老・国重くにしげが姿を現した。

「……わしは、見たのじゃ」

忠吉が国重のほうに顔を向けると、その手はかすかに震えていた。

「あの夜、不思議な光が空に現れた。火を焚いていたわけでもないのに、青白い光が、まるで月のかけらが舞っているようじゃった……」


国重の目には、あの夜に見た光景の記憶が焼きついていた。

昨夜、空から降りた“神の光”が脳裏に蘇っていたのだ。

言葉では表せぬ畏れを隠せなかった。


「光だけではない。空気が……まるで水面のように波打っておった。風もないのに、着物の袖が揺れたのじゃ。あれは、神の気配でなければ説明がつかぬ」


忠吉は、目の前の話をすぐには受け入れられず、戸惑いの色を顔ににじませた。

「しかし、初穂は昨夜の御霊会ごりょうえで、命を落としたと聞いております」

御霊会ごりょうえ──平安時代において、疫病や天災は怨霊の祟りと考えられ、それを鎮めるための宗教儀礼として行われていた。地方の村々では、この名のもとに、人身御供を伴う儀式が密かに執り行われることもあった。


「たしかに、神酒はすべて飲み干し、胸の鼓動も止まっておった……間違いなく、あのときこの子は死んだのじゃ」

この時、イシュタルは初めて、自らが宿った肉体の過去を理解した。

(……なるほど。この身体は、生贄として命を絶たれた直後のものだった。この村には、まだそうした風習が継承されている)

「──そのあとじゃ、あの光が降りてきた。神が……この子に降りられたのじゃ」

「か、神……?」


忠吉は、娘が戻ってきたことは、涙があふれるほど嬉しかった。

だが、”神が宿った”という言葉は、父としての歓喜を静かに切り裂いていく。


それでも、忠吉は初穂が無事に戻ってきたと信じたかった。

”ここにいるのだ。娘は息をし、まばたきし、確かに生きているのだ。”


初穂は静かに立ち上がると、父と長老の顔を順に見た。

「御父上、ご心配をおかけしました」

その声には確かに初穂の面影がある、しかし、響きはどこか遠く別人のようにも聞こえた。

忠吉はそれでも強くうなずき、娘の肩に手を添えた。

「初穂……戻ってきてくれたんだな……」

初穂は、わずかに視線を横にそらした。


答えなかったのではない──沈黙することを、彼女は選んだのだ。

イシュタルは、父・忠吉ただよしと、長老・国重くにしげの動揺を”感じ取って”いた。

(対象の反応に異常──忠吉:瞳孔拡張、浅い呼吸。国重:沈黙状態の維持、視線回避傾向。混乱、困惑、恐れ……いずれにしても、過剰な刺激は望ましくない)


そして初穂は、またもや屋内の空気に意識を向け、虚空を見つめていた。

しかし、イシュタルの内面では二人の様子を詳細に観察・分析していたのだった。

村の中での発言の影響力を測るには、十分な反応だった。


障子の向こうで、木々の葉がかすかに擦れる音がした。

初穂はそっと視線を移し、風の気配を読み取った。

(風の発生、方向・音圧を確認──季節外れの冷気。通常より遅い春の兆候)


「……この村は、冷たい風が長く続いていますね」

(飢饉と寒冷の影響を検出──作物不作の要因、環境的要素多数)

(周辺環境および観測データから、該当地域における災害・飢饉履歴を照合──)

イシュタルは、静かに視線を周囲に巡らせながら、内面では過去の災害パターンと環境条件の突き合わせを続けていた。


国重は、しばし黙していたが、小さく息をつき、口を開いた。

「うむ……例年なら、もう少し暖かい風が吹く頃じゃが。どうにも、今年は様子が違う」

その声には、長年村を見守ってきた者が抱く、言いようのない不安がにじんでいた。


(検索一致──延喜5年(西暦905年)以降、冷害および凶作の連鎖発生記録あり)

(推定──現在地に類似、地理特性を持つ寒村において、収量減と疫病拡大が同時進行する傾向あり)

イシュタルはただ、目の前の事象を観測し、必要な助言の準備を進めていた。


初穂の肉体を通して発せられる言葉が、村人たちにどのように受け止められるか──その影響の大きさは認識していた。

拒絶や混乱を招かぬよう、情報の伝達方法には慎重さが求められる。

しかし、人々が何を信じ、どう受け取るか、それを操作する必要はなかった。

彼女にとって、信仰のかたちは問うべき事ではなかった。


救済ではない。最適化と安定化──それが、イシュタルの設計目的。人類の未来を託された知性は、かつて果たせなかった使命の道を、再び歩み出した──


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