第34話:月下の襲来 -4-
月明かりが境内を淡く照らす中、初穂は静かに立っていた。
その瞳は赤く光り、山刀を手にした男たちを鋭く見据えている。
男たちは距離を保ちつつ、互いに視線を交わしながら、襲い掛かる機をうかがっていた。
簡単な仕事のはずだった。
だが、仲間が何もできずに倒れた光景を前に、男は足を止め、慎重に様子をうかがっていた。
この娘はいったい何をした……?
得体の知れない武器でも持っているのか……。
夜の静寂に包まれた境内を、張り詰めた緊張が支配していた。
(……毒針か?あの娘、何か仕込んでやがるな……。その指、使えなくしてやる)
男が一歩踏み出した、その刹那。
初穂の眼が赤く閃き、光の刃が男の眼を貫いた──
眼球内部に収束したナノユニットから、赤色波長のレーザーが発射された。
その光線は、眼球膜に形成された収束レンズによって増幅され、一時的に深刻な視界障害を与える。
初穂の眼差しは、男の視神経を寸分違わず捉えていたのだ。
(レーザー照射:視神経外縁部に命中)
(出力:1.2W)
(照射時間:0.05秒)
(対象の視界喪失を確認。空間認識機能が著しく低下)
「……なっ、なんだ!」
赤い閃光が走った瞬間、網膜の中心が白く灼け、視界が一気に歪んだ。
周囲の輪郭が滲み、形が溶けていく。
遠近の感覚が狂い、空間が平らになったようだった。
灼けるような痛みが眼球の奥を突き抜け、視神経が痺れ、震えた。
「……っ、目が……見え……」
目を覆っても、残像が網膜に焼き付き、世界は歪んだままだった。
初穂が首を鋭く巡らせ、短弓を構えた男を冷ややかな目で捉えた。
「……っ、くそっ!」
男は慌てて矢を放つ。しかし、初穂とはまるで別の方向へ飛んだ。
男は一瞬、自分がどこを向いていたのかさえわからなくなった。
月明かりに照らされた少女が、目を見開き、こちらを見つめてくる……。
男は恐怖を振り払うように、震える手で矢を弓につがえた。
「……はぁ、はぁ……」
動悸が激しく、息が詰まりそうだった。
張り裂けそうな胸の鼓動を押さえ込み、初穂めがけて再び矢を放った。
矢は逸れた。なぜ、狙ったはずなのに──
男の顔が引き攣る。初穂の姿が二重に揺れて見え、自分がどこを狙っていたのかも、定かではない。
いや、なぜ照準が合わないのか。
なぜ距離感がつかめないのか……。
──すでに、弓を持った男の三半規管は完全に狂っていた。
男たちが村に侵入した時点から、木々に宿ったセンサーが彼らを捉え、分散型の指向性超音波装置が、弓を持った男の耳元に向けられていた。
気付かぬうちに、三半規管の異常が進行する。
超音波に晒され続けた男の聴覚は鈍り、視界は歪み始めた。
耳鳴りが始まり、平衡感覚が崩れ、吐き気が男の意識を濁らせていく。
もはや、標的に矢を放つどころの話ではなかった。
境内に足を踏み入れた瞬間から、彼の狩人としての本能は、木々から放たれる超音波によって奪われていた。
男は初穂に背を向け、逃走を計ろうとするが、すでに遅かった……。
見えない何かが、頭の中を激しく揺さぶるような感覚に襲われる。
男は体勢を崩し、膝を突くと同時に嘔吐した。
初穂は静かに歩み寄り、喉元に指を押し当てた。
耳鳴りと共に世界が回転し、男は抵抗もできずにその場に崩れ落ちる。
山刀を持った男は、よろめきながら足を踏みしめた。
視界は戻らない。だが、音と気配から、狩人の男が倒れたことは察していた。
感覚の乱れは止まらず、次第に身体が自分のものでないように感じはじめる。
呼吸が浅くなり、足元の感覚が徐々に消えていく。
「……なんだ、お前は。俺も……殺すのか」
男はひどく汗をかいていた。口元が震えていた。
死を、受け入れるしかないと悟っていた。
「いいえ、あなた方は誰も死にません。翌朝、村の外れで目を覚ますことになります」
初穂は静かに近付き、男の瞼にわずかに指先が触れる。
視界が失われた今、初穂の気配だけが 鮮明に感じ取れた。
「あなたの目は、ひと月の後に見えるようになるでしょう」
「……」
初穂の声に、思考も感覚も縛られているようだった。
「しかし、次この村に現れたとき、あなたの目は永久に閉ざされることになります 」
男は、静かにうなずいた……。
そして、喉元に指が押し当てられ、意識が遠のいていった。
──柚葉は、わずかに開いた戸の隙間から、震える視線を外に向けていた。
恐怖で、目の前の出来事が現実なのかどうかもわからなかった。
初穂が戸に気付き、こちらを振り向いた。
赤く光る瞳が、ゆっくりと柚葉を捉える。
──目が合った。
柚葉は、走った。初穂から逃げるように……。
寝所の隅に身を滑り込ませ、口を両手で塞いだ。
恐怖で呼吸が落ち着かず、喉が焼けるように乾いていた。
外から微かに聞こえる足音……。
遠くから感じる、何かを引きずる気配……。
涙が、止まらなかった──
……いつの間にか、寝てしまっていた。
あの後、すぐに寝たのかどうかもわからない。
戸の隙間から差し込む光が、少し強くなっていた。昼が近いのかもしれない。
朝のお務め……。
もはや、どうでもよかった。
昨日の出来事が夢であり、寝坊のお叱りを受ける。
そうであれば、どれだけ幸せであろうか……。
ふと、頬が濡れていることに気づいた。
柚葉は、涙が流れていたことさえ覚えていなかった。




