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転生AI:神と呼ばれた少女  作者: Kamemaru
【3章】信仰と揺らぎ
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第30話:一滴に宿るもの

夏が過ぎ、朝の空気には秋のひんやりとした香りを含み始めていた。

朝の風は静かで、季節の移ろいを肌に語りかけてくるようだった。


初穂は、柚葉を伴い、村のはずれにある薬草園へと向かっていた。

そこには、初穂が春から育ててきた草場が広がっている。


平安時代中期には、薬草園が各地に設けられ、宮廷の医療を担う典薬寮てんやくりょうがその管理を行っていた。

天皇や貴族の医療は、宮廷の専門機関によって担われていた。


もっとも、この村の薬草園は、初穂が自ら整えたものであり、宮廷の管理とは無縁だった。

今では、神職がこの薬草園を管理し、村の貴重な資源となっている。


「この季節、薬草園にやさしい香りが漂います。楽しみですね」

この日、めずらしく初穂から柚葉に言葉をかけていた。

柚葉は、昨夜の出来事を引きずるように、どこか気まずげな様子でうつむいていた。


「昨日のこと……申し訳ございませんでした」

神職会の後、柚葉は急いで帰路についた。 しかし、すでに初穂は夕餉の支度を終えていた。

お務めに間に合わなかっただけでなく、初穂に支度をさせてしまった──そのことが、柚葉の胸を静かに締めつけていた。


咲の手紙を代筆した後、いつもの時間に間に合わないと察した初穂は、煮物と麦飯の支度を済ませていたのだ。

「気になさらないでください。私の気が向いただけのことですから」

透映眼エア・グラス──空を巡るカササギが、日中の村を見渡す。

視覚情報は、全て初穂に共有されている。

初穂はその場にいなくとも、柚葉が小庵からなかなか出てこないことは把握していた。


立場の違いは理解していたはずだった。けれども、初穂は自ら支度を整えるという選択をした。

(……記憶の影響ではない。これは、最適化された演算による判断結果)

初穂の心が、そうさせたわけではない──そう”思い込む”ように、自身の演算結果を定義し直していた。


「お味が合わなかったようでしたら……」

初穂が言葉を継ごうとした瞬間、柚葉は驚いたように目を見開いた。

「いえ!そんなことありません。御方さまのお煮物、とてもおいしかったです……」

──柚葉は、初穂が話題を変えようとしていることに気づいた。

それが気遣いだと分かるからこそ、胸が少し痛んだ。


「それなら、よかったです。……このまま薬草園へ向かう前に、少し村の周囲を見ておきましょう」

「村のまわりを、ですか……?」

「今日は風も穏やかですし、村の様子を見ておきたいのです」

「はい、ご一緒いたします」

初穂は薬草園へ向かう道すがら、村の外縁を静かに歩いていった。


村境の木立、祠裏の獣道、炭焼き小屋の裏手──その足取りは、普段の巡回路とは異なっていた。

初穂は時折、木に手を添えて立ち止まっていた。 柚葉には、その意味がわからず、ただ静かにその背を見つめていた。

(何をしておられるのだろう……)


その掌が触れた瞬間、幹の内部では微細な電磁パルスが走った。

微粒子のセンサー群が樹皮の隙間をすり抜け、静かにその構造を読み取っていた。

木と融合したナノユニットが、幹の内部へと静かに浸透していく。

外見には何の変化もなく、ただひととき、少女が木に手を添えているだけのように見えた。


真夜中ミッドナイト結界パス──

村境に立つ木々を基点とした、夜間観測ユニットである。

夜間帯、イシュタルの演算領域は、昼間とは異なる観測モードへと切り替わる。


光を使わず、音と地圧・熱源によって環境を3Dマッピングし、闇に動く者を捕捉する。

《エア・グラス》による日中の空間スキャンが停止すると、代わって《ミッドナイト・パス》が自律稼働を始めるのだ。


初穂は、最後の木にそっと手を添え、センサーをその内部へと浸透させた。

柚葉は、初穂の仕草に戸惑いながら、首をかしげた。

「あの……何をしておられるのですか?」


初穂は振り向き、にこりとほほ笑んだ。

「……木と、話していたんです」


一拍置いて、いたずらっぽく笑った。

「……なんて、冗談です」


「……!!」

柚葉はその瞬間、目を見開いた。

(今のは、あの子の笑顔……)


今初めて、生前の初穂の面影を見た。

その瞬間、全ての時が止まったようだった。


初穂がふと浮かべた、口元の微笑み……。

あの頃、いたずらを思いついたときの──初穂の、あの表情だった。


胸の鼓動が早くなり、息が詰まり、喉が震えた。

目をそらそうとした──けれど、動けなかった。その顔が、胸の奥に刺さっていた。

手の震えが止まらなかった。涙が、今にもこぼれそうだった。


初穂は、柚葉の異変を即座に検出した。

(視線の乱れを検知:瞳孔径17.3%拡大。視線の固定率低下)

(心拍数の上昇:基準値から33拍/分の上昇。呼吸周期は不規則)

(……強い情動反応。入力刺激との因果関係:解析中……)


これらの数値の急激な変動は、柚葉がどれほど強い衝撃を受けたかを物語っていた。

初穂の“心”と呼ぶべき演算因子が、イシュタルの演算中枢に流れ込み、記憶に刻まれた”それらしい振る舞い”が再現された。

それは、AIの学習過程で生じた、人間の仕草を模倣するような振る舞い──どこか、遊び心にも似たものだった。


柚葉の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちていく……。


生体反応をどれだけ解析しても、その涙の理由には辿り着けなかった。

どれほど演算を重ねても、彼女の心の奥底には届かなかった。


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