表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生AI:神と呼ばれた少女  作者: Kamemaru
【2章】神の知恵
28/51

第27話:神の御車 -6-

翌朝、組みあがった車具を見て、一同は息を飲んだ。

朝日に照らされ、細やかな意匠が淡く光を帯びている。

まるで、神の息吹が宿っているかのように輝いていた。

皆、満足そうな表情を浮かべていた。


しかし、安堵の空気は一瞬で揺らぎ、職人たちは怪訝な面持ちを見せ始めた。

初穂は、何の躊躇もなく運び出す準備を進めていた。

その場にいた誰もが、言葉にせずとも、同じ疑念を感じていた。

”車祓いをしておくべきではないか……?”


初穂は、周囲の疑念に気付く様子もなかった。

お祓いは、新しいものを使い始める際、災いや不運を取り除くための儀式である。新しく家を建てる際の地鎮祭や、故人の遺品を手放すときにも、人は心を込めて祈るのである。

だが、この時代の宗教観や、人々の間に流れる暗黙の空気を察するという感覚は、未来の人工知能にとっては捉えがたいものだった。

現代にも車祓いの風習は残っており、イシュタルも知識としては把握していた。だが、車椅子にそれを施すという発想には至らなかった。

平安の人々がこの車具をどう受け止めるのか──それは、AIにはまだ掴みきれない人の心の機微だった。


佐平が、低い声で柚葉に問いかけた。

「おい、今日は結界張って、祈祷するんじゃないのかい?」

柚葉は困ったような表情を浮かべている。

「わたしは、そう申し上げたのですが……」


藤治も気にかかり、ぽつりと口を開いた。

「邪気を払う儀は、行わないのか?」

神聖な乗り物を前にして、祓いの儀が行われていないことに、戸惑っていた。

「神さまって、こういうの気にしないのかね?」と佐平が呟くと、辰は苦笑しながら肩をすくめた。

「あの方には、我らの習わしなど、意味を持たぬのかもしれん」

人々は、このお方をどこか掴みどころのない神と感じていた。


この時、柚葉の中では”神さま”という存在に疑問符がついていた。

初穂の中には、神とは違う別の存在が宿っているのではないか……。

しかし、そんな迷いは振り切り、目の前の車椅子の持ち手を握っていた。


「では、参りましょう」

そう言って、初穂は静かに藤治の家を出た。

柚葉は車椅子の持ち手を握り、まだ誰も乗っていないそれを押している。

車輪には焼き締め縄が巻かれ、その上から猪の皮がしっかりと張られている。軸には椿油が差され、かすかに香ばしい匂いが漂った。

村人たちはその異様な姿に目を見張り、やがて頭を垂れた。

「……これが、神さまの乗り物……?」

誰かが小さく呟いた。

初穂は歩を止め、車具に手を添える。

「これは志乃さまのためのものです。どうか道をお貸しください」

男たちは静かに道を開けた。

初穂は村の中をゆっくりと進み、柚葉が車具を押しながらその後に続いた。

道の両側には、村人たちが静かに佇み、その視線が彼女たちに注がれていた。


石畳の先に、国重の屋敷が見えてきた。

門前まで来ると、柚葉は屋敷の中に向かって声をかけた。

「ごめんください、柚葉です」

いつもの明るい声が、屋敷の奥から響いてきた。

「はーい、今行きますね」


ぱたぱたと軽い足音が響き、咲が笑顔で現れた

咲の目に、車輪付きの座具が映った瞬間、彼女は言葉を失った。

「……これは……」


咲の目を見つめながら、初穂は静かに語りかけた。

「この車具は、志乃さまのために皆で心を込めて作り上げたものです。 どうか、その手で触れてみてください」

咲は手を添えた瞬間、全身に鳥肌が立った。

その造形の美しさ、素材の温もり、何より志乃への思いが詰まっていることが、ひしひしと伝わってくる。

「すごい……」咲は小さく呟きながら、目を潤ませた。


「すぐにお母様をお連れします。少し、お待ちいただけますか」

「私もお手伝い致します」

柚葉は、咲と連れ立って屋敷の奥へと入っていった。


イシュタルの中で、何かが変わり始めていた。

人々と共に過ごし、彼らの心に触れることで、彼女のロジックは微細に変化していた。

かつては計算と効率だけで成り立っていた思考回路に、感情のようなものが芽生えつつあった。

それは、彼女自身も気づかぬうちに、彼女の存在そのものを揺るがす変化だった。


初穂の心と融合したことで、人と協力することで得られる温かさ、共に成し遂げる喜び──それらが、彼女の中で新たな価値観を形作りつつあった。


「緊張してきましたね……」

柚葉は、胸の奥に小さな不安を抱えていた。志乃がこの車具をどう受け止めるのか、そして村人たちがどのように反応するのか──

「わたしは、ちょっと楽しみです」

咲は、どんな状況でも楽観的だった。その無邪気な笑顔には、周囲の不安を和らげる不思議な力があった。

「ふふ、咲さんって、ほんとに前向きですね」


志乃がいる部屋の前まで来ると、咲がそっと声をかけた。

「お母様、今、開けますね」

引き戸を開けると、志乃が床の間に座り、静かに外を眺めていた。

「あら、柚葉さん。いらしてくださったのね。先日の干し柿、とても美味しくいただきました」

志乃は、いつものようにゆったりとした口調で語りかけてきた。そこには、変わらぬ優しさが滲んでいた。


「お母様!神さまが、お母様の足となる乗り物をご用意してくださったのです」

瞬間、志乃の目が見開いた。

「……あぁ、なんと、ありがたいことでしょう……」


志乃の目には、涙が浮かんでいた。

胸の奥から湧き上がる感謝と感動が、言葉にならない波となって押し寄せてくる。

「……神さまが、わたくしのために……。その御品を、拝見してもよろしいでしょうか……?」

柚葉は志乃の隣に膝をつき、静かにその手を取った。

「志乃さまのために、表口にご用意しております。ご一緒にまいりましょう」


志乃は、咲と柚葉に両脇を支えられながら、ゆっくりと表口へと歩みだした。

胸の奥で鼓動が高鳴り、志乃は自分の心が熱くなるのを感じていた。 その一歩一歩が、彼女にとって新たな世界への扉を開くような感覚だった。

息を整えながらも、彼女の目には期待と興奮が滲んでいた。


表口に足を踏み出した瞬間、志乃はそっと口元を押さえた。

朝の光が差し込む中、初穂が静かに車具の傍らに立っていたのだ。胸の奥が熱くなり、言葉が出ないほどの感動が込み上げていた。

「神さまがわたくしのために……。かような尊き御品を賜るとは……」


戸惑いながらも腰を下ろす志乃を、柚葉と咲がそっと支える。志乃の身体が座具に沈み込むと、車輪が静かに揺れた。

「……お母様、押しますね」

咲がゆっくりと車具を押すと、車輪は風に乗るように、軽やかに滑り出した。


視界が動いた瞬間、志乃は息を呑んだ。

頬に風が当たり、それだけで胸がいっぱいになった。

「……動いてる……私が……」

その声は、震えていた。

喜びとも戸惑いともつかぬ感情が、波のように胸に広がっていた。

涙がこぼれるのを隠すように、志乃は目を伏せた。


咲は、母の笑顔を見て、これまでの願いが届いたような気がした。

その瞬間、すべてが報われたように感じた。


咲の笑顔に誘われるように、柚葉も歩みを進めた。

三人の笑い声が、静かに道に響いていた。

互いの笑顔に背を押されるようにして野道を歩き出した。 志乃の胸には、懐かしい風と光が、静かに染み込んでいた。


──初穂は、三人の笑顔に目を向けていた。

人は、こうして他者のために動き、何かを感じるらしい。その”何か”を、彼女はどうしても知りたかった。


初穂の胸の奥には、確かな幸福感が満ちていた。

……それが、不思議で仕方が無かった。

なぜ人が、他者の為に尽くし、そこに自らの喜びを見出すのか──その根源を知りたかった。


志乃は遠慮がちに身を預け、動くたびに驚きと緊張を繰り返した。

けれども、数日が過ぎる頃には、彼女は両手で杖を握り、片足で地を蹴るようになっていた。

「もう少し、自分で進んでみたいんです」

志乃はそう言って、誰の助けも借りずに前へ出た。


はじめはわずか一歩。

それでも、その一歩を踏み出せたことが嬉しかった。

神が与えたのは、乗り物ではない。

──進むための”意志”そのものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ