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転生AI:神と呼ばれた少女  作者: Kamemaru
【2章】神の知恵
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第22話:神の御車

国重が倒れてから二日が経過していた。

今、彼の寝所には、日の陽光が暖かく差し込んでいた。


「国重さま、おはようございます」

声は柔らかく、澄んでいた。柚葉が静かに戸を開ける。

初穂が静かに部屋に入り、柚葉がそのあとに続く。

「おじいさま、今日も初穂さまが具合を見に来てくださいましたよ」

咲が国重に声を掛けると、国重はゆっくりと体を起こした。


初穂は国重の傍らに静かに歩み寄り、両手をついて畳に膝をつく。

そのまま姿勢を整え、慎ましく正座し、わずかに体を傾けて顔を覗き込むようにすると、柔らかく声をかけた。

「国重殿、お変わりありませんか?」

「……きょうも、来てくださったのですか……御方さま……感謝に堪えませぬ」

本当は、問うまでもない。

咲の衣に染み込んだミスト・ベールによって、国重の脳波・血流・神経反応は正確に把握している。


(意識レベル:正常範囲内。言語野の神経伝達にも異常なし)

(発語能力:実用域に回復済み)

(脳波計測:脳波に乱れなし。前頭葉・言語中枢ともに正常稼働)


咲と共に寄り添い続けたミスト・ベールは、今日、発動限界を迎える。

国重の回復が確かなものと見えた瞬間、柚葉の表情に安堵がにじんだ。

……だが、初穂の視線は、すでに咲の方を見ていた。


「ずいぶんと良くなられましたね。……咲さん、もう大丈夫です。きょうからは、夜は安心してお休みになってくださいね」

咲は一瞬、胸の奥を見透かされた気がして、目を見開いた。

明るく元気に振舞ってはいたが、咲の目の下には、かすかな疲れの影が落ちていた。

初穂には、彼女がどれほど祈り、気を張り続けてきたかがわかっていた。


初穂の一言は、咲の中で張りつめていた不安と緊張を、音もなくほどいた。

「……初穂さま、本当に……ありがとうございました」

初穂は何も言わず、ただ咲の肩にそっと手を添えた……。

咲の目から、ぽろりと涙がこぼれた。


人の身体は、薬や術だけで癒えるものではない。

痛みを抱えたとき、人がそばにいるということ──それだけで、命は歩みを止めずにいられる。

見守る心がある限り、希望は絶えず灯り続けるのだ。


「私はいつでも見守っております。咲さんの祈りは、国重殿に必ず届きます」

初穂の声はやさしかったが、その奥にはそっと寄り添うような熱があった。

「だから、咲さんもお体を大切に。お元気にお過ごしくださいね」


咲は小さく目を見開いた。

言葉のひとつひとつが、自分というひとりの人間を想ってくれている──そう思うと、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。

(ああ……この人が、“神さま”なんだ──)


「咲や、ありがとう。そろそろ、志乃しのさんの朝食の支度をしておあげなさい」

志乃しの──咲の母で、いまは片足を失い、屋敷の奥の一室で静かに療養している。

「柚葉さん、初穂さま……。本当にありがとうございました。私はこれで、失礼いたしますね」

そう言い、咲は母の食事の支度に向かった。


「……御方さまに、ひとつお願いがございます。都におります私の息子へ、手紙を一通。どうか、代筆していただけませぬか」

国重は言った直後、自分の過ちに気づき、思わず息をのんだ。


かつて、初穂は字を書くことができなかった。

あの日以来、神が宿っている。だが、文字を書くということが、そんなに容易にできるようになるものなのか。

都にいる父への手紙は、今も国重が、咲と志乃の代わりに書いていた。

神の顔に泥を塗るような──自分は、なんと無礼なことを口にしてしまったのだろうか。


国重のそんな心配をよそに、初穂はかすかに微笑み、迷いなく答えた。

「はい、構いません。筆はどこにございますか」

(神が宿れば、文字を書く力も得られるのか……これが、神通力というものか)


後ろに控えていた柚葉も、驚きを隠せない表情を浮かべていた。

手紙を書く──たったそれだけのことが、周囲の人々にどれほどの衝撃を与えるのか。イシュタルには、理解が及んでいなかったのだ。

動揺する国重と柚葉をよそに、初穂は何のためらいもなく筆の用意を始めた。


その時、すっと戸が開き、咲が静かに現れた。

彼女の隣には、凛とした気配を纏った女性の姿があった。

咲の肩を借りて、ゆっくりと立っている。


──その脚は、片方がなかった。

柚葉が慌てて支えに入る。

「……柚葉ちゃん、ごめんね」

その女性は、咲の母・志乃だった。


「御方さま、此度は義父をお助けくださり、ありがとうございました」

志乃は、痛む体を気遣いながらも、静かに姿勢を正そうとした。

「どうかお構いなく、楽になさってください。私も国重殿には助けられてまいりました。ご恩返しができて嬉しく思っております」

志乃は、目を逸らさず、初穂の顔をじっと見つめ続けた。

声も姿も確かに初穂──だが、以前の彼女とは明らかに異なっていた。


「咲から、御方さまのお話をいろいろと聞いております。あの日の……儀式のことも」

「……」

初穂は、志乃の目を静かに見つめながら、何かを計るように黙したままだった。

志乃もまた、言葉の続きを口にすることなく、その瞳で初穂の内奥を探るように静かに見つめていた。

志乃は、初穂の手元にある筆に目を留めた。──どうやら、義父の代わりに手紙を書こうとしていたらしい。

(……字が、書ける?いや、この子は書けなかったはず)

そして、彼女の姿や所作のひとつひとつを見て、志乃は静かに確信した。

皆が“神さま”と呼ぶことは、決して誇張ではなく、事実なのだと。


その瞬間、志乃の胸の内に湧き上がった衝動が抑えきれず、言葉が口をついて出た。

「……神さま。私は、もう一度歩けるようになるでしょうか。この足で……外に出られる日が来るのでしょうか!」

咲は驚きに目を見開き、思わず母を見つめた。

「お母さま……そんな急に仰られても……私が、ちゃんとそばにおりますから」

咲は困惑と戸惑いの入り混じった表情で、そっと母の顔を見つめた。


国重は志乃に、鋭い視線を向けた。

神に初めて相まみえておきながら……慎みというものを、忘れてしまったのか。

国重がそう言いかけたその刹那、初穂の確信に満ちた声が、静けさを破って部屋に響いた。


「志乃さま、必ずご自身で外に出ることができるようになります」

初穂は、志乃をまっすぐに見つめ、迷いのない声で言い切った。

「大切なのは、負けない心です。それこそが信仰の本質──祈りを、ただの願いで終わらせず、日々の行いへと成してゆくのです」


咲には、初穂の言葉のすべてが理解できたわけではなかった。

けれど、母を励まそうとするその姿に、強く胸を打たれていた。


国重は、初穂の言葉に打たれたように沈黙した。

──志乃を咎めようとした己の短慮が、恥ずかしかった。


柚葉は、初穂の確信に満ちた言葉に、驚きを隠せなかった。

それは、彼女の知るどの信仰とも異なる──聞いたこともない、新たな信のかたちだった。


そして初穂は、彼女のための新たな“助け”の形を静かに思い描いていた。

その構想は、すでに彼女の内に明確なかたちを持ちはじめていた。


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