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19話 鏡の国のはとり(後編)

 目の前にいたのは、白兎のぬいぐるみを抱きしめた女の子だった。


 西洋人なのか、それとも人外なのか。明るい金髪にカチューシャをつけ、青を基調としたエプロンドレスを着ている。長いまつ毛に囲まれた瞳は、晴れた日の仁来海のように青かった。


「ごめんね、あなたはどこの子かな? この小学校に通ってるの? お父さんとお母さんはいる?」


 女の子は私に怯えていたが、根気よく笑顔を向けているうちに落ち着いたらしい。小さな声で「わたし、かがみ」と言った。


「かがみ? え? この鏡ってこと?」

「うん。おおむかしにクロウリーっていうおじさんがつくったの。それからずっとここにいる」


 つまり、鏡の精霊? いや、この場合は人格と言った方が正しいのかもしれない。校長先生が妖気を感じないって言ってたし。


「さっきね、お姉ちゃんとそっくりな奴がお外に出ちゃったの。お姉ちゃんもお外に出たいんだけど、出してもらえるかな?」


 女の子は首を横に振った。鏡を出入り口にするのは、さっき出て行った奴の能力だという。女の子の仕事は、『鏡に映ったものを記憶して保管すること』。それ以外の力は与えられていないらしい。


 外に出るにはさっきの奴を捕まえるしかない。たとえ鏡を割ったとしても永遠に閉じ込められるだけ。そう言われて目の前が真っ暗になる。


「さっきの奴って何なの? お化けかな?」

「んとね……」


 辿々しく教えてくれた内容を頭の中で整理する。


 さっきの奴は西洋の悪魔で、鏡を通路にする能力と人の姿を借りる能力を持っている。


 悪魔祓いで追われた際に女の子の中に逃げ込み、そのまま封印されたあとに泥棒に盗まれ、船で日本に運ばれて来たそうだ。


 封印されているうちは悪魔も大人しくしていたが、生徒が箒の柄をぶつけてヒビが入ったために封印が甘くなり、女の子の宝物を餌にして外に出る機会を虎視眈々と狙っていたという。


「ええ……。じゃあ、まんまと引っかかったってこと? 先生や生徒じゃなくて良かったけど、何で私なのよ」

「わかいおんなのひとだと、まわりがゆだんするっていってた。それに、おねえちゃんはわたしとあいしょうがいいから」

「え? それってどういう……」


 その時、鏡からもの凄い音がした。まるで何かを叩きつけたような……。


「……だれか、わたしにぶつかったみたい。おねえちゃんみたいなふくをきたおとこのひと。あくまとたたかってる」

「矢田先輩!」


 鏡に両手をつけて叫ぶが応答はない。矢田先輩の姿も見えない。


 焦る私の耳に破裂音が聞こえた。「いたっ」と女の子が顔をしかめる。筒から出た何かが真鍮の枠に当たったらしい。

 

 拳銃だ。私は今日、制服を着ている。悪魔は私の装備も完全に再現していた。それを自由に使えるとしたら、矢田先輩だけじゃなく、学校に残っている生徒たちも危ない。

 

「……嫌! 出して! ここから出してよ! 矢田先輩!」

「むりだよ、おねえちゃん。どんなにたたいてもおそとには……」

「嫌よ! 出るの! 私は警察官なんだから、みんなを守るのよ!」


 両目から涙がこぼれた刹那、胸の辺りから眩い光が放たれて鏡の向こうに消えていった。その直後、身の毛もよだつ咆哮が上がり、鏡面から伸びてきた腕に引き寄せられる。


「風見!」

「矢田先輩!」


 目の前には頭から血を流した矢田先輩。床にはしめ縄でぐるぐる巻きにされた私。そばに立つ校長先生の手には鏡子ちゃんが握られている。踊り場に続く階段には先生たちが大勢集まっていた。


 何が起きたかを一瞬で察し、へなへなとその場に座り込む。どうやら最悪の事態にならずに済んだらしい。安心したら、また涙が出てきた。


「警察官が泣くんじゃねぇよ。怪我は?」

「私は大丈夫です。矢田先輩は? 血が……」

「こんなもんツバつけときゃ治る。それより、状況を説明しろ。中で何があった?」


 促されるまま、私は鏡に入ってからの出来事を話した。胸から光が出て鏡の向こうに消えていったことも。


 矢田先輩が言うには、あの光を浴びた途端に悪魔が怯んだので、その隙を突いて拘束したそうだ。鏡子ちゃんは正体を確かめるために連れて来たらしい。


「……私じゃないって、すぐにわかってくれたんですか?」

「いや、鏡に取り込まれて速攻出てきたら、まず怪異を疑うだろ。校長先生がすぐに通報して悪魔を食い止めてくれたから、生徒たちに被害を出さずに済んだんだよ」


 校長先生に目を向けると、彼女は黙って微笑んだ。さすがベテラン。非常時の対応も完璧だ。鏡子ちゃんも立派に照魔鏡として成長しているようで、さらに目頭が熱くなる。


「捕まえられて良かった……。でも、あの光って何だったんでしょう。もしかして、霊能力か何かに目覚めちゃったんじゃ」

「んなわけねぇだろ。お前、胸ポケットにミニ所長入れてるんじゃねぇのか。そのおかげだろ」


 確かにそうだ。悪魔は聖なるものに弱い。西洋と東洋の違いはあれど、効果抜群だったわけか。


「所長、ありがとうございます。もう羊羹を横取りなんてしません!」


 胸ポケットから取り出したミニ所長は、相変わらず穏やかに微笑んでいた。


 

 ***



 翌日、私は再び学校を訪れていた。先生たちへのお礼とお詫び。それと、実況見分のためである。


『立ち入り禁止』と書かれた黄色いテープを乗り越え、鏡の前に立つ。


 銃弾で欠けた枠とヒビの入った鏡面には、とりあえずの応急処置がなされていた。本格的な修理は機を見て業者を呼ぶらしい。


『おねえちゃん、きょうもきたの?』

「うん、お仕事でね。そっちはどう? 特に変わりない?」

『ないよー。きずもいたくない。てあてしてくれてありがとう』

 

 鏡面の真ん中で、白兎のぬいぐるみを抱いた女の子が笑みを浮かべる。


 悪魔がいなくなったからか、もしくはミニ所長の力なのか、自由に姿を映せるようになったらしい。今後は教室に居場所を移し、生徒たちと共に過ごしていくという。


「引越しは来週なんだっけ。楽しみだね」

『うん。ずっとひとりだったからうれしい。あくまはいたけど、わたしのだいじなものをきずつけるから、つかまえてもらえてほっとした』


 とんだ事件だったが、困っている子供を救えて良かった。目を細める私に、女の子も笑顔を返してくれる。


『それでね、これからおともだちとすごすのになまえがないとふべんでしょ。すきななまえにしていいよっていわれたけど、おねえちゃんにきめてほしいの』

「え? 私でいいの?」

『もちろん。わたしね、おねえちゃんすきだから』

 

 そういえば相性がいいって言ってたっけ。照魔鏡を育てているからだろうか。腕を組んで散々唸ったあと、「アリスはどう?」と提案する。


「ありす?」

「そう。あなたにぴったりだと思って」


 女の子が考える素振りをする。安直だったかもしれない。ドキドキしながら返事を待っていると、背後から校長先生の焦った声がした。

 

「駄目よ、はとりちゃん。魔道具に名前をつけちゃ……!」

『嬉しい! 私は今日からアリス! よろしくね、ママ!』


 校長先生の声を遮り、女の子が高らかと声を上げる。


 美しく磨かれた鏡面に映っていたのは、青いエプロンドレスに身を包んだ私だった。

名前をつけると縁を繋ぐことになりますから、これではとりは2児のママです。

好きな名前にしていいよって言われた云々は嘘。

子供は親に似るものなので姿が変わりました。

サブタイトルは最後のアリスにかかっています。

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