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12話 人魚の恋バナ(前編)

テーマ:海のお化け

「本当にごめん! 風見も子供たちも危険な目に遭わせちまって、警察官失格だよ」


 駐在所で、今にも土下座せんばかりの勢いで頭を下げるのは同期の犬上くんだ。私の机の上には謝罪用のお高い羊羹。どうも山に入ってからの記憶がないらしい。


 彼はあの白い幽霊に操られていたようで、全てが終わったあと、お屋敷の中で転がっているのを発見された。それはもう、周りが引くほど怒られたそうだ。

 

 みんなが私の窮地に気づいたのは、鎌鼬の(あざみ)さんが人知れず見張ってくれていたから。犬上くんが消え、雨が降り始めたタイミングで、「これはやばい」と察し、大井山に住む木霊たちを通して、一斉に急を知らせてくれたのだという。


 お礼を言う私たちに、薊さんは「お巡りさんに貸しができたな」と、タバコを咥えながらニヤニヤ笑っていた。

 

「結果的にみんな無事だったんだから、そんなに謝らないで。犬上くんも大変だったね」

「風見……!」

 

 目を潤ませた犬上くんに両手を握られる。痛い。それに近い。


 被疑者に掴み掛かられることはあれど、男性に手を握られることなんてないから、御し方がわからない。


 私が戸惑っていると気づいたらしい。黙って成り行きを見守っていた矢田先輩が、不意に席から立ち上がり、さりげなく犬上くんを引き剥がしてくれた。

 

「もう十分だろ、犬上。お前も忙しいんだから、さっさと本署に戻れよ。また刑事課長にどやされるぞ」

「ひっ! それはもう勘弁です!」


 よほど怖いのか、犬上くんの尻尾が逆立った。もう一度私に頭を下げ、逃げるように駐在所を飛び出す。

 

「本当にすみません! ご迷惑お掛けしました。風見、今度焼肉奢るからな!」

「お洒落なイタリアンがいい!」

 

 大きな声で「わかった!」と叫び、帰っていく犬上くんを見て、矢田先輩がため息をついた。

 

「お前の同期、見てて暑苦しいな」

「犬だから……。警察学校ではお世話になりましたよ。ムードメーカーで面倒見良かったし。綺麗な矢田先輩って感じ」

「言うじゃねぇか。現場でションベンちびってたくせに」

「ちびってません! 褒めてくださいよ。あの状況で子供たちを守ったんだから」

 

 矢田先輩はふっと口元を緩めると、「そうだな」と私に手を伸ばしかけて、そのまま下ろした。セクハラになると思ったらしい。

 

「お前は良くやった。今日は一日ゆっくりしてこい。駐在所には俺がいるから」

 

 今日は土曜日。お休みだ。いつもは私が留守番を引き受けているのだが、今日は矢田先輩が詰めてくれると言う。

 

 特に予定はないけど、部屋に引きこもっているのも勿体無い。朝のうちに照魔鏡の日光浴は済ませておいたから、夜までに戻ればいいだろう。

 

 服は朝から普段着だ。スマホと財布だけを持って外に出ようとして、ふと聞きたかったことを思い出し、矢田先輩を振り返った。

 

「そういえば、あの時、なんで私を苗字じゃなくて名前で呼んだんですか?」

 

 白い幽霊と対峙していた時だ。雷鳴と雨音で聞き取りにくかったが、確かに聞こえた。

 

 矢田先輩は面食らったように言葉を詰まらせたが、すぐにいつもの調子で、「んなもん、たまたまだよ」と肩をすくめた。

 

「濁音が入ってると、咄嗟に呼びづれぇんだよな」

「ええ……。そんなの初めて言われましたよ。そういうものですか?」

 

 いつも呼ばれる立場なのでわからない。首を傾げつつも、外へ足を踏み出した。



 ***



「うーん、どこに行こう」

 

 堤防沿いの道をてくてくと歩く。とりあえず出て来たものの目的地は特にない。


 何しろここはど田舎の村。都会みたいなショッピングモールもなければ、お洒落なカフェもない。そもそも車がなければ隣町に行くこともままならない。せめて自転車に乗ってくれば良かった。

 

 右手に広がる海を眺めながら、昨日の出来事を振り返る。

 

 あの白い幽霊は一体何者で、何をしに現れたのだろう。あのまま薊さんや矢田先輩が間に合わなければ、私は食われていたのだろうか。

 

正臣(マサオミ)さん……」

 

 聞き間違いではない。確かにそう言っていた。この村には他に同じ名前の人はいない。あの幽霊は矢田先輩を知っているのだ。もしかしたら……。

 

「奥さん、なのかな……?」

 

 頭の中で、白い幽霊と神社で見た写真を並べてみる。白無垢を着た長い髪の女性。共通点はそれぐらいしかない。それでも偶然とは思えなかった。

 

 白無垢を着ているということは、結婚式の直後に亡くなられたのだろうか。もしくは、それほど結婚式の思い出が強かったのか。

 

 前任者は定年で退官したと聞いたが、実は違うのかもしれない。オガグズ様といい、この村や矢田先輩には私の知らない秘密がありそうだ。

 

「……い……ちゃ……」

「でも、聞けないよな〜。奥さんが幽霊になってますか? なんて……」

「お〜い、はとりちゃん〜!」

 

 すぐそばで聞こえた声に肩が大きく揺れる。その時、ようやく自分の体に落ちる影に気づいた。


 右手の堤防の向こうで、巨大な黒い毬藻みたいな塊が両手を振っている。仁来海を管理している海坊主の間延(まのび)さんだ。間延びした口調で話すので、いつしかそう呼ばれるようになったそうだ。

 

「昨日は大変だったね〜。タチの悪い幽霊に絡まれたんだって〜?」

 

 もう噂が広まっているらしい。そういえば、かなめさんからも安否を気遣うメッセージが入っていた。まあ、広まれば広まるほど村人への注意喚起に繋がるから、悪いことばかりではない。


「警察官なのに情けないです。薊さんのおかげで助かりましたよ」

「あんな不良に感謝なんてしなくていいよ〜。骨までしゃぶられちゃうよ〜」


 手厳しい。苦笑しつつ、「堤防まで近づいて来るの珍しいですね」と返す。間延さんは普段は沖の方にいて、船幽霊や不審船を見張ってくれているのだ。


「お休みなのに悪いんだけどさ〜。実は相談に乗ってあげて欲しい子がいて〜。桜ちゃんなんだけど〜」

「桜ちゃん? 人魚の? 一体、どうしたんですか?」


 人魚の桜ちゃんは隣町の高校に通う女の子。いつも元気いっぱいで、海を泳いで通学する時は必ず間延さんに挨拶していた。しかし、最近は声に張りが無く、話しかけてもどこか上の空なのだという。


「思春期と言えばそれまでだけどさ〜。今までそんなことなかったから気になっちゃって〜。僕じゃ人間社会のことはわかんないし〜。同性のはとりちゃんになら話してくれるんじゃないかと思ってさ〜」


 間延さんにとって、仁来海で生きる人外は全て家族みたいなものだ。心配するのも無理はない。


 村人の相談に乗るのも警察官の勤め。私は「任せてください!」と無い胸を叩いた。

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