第八話
すれ違うように、片手にノートをもった大貴が舞台にあがる。
床にすわり、ノートになにやらペンを走らせる。
大貴がノートに集中していると、香織がお盆をもって舞台端に登場。
ドアを叩く。
香織「お父さん、お父さ〜ん」
大貴、香織に気付かず。
香織、ため息をついてからドアをあける。つかつかと大貴に歩み寄り、背中にチョップ。
大貴「む!」
香織「おはようごさいます、朝ですよ」
大貴「母さんか。珍しいな」
香織「昨晩はずっといたけど」
大貴「え? そうだったのか。言ってくれれば良いのに」
香織「何回もノックしました!」
香織、再びチョップ。
大貴、それを白刃どり。
大貴「ふっふっふ」
香織「まったく、こういう時だけ反応がいいんだから」
大貴「お、この匂いは」
香織「お茶を入れてきたんです。一息つきませんか」
大貴「ふんふん、良いダージリンだな。どこの名産?」
香織「インスタントですよ」
大貴「インスタント州か。きっと気候が良いんだろうな」
香織「……」
大貴「それにしても、母さんと思えないくらいの気のききようだなぁ」
香織「それ、どういう意味です」
大貴「鈍感という意味だが」
香織「はぁ。そうですか」
大貴「どれどれ」
大貴、ダージリンを口に運ぶ。香りもならう。
大貴「うん、おいしい。なんだか疲れがとれるな」
香織「そうね」
しばしの間お茶を楽しむ二人。大貴、急に姿勢を改める。
大貴「香織」
香織「何? 改まっちゃって」
大貴「香織は、すごいね」
香織「いきなり、どうしたの」
大貴「いや。うん、ちょっとね」
香織「珍しい」
大貴「うん、いや、うん。香織のやってる仕事はすごいぞ!人の役に立つというのかな、うん。人を救う仕事だろう。これはもう、すごいぞ」
香織「やめてよ。人を救うなんて大そうなこと。なんだか恥ずかしいよ。それに、私は応急処置をして運ぶだけ。救っているのは医者だよ」
大貴「誰かのために何かをしたいと走る。そのことを、人を救うというんだよ。違うか?」
香織「……」
大貴「香織の仕事は立派だよ。俺は誇らしい。香織、頑張れよ。大変かもしれないけど、くじけるなよ」
香織「もう、どうしちゃったのよ……」
大貴「少なくとも、俺は香織に救われてるんだ」
香織「え?」
大貴「香織と出会って、こずえが産まれて、幸せで。普通のことかもしれないけど、幸せで、救われてるんだ。ありがとう。ありがとうって言葉じゃあ足りないかもしれないけれえど、ありがとう」
香織「もう、本当にどうしちゃったの。恥ずかしい人だね」
大貴「……言えるときに言わないと、言えなくなるからな」
香織「そういうもの?」
大貴「そういものだ。……うん、すまない。俺、今日は変だな」
香織「……大貴」
大貴「ん?」
香織「ありがとう」
大貴「……」
お茶を飲み終わり、香織、食器を片付けて立ち上がる。
香織「仕事があるから、もう行くね」
大貴「おう、無理はするなよ」
香織「大貴もね」
香織、お盆をもって退場。
大貴、再びノートを開き、ペンを走らせ始める。
ゆっくりとフェードアウト。暗闇に、声だけが聞こえる。
大貴「一分ごとに十パーセント」
大貴「救急救命士」
大貴「除細動処置」
大貴「女性、奮闘」
大貴「AED」
大貴「海峡メッセにて」
大貴「最高傑作」
大貴「二〇〇七年三月一日、発表」
大貴「こずえ、だいき、かおり」
大貴「愛してる」
音楽が徐々に消えてゆく。
しばらく、暗闇。
電話の着信音が鳴る。少しずつ、フェードイン。
ベットの上にこずえが眠っている。
軟体動物のように緩慢な動きでベットの下の携帯を取ろうとして、ベットから転げ落ちる。
電話に出る。
こずえ「はい、もしもし」
百合子「オッス、オラ百合子」
こずえ「はいはい、分かってますよ〜。こんな朝から電話するのは百合子さんぐらいですからね〜」
百合子「ふふふ! ねぇねぇ、こずえちゃん、今度の日曜日」
こずえ「駄目です」
百合子「ぎゃあ、全部聞かないでなんという! ええとですね、おばさまとデート」
こずえ「駄目」
百合子「そりゃないよう。せっかく退院したんだから、お祝いにデートしようよ、デート。素敵にエスコートするから、ね?」
こずえ「駄!」
百合子「ひどいよう」
こずえ「ひどいもなにも、このあいだ退院したばっかでしょ。まだ本調子じゃないじゃん。また倒れたらどうするの?」
百合子「もう大丈夫だよ。私を奴隷のごとく働かせた悪の組織からは足を洗いましたし。ねえ、こずえちゃんというカンフル剤をおくれ」
こずえ「あれ? プロテインじゃなかったの?」
百合子「そんな過去もあったなぁ。まぁとにかく、……海峡メッセでピリ辛フグパスタ!」
こずえ「え〜また?」
百合子「またって。結局食べてないんだから、いいじゃない。一口も食べないでお支払いしたんでしょう」
こずえ「あの状況で食べられません」
百合子「そりゃそうだ。あんな修羅場じゃ食べられないね。私はもう本当、心臓とまるかと思ったもの」
こずえ「ん?」
百合子「ん?」
こずえ「ふふ、ピリ辛ふぐパスタ、楽しみだな。……ねぇ、百合子さん」
百合子「なぁに?」
こずえ「お願いがあるんだけど」
百合子「お願い?」
こずえ「うん、お願い」
百合子「ふむふむ、なんだね?」
こずえ「……お母さんも、誘ってほしいの」
百合子「……こずえちゃん」
こずえ「いい、かな?」
百合子「うん、もちろん! 三人で食事だね。そいつぁ楽しみだ!」
こずえ「ふふ。どうだろ、また喧嘩したら、どうする?」
百合子「……こずえちゃんのいじわるぅ」
階段を上がる音。香織が舞台の端に上がってくる。ノックをして、再び下がる。
こずえ「あ、もう切るね」
百合子「はーい、学校頑張ってね」
こずえ「はーい、分かってますよ」
百合子「またね!」
携帯が切れる。
こずえ、小さく微笑むと、ゆっくりと歩き出す。
と、気付いたように、カーテンに近づき、カーテンをゆっくり開ける。
この時、全ての照明をつける。
眩しそうにした後、再び歩き出す。
ドアを開け、舞台外へ。
階段を下りる音。
しばらくしてから、セリフ。
こずえ「おはよう、お母さん」
2006年ごろ制作。
信じられないことにこのネタで本当に演劇やりました。自分はお父さん役でした。
今読むと、医学知識とか本当になかったんだなぁと恥ずかしくて穴を掘って中に埋まって冬眠したい気分になります。




