第七話
ゆっくりと、フェードイン。
場面転換、病院の廊下。
長めの椅子に、こずえと香織が座っている。二人は、対面していない。
香織「さっきは、ごめんね」
こずえ「え?」
香織「叩いて」
こずえ「……そんなこと、ないよ。酷いこと言った、し」
香織「……こずえ、ごめんね。いつもお母さん、こずえに黙って仕事ばかり、してた。こずえ、ごめん。ごめんね」
こずえ「謝らないで。謝るのは、違うよ。だって、私はただ、」
香織「こずえはまだ子供よ。子供なのに、小さいころから色んなことを押し付けてしまっていた」
こずえ「……お母さん、私ね。全部お母さんが悪いんだって、思い込もうとしてたの」
香織「……」
こずえ「電話をして、お母さんが出なかったのは、仕方ないことだって、分かってた。お母さんの仕事が生半可なものじゃないって、知ってた。なのに」
香織「こずえ……」
こずえ「あのね、お母さん」
香織「なに?」
こずえ「お父さんね、お母さんの小説を書いてたんだよ」
香織「そうなの?」
こずえ「女性救急救命士の物語。その人は、色んな人を助けるの。色んな命を、救うの。お母さんは知らなかったと思う。私がね、お父さんにお願いしたの。お母さんの話を書いてって、お願いしたの」
香織「え?」
こずえ「頑張ってるお母さんにって。お父さんも私も、お母さんを応援したかった。寂しくなかったって言ったら、うそになるけど。本当はお母さんの仕事を誇りに思ってた」
香織「そうだったの」
こずえ「ねえお母さん。お父さんのパソコンのパスワード、なんだと思う?」
香織「なぁに」
こずえ「家族三人の、名前だよ。こずえ、だいき、かおり」
香織「そっか、お父さんらしいね」
こずえ「だけどね、私はそんなことすら忘れていたの」
香織「……」
こずえ「クラブに夢中になって、家族のことも、お父さんが書いている小説のことも、忘れてた。思い出したのは、お父さんが死んだ後。私それまで、どうしてお父さんが休筆期間に入ったのか、分からなかった。最高傑作の意味も、全然分からなかった。またお父さんが変なことを始めた、そんな感じにしか思っていなかった。本当は、お父さんを見ていなかったのはお母さんじゃなくて私」
香織「そんなこと言わないの」
こずえ「ううん。お母さんはお父さんや私のために頑張って働いていたんだもの。なのに、私はお母さんを責めて。自分のせいなのに、お母さんを責めて、百合子さんのことだって、私が」
香織「こずえ、違う。駄目よ、自分を責めないで。そんなことをしてほしくて、百合子ちゃんはお母さんとこずえを会わせたわけじゃないよ」
こずえ「でも、私がちゃんと見てさえいれば良かったんだよ。そうしたら百合子さんはこんなになるまで働かなかったし、お父さんだって、死ななかったんだよ」
香織「それは違うよ。お父さんは、急性の脳溢血なんだから。こずえのせいじゃない。こずえのせいなんかじゃない」
香織、こずえの手を軽く握る。こずえは一切の抵抗を示さない。
香織「こずえは、そんな風に思っていたんだね」
こずえ「……」
香織「お母さんもね、こずえに言っていないことがあるの」
こずえ「え?」
香織お母さんね、働かないと、怖いの」
こずえ「怖い?」
香織「……お父さんが死んでから、こずえと二人きり。お父さんにまかせっきりだったことを、ちゃんとやらなくちゃって、こずえを私が守るんだって、思っていたの」
こずえ「うん」
香織「こずえに寂しい思いをさせちゃ駄目だって、思っていたの」
こずえ「……」
香織「だけど、出来なかった、怖くて、出来なかったの」
こずえ「どうして?」
香織「お父さんから呼ばれているような気がするの」
こずえ「どういう、意味?」
香織「通報が来ると、それがいつもお父さんのことのような気がするの。性別だとか、年齢だとか、関係なくて。お父さんが苦しんでいるような気がするの」
こずえ「……」
香織「駆けつけたくて、たまらない。行かなければ、怖いの。お父さんを見殺しにしてしまうようで、恐ろしくてたまらないの」
こずえ「そんなこと」
香織「お母さん、寂しかった。お父さんが死んで、悲しかった。だけど行けなかった。だからかもしれない。必要以上に、働いてしまう。こずえときちんと話をしなければならないのに、こずえとの時間を割いて、通報を待ってしまうの」
こずえ「お母さん」
香織「こずえ、ごめん」
こずえ「お母さん、私、気付かなくて」
香織「こずえ、ごめんね、本当にごめんね」
こずえ「……お母さん!」
手を握り合い、抱き合うように寄り添う二人。
そのとき、白衣を着た人物が二人のもとに歩み寄ってくる。
白衣「準備が出来ました。どうぞ」
白衣、二人を導くように退場。
こずえ、香織、ゆっくりと立ち上がり、白衣についていく。手をつなぎながら歩みだす二人。
支えあうように、歩む。




