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AND LOVE  作者: 雪芳
6/8

第六話

暗転。

 ガヤガヤという繁華街の音。ゆっくりとフェードイン。


 場面転換、海峡メッセ飲食店・クローブフィッシュ。


 音楽は、先ほど喫茶店風な店で使ったとものと同じ。中央には椅子がふたつ。


 店員に促され、百合子とこずえ、舞台へ。


店員「こちらでよろしいでしょうか?」

百合子「どうも」


 席に座るふたり。


こずえ「私、ここに来たの久しぶり」

百合子「そうなの?」

こずえ「昔よく、ここら辺でお父さんと散歩したんだ」


百合子「そうっか。兄さんは海が大好きだったものね」

こずえ「うん。ここから海と船ばっか。帰ろうって駄々こねても、もうちょっともうちょっとって、しつこいの」

百合子「兄さんらしいわね」

 こずえ、窓の外を見つめる。遠くを見渡すように。それを、百合子もならう。


百合子「天気、いいわね」

こずえ「うん」


 と、しばらくして、百合子が額に手を当てる。


こずえ「百合子さん、どうしたの?」

百合子「ちょっと、ね」


こずえ「なんか、百合子さん、顔色ちょっと悪いよ?」

百合子「……」

こずえ「具合悪い? 百合子さん、大丈夫?」


百合子「ん? 大丈夫、大丈夫! いやね、最近、締め切りを破る天才みたいな、ろくでもない作家の担当になっちゃったのよね。それでもう、てんやわんやで」


こずえ「え……。ごめん、百合子さん。忙しいのに」


百合子「なーに言ってるの。誘ったのは私なんだから。それに、こずえちゃんとのデートは私のカンフル剤。いや、ビタミン剤。ううん違うな、……プ、プロテイン!」


こずえ「え、私、筋肉になるの?」

百合子「はっはっは、なにはともあれ心配は無用なのです。さて、なに食べよっか」


 百合子、元気よくメニューを広げる。

 こずえ、心配そうにしていたが、百合子の表情を確認して、仲良くメニューを見始める。


百合子「いっぱい食べてね。よろしかったらデザートもどうぞ」

こずえ「え。あ、うーん。どうしよう、全部おいしそう」


百合子「ふふ、遠慮しなくていいからね」

こずえ「ああもう、迷うなあ。……ねぇ、百合子さん」


百合子「なに?」

こずえ「おまかせしてもいいかな?」

百合子「もちろん。…そうだなぁ。辛いの、食べれる?」


こずえ「辛すぎじゃなければ、食べられるよ」


百合子「じゃあこの、ピリ辛フグパスタ。ここの創作パスタなんだけど、コレがけっこういけるんだよね」


こずえ「じゃあ、それがいいかな」

百合子「了解。えっと、すいませーん」


 百合子、店員を呼ぶ動作。やってくる店員。


百合子「ピリ辛フグパスタふたつ、お願いします」

店員「かしこまりました」


 店員、退場。

 百合子とこずえ、お冷を喉に下す。

 しばしの沈黙。会話の始め方を戸惑っている様子。


 二人、同時に話しかける。


こずえ「百合子さん」

百合子「こずえちゃん」

ふたり「あ」

百合子「ごめんなさいね」

こずえ「あはは」


 ふたり、再び沈黙。百合子、こずえの発言を促すような演技。


こずえ「んっとね、最近、お父さんが夢によく出てくるの」

百合子「え、兄さんが?」


こずえ「うん。この前はね、お父さんが倒れる前の夢。お父さん、本当におかしい人なんだよ。もぉ、変なことばっかゆってて。文句ばっか」

百合子「うん」


こずえ「なのにね、次に出てきたときは、……なんにも喋らないで消えちゃった」

百合子「……」


こずえ「ほんとう変なの。だって、お父さんが倒れて……。今まで夢に全然出てこなかったんだよ。ずっと、出てきてくれなかったのに。なんなの今頃? って、思うよね」


百合子「きっと、こずえちゃんのことがすごく気になっているのよ」

こずえ「……どうかな」


 しばしの沈黙。意を決したように百合子、口火をきる。


百合子「ねぇ、こずえちゃん、どうして学校に行かないの?」


 百合子の質問に怪訝そうに顔をあげるこずえ。


百合子「ごめん、いきなり変なことを聞くと思うけど」

こずえ「え、ううん……」


百合子「本当、こずえちゃんには悪いと思う。だけど、私も気になるの」

こずえ「……」


百合子「ごめんね。でもね、こずえちゃんは私にとって、たった一人の大事な姪っ子。だから、こずえちゃんが悩んでいるなら、何か手助けをしたい」


こずえ「……でも、」

百合子「こずえちゃん」

こずえ「……はい」


百合子「あのね、私にとって、兄さんと同じ血が流れている私にとって、こずえちゃんは娘みたいなんだ。だから、心配なの」

こずえ「……」


百合子「こずえちゃんにとっては、……押し付けがましいかもしれないけれど」

こずえ「そんなこと、ない。私は、百合子さんが大好きだし、それに、」


 そのまま押し黙るこずえ。だがすぐに、小さく呟く。


こずえ「気持ちが悪いの」

百合子「え?」


こずえ「学校に行くと、気持ちが、悪いの。なんか、よく分からないんだけど、気持ちが悪くなって、行けなくなって、学校が駄目になって」


百合子「……こずえちゃんが学校に行かなくなったのは、兄さんが死んでから、だよね」

こずえ「……」


百合子「私ね、もしかして兄さんが死んだことが、何らかの理由になっているんじゃないかなって、思うの」


こずえ「わかんない。でも、ちょっと前は行けたし」


百合子「でも、あまり行ってないよね?」

こずえ「……うん」


 考え込んでしまうこずえ。


 百合子、床においた大きいバッグからノートを取り出す。

 ノートを見て、こずえ、驚く。


こずえ「それって」

百合子「うん、兄さんのノート。兄さんの小説の流れとかが部分的に書いてある」

こずえ「どこにあったの」


百合子「兄さんが週間連載をしていた小説雑誌の編集室。きっと忘れていったんだと思う。兄さんは世界一のおっちょこちょいだったものね」


 百合子、微笑みながらノートをめくる。


百合子「ここ、読んでみて」


こずえ「えっと、一分ごとに十パーセント、除細動処置……AED……。うーん、意味不明……」


百合子「兄さんのノート、暗号みたいよね。単語ばっか綴って、本人にしか分からない。頭の中に全部、エピソードが入っているんでしょうね」


こずえ「これが、どうかしたの?」

百合子「最後のページを見てみて」


こずえ「えっと、」

百合子「最高傑作、二〇〇七年三月一日、発表」


こずえ「二〇〇七年? 三月一日?」


百合子「よく分からないでしょう。私もね、初めてこれを見たとき、どういう意味かさっぱり分からなかった。だから、色んな出版社に聞きまわったわ。だけど兄さんは、出版契約も作品契約も、一切むすんでいなかった。全ての創作をやめていたの。なのに、最高傑作、発表。おかしいでしょう?」


こずえ「うん」

百合子「それでね、三月一日が何の日か調べてみたの。そしたらね、何の日だったと思う?」


こずえ「何の日、だったの?」

百合子「こずえちゃんの高校の、卒業式よ」

こずえ「え……」


 こずえ目を見開き、そのまま考え込むように沈黙。

 百合子、呼吸をひとつ吐いてから言葉を続ける。


百合子「こずえちゃんにはもう、何のことか分かるよね」

こずえ「よく、分かんない」


百合子「そうだね、分からないかもしれない。だけどね、こずえちゃん。この日の意味を推測したとき、私にはひとつの考えが浮かんだの。こずえちゃんがどうして学校に行かなくなってしまったのか」


こずえ「え?」


百合子「もしかして、こずえちゃん、兄さんが生きていた頃に、留まりたかったんじゃないの。卒業したら兄さんの創作が、本当の意味で終わる。兄さんの生きる証が、本当の意味で終わってしまう」


こずえ「……」


百合子「卒業の日に発表される予定だった作品。あなたにプレゼントされるはずだった作品。この作品のことを、こずえちゃんは兄さんが死ぬ前に知ってしまったんじゃないの?」


こずえ「知らない」

百合子「知らないって、何? こずえちゃんは本当は、わかっているよね? 学校に行けないのではなくて、学校に行かないのではないの? 兄さんとの思い出を、本当に断ち切ってしまうように思えて、行きたくないのではないの? 卒業したくないのではないの?」


こずえ「そんなわけ、ないじゃん。学校に行くとか、行かないとか、関係ないよ。学校に行けないのは、学校に行くと気持ちが悪いからだよ、それだけだよ」


百合子「気持ちが悪くなってしまうのは、この作品のためではないの? こずえちゃんは、分かっているのではないの?」


こずえ「そんなことない。お父さんは死んだんだよ」

百合子「こずえちゃん」

こずえ「お父さんは死んだの」

 二人の沈黙が続く。

 意を決したように、百合子から話し始める。


百合子「今日はね、姉さんも呼んでいるの」

こずえ「え?」


百合子「学校に行かない本当の理由について、ちゃんと二人で話し合ったほうがいいと思って。もうすぐ、来ると思う」


こずえ「何ソレ、聞いてないよ」


百合子「ごめん。でも、香織さんが来ることをこずえちゃんに言ったら、きっと来てもらえないと思って」


こずえ「だましたの」

百合子「だますとか、そういうことじゃなくて、私はどうしても二人に話し合ってほしいの」


こずえ「そんなの、ゆりこさんに関係ないじゃん」

百合子「関係あるよ、こずえちゃんは大切な姪っ子。かおりさんは兄さんの妻。二人は私にとって大切なの。私は、二人がすれ違っているのを、これ以上我慢できない」


こずえ「百合子さん、最低」


百合子「こずえちゃんにとっても、大切なことでしょう。学校に行かないで部屋に閉じこもったままではいけないのよ」


こずえ「そんなの分かってるよ!」

百合子「分かってない。こずえちゃんは、分かってないよ」


こずえ「私、帰る」

百合子「駄目」


 こずえ、席を立ち上がる。それを止める百合子。


こずえ「痛い、離して」

百合子「離さない。ちゃんと席について、香織さんの話を聞いて。こずえちゃんもちゃんと言って。逃げないで」


こずえ「離して」

百合子「話をしよう。こんな状態を、ずっと続けるの? それでいいの?」


こずえ「知らないよ、分かんないよ」

百合子「二人がこんなに別れている状態を、兄さんが喜ぶと思う?」

こずえ「……」

ゆりこ「お願い、座って」


 説得され、ようやく席に着くこずえ。


 百合子、どんどん覇気を失っている。どこか、辛そうな様子。こずえは気付かない。


 しばらくしてから、香織が入ってくる。一度ためらった様子をみせてから、小さく声をかける。


香織「おまたせ」

百合子「あ、姉さん。ううん、丁度よかったわ」

こずえ「……」


香織「こずえ、久しぶり」

こずえ「……」


香織「こずえちゃん」

こずえ「……話すことなんか、ないんだけど」


 そのまま、険悪な雰囲気。

 店員が料理をもってやってくる。


店員「おまたせしました。ピリ辛フグパスタを、ふたつ……」

百合子「ありがとう」


店員「追加の注文はありますでしょうか」


百合子「姉さん、こずえちゃん、何かある」

かおり「私はいいわ」

こずえ「……」


百合子「えっと、以上でけっこうです」

店員「かしこまりました。ごゆっくりおくつろぎ下さい」



 なんとも言えない重たい雰囲気に、店員、すぐさま礼をして、そそくさと立ち去る。


百合子「こずえちゃん、料理がきたよ」

こずえ「いらない」


香織「こずえ」

こずえ「……」

香織「百合子ちゃんから、いろいろ聞いたと思う。私は、こずえが何を思っているのか、知りたい」


こずえ「……話すことなんかないよ」

百合子「こずえちゃん、ちゃんとして」


こずえ「してるし」

香織「こずえ」

こずえ「……」


香織「こずえは、私と話すのが嫌かもしれない」


こずえ「……」

香織「だけど、私はこずえに学校に行ってほしいの。だから、どうしてこずえが学校に行かなくなったのか知りたい」


こずえ「……」

香織「それは、百合子ちゃんも同じ。心配しているから。だから、話して欲しい」


こずえ「……」

香織「ちゃんと話してもらわなきゃ、分からない」


こずえ「話す? 何を話すの? なんも聞いてくれないじゃん」


香織「え?」


こずえ「いっつもいないのに、何を話すの?」

香織「それは、お母さんのお仕事は普通のお仕事とは違って、家にいることは少ないけど」


こずえ「そんなの、言い訳じゃん。昔から私の話なんて聞いてくれなかったよ。うちにいるのはお父さんだけだった」


香織「それは。……こずえには悪いことをしたと思っている」


こずえ「お・と・う・さ・ん・が! 全部してくれた。家のことだけじゃないよ、運動会とか、授業参観とか、全部お父さんが来てくれた」


香織「でも、それは、仕方ないことでしょう。お母さんは」

こずえ「仕事があったから? お父さんだってお仕事あったよ、たくさん」

香織「お父さんの仕事は作家で、家にいられる仕事でしょう」


こずえ「そんなの関係ないよ。うちには母親なんかいつもいなかった。お父さんと二人暮らしだった。今頃、母親面して何なの? 私が学校に行こうが行くまいが、本当は興味ないんでしょ」


香織「そんなことないわよ。確かに、こずえには寂しい思いをさせたかもしれない。だけど、お母さんはこずえのこと」


こずえ「そんなの、全然わかんないよ!」


百合子「こずえちゃん、落ち着いて」

こずえ「私だけじゃないよ、お父さんのこともだよ! 私たちのこと全然考えてもくれなかったじゃない。家事も子育ても全部お父さんにおしつけてフラフラしてただけじゃない。 私だけじゃない、お父さんのこともちっとも考えてなかった!」


百合子「そんなことないよ、姉さんは」

こずえ「百合子さんはお人よしだね。こんな人をなんでかばうの? この人は家庭を捨てて仕事ばっかしてたんだよ。昔から、ずっと!」


百合子「それは」


こずえ「ずっと、ずっと。今回のこともきっと、百合子さんに言われてしぶしぶ話し合うことにしたんじゃないの? それとも、体裁が悪くなったの?」


百合子「違うわよ、姉さんはあなたのことを思って」

香織「こずえ、落ち着きなさい」


こずえ「うるさい!」


百合子「こずえちゃん」

こずえ「百合子さんだけだよ。……今、私の心配をしてくれる人は百合子さんだけ。百合子さんが母親だったら良かったのに」


百合子「こずえちゃん」

こずえ「そしたら、全部しあわせだった。お父さんが死ぬこともなかった」


百合子「こずえちゃん? 何を言ってるの?」


こずえ「お父さんが死んだのは、誰のせいだと思う?」

百合子「何を、」


こずえ「この人が! 家の仕事をほったらかして、ブラブラしている時! ……お父さんは倒れた。お父さんが息もできないで苦しんでいた時、この人は他人を運んでた。いくら電話をしても繋がらないと思っていたら、そんなことしてた」


香織「こずえ……」


百合子「こずえちゃん、駄目よ」


こずえ「自分の夫が死にそうな時に、私が必死で電話をかけていた時に」


百合子「違うわ」

こずえ「違くない。家族なんてどうでも良かったんでしょう。だから、見捨てたんでしょう、見殺しにしたんでしょう」


百合子「こずえちゃん、駄目、それ以上は」


こずえ「何が違うの? お父さんを殺したのは、アンタだよ!」


 香織、急に立ち上がると、こずえの頬を思いっきり叩く。


 場が一瞬で静まる。こずえ、無言のまま椅子から立ち上がる。

 走るように退場。


百合子「姉さんはここにいて、私がなんとかするから!」


 百合子、こずえを追いかけて退場。

 席にひとり残される、香織。


 フェードアウト。バタバタという足音。すぐに明かりがつく。


 場面転換、ロビー。


 こずえが舞台の上を走る。

 それを追いかけ、こずえの行く先をさえぎる百合子。


百合子「待って、こずえちゃん」

こずえ「百合子さん、私……」


百合子「話をしよう。ちゃんと、話し合わなきゃ」

こずえ「分かってるよ」


 こずえ、百合子をじっと見る。

 こずえの表情には、怒りではなく悲しみがある。


こずえ「学校に行かなきゃ駄目だってことは、ちゃんと分かってる」

百合子「それなら」


こずえ「話をしなきゃいけないのは、ちゃんと。だけど、今更、どう話したらいいの?」

百合子「……」


こずえ「今更、どうやって」


 こずえ、不安そうに顔をぬぐう。

 百合子、こずえの頭を撫でようとする。


 だが、そのまま頭を抱える辛そうにうめき始める。ゆっくりと後退、ゆっくりうずくまる。

 このとき、ノートや携帯電話などを落とす。


こずえ「百合子さん? どうしたの?」

百合子「ごめんね、ちょっと、気分が」

こずえ「え」

百合子「おかしい」


そのまま床に倒れこんでしまう、百合子。


こずえ「ゆりこ、さん? 嘘」


 百合子、苦しそうに呻く。

 次第に体の動きが減少していく。

 こずえ、百合子の体を撫でさする。


こずえ「え、え、百合子さん? 百合子さん?」

百合子「……」

こずえ「さっきから、顔色が悪かったけど、まさか」


 ついに、百合子の動きが完全に停止。

 父親が倒れた時の記憶フィードアップ。


こずえ「やだ!」


 こずえ、周囲を見渡す。


こずえ「すみません、誰か! 助けてくれませんか! 誰か! お願い」


 ざわめく周囲。だが、誰も動いてはくれない。

 周囲の冷たい反応に、こずえは唖然とする。少しずつ、焦燥。


こずえ「どうしよう、どうしよう、どうしよう」


 焦るこずえ。そのとき、床に転がったゆりこの携帯電話を見つける。

 それを手に取り、百合子を一度確認してから、携帯をかけ始める。


 呼び出し音。

二回くらいで、香織が出る。


香織「もしもし、百合子ちゃん? こずえは」


こずえ「百合子さんが!」


香織「こずえ、こずえなの?」

こずえ「お願い! 助けて、百合子さんが!」


香織「百合子ちゃんがどうしたの?」

こずえ「倒れたの、助けて、助けて!」


香織「倒れた? 今行くから。どこにいるの」

こずえ「ロビー! 助けて! ゆりこさん死んじゃう! お父さんの時みたいに、死んじゃう!」


 携帯が切れる音。慌て、崩れる、こずえ。

 恐怖心に震えながら香織を待つ。


 しばらくして、香織が登場。


香織「こずえ!」

こずえ「お母さん!」


香織「どうしたの? 百合子ちゃん?」

こずえ「どうしよう、お母さん、どうしよう」


 香織、百合子の体をさわり、その様子を観察。呼びかけ。


香織「百合子ちゃん! 百合子ちゃん!」


 だが百合子、全く反応せず。

 香織、胸骨に拳を当て、痛みを感じるかチェック、感じず。

脈を診る。


 そのとき、店員が走ってくる。


店員「お客さん、お勘定をお忘れです!」


香織「すみませんが、海峡メッセにはAEDがありますよね?」

店員「え! あ、はい!」


香織「すぐに持ってきて下さい!」

店員「はい!」


香織「こずえ、救急車に電話」

こずえ「うん」


 香織、すぐに百合子の気道を確保。

 こずえ、電話。

香織「見て、聞いて、感じて」


こずえ「もしもし、その、おばが、倒れて」


香織「こずえ。場所と状況を説明しなさい。海峡メッセ夢タワー入り口付近。三十代女性が倒れた。意識、呼吸、脈なし」


こずえ「場所は、海峡メッセ夢タワーの入り口付近です。女性が、倒れたんです。意識も、呼吸も脈もなくて」


香織「これからAEDを使用します」

こずえ「これから、AEDを使用します!」


 香織、こずえに命令をしている間に百合子のつけているネックレスを、上着、ブラジャーのホックを外す。


 人工呼吸を始める。二回の呼気吹き入れ、脈を診る。


香織「息なし、咳なし、体動なし」


 確認後、十五回心臓を押す。きちんと数えて。


こずえ「お母さん!」

香織「何?」

こずえ「AEDって何なの?」

香織「AEDは、」


 香織が説明を始めようとしたとき、店員がAEDを持って走ってくる。


店員「持ってきました!」

香織「ありがとうございます。今から救急車が来ます。誘導をお願いします。方向は下関駅方向からです」

店員「分かりました」


 店員、退場。香織、AEDの準備を始める。


香織「自動体外式除細動器。心臓に電気を送るの」

こずえ「そんなこと、できるの? ここで?」

香織「できるよ」


 香織、説明と同時に準備を完了させる。百合子の呼吸を確認。


香織「見て、聞いて、感じて」


 香織、マウストゥマウス。呼気を二度、吹き込む。

 その後に脈を取る。


香織「息なし、咳なし、体動なし」


 脈と取った後、百合子にAEDを装着する。

 それを見守る、こずえ。


香織「離れて」


 AEDから電気が送られる。その瞬間、舞台は真っ暗に。


 救急車のサイレンが響く。バタバタとせわしない足音。


 少ししてから、静寂。


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