第四話
場面転換、飲食店。
出来るだけ暗転を使わないでスムーズに場面を変えたい。
街中にいる効果音の後に、喫茶店でかかるようなBGMを。
椅子が中央にあり、片方には百合子が座っている。
百合子、読書をしている。しばらくしてから、香織が舞台にあがる。
香織「おまたせ」
百合子「ふふ、忙しいところ、ごめんね」
香織「ううん、非番だし。話って、なぁに?」
百合子「まぁまぁ、せかさないの。まず、お茶でも頼みましょ。このお店、ダージリンがおいしいのよ」
香織「ダージリン?」
百合子「そ。ダージリン」
香織「ダージリンかぁ」
百合子「嫌い?」
香織「ううん、好きよ」
百合子「よかった。じゃあ、お茶はダージリンのホットを頼みましょ。他にケーキかなにか、どう?」
香織「そうねぇ。うーん、こういうところ十年ぶりくらいだから、おまかせしていい?」
百合子「もちろん。…じゃあ、そうだなぁ。スコーン、食べれる?」
香織「ええ」
百合子「じゃ、それにしましょ。えっと、すみませーん」
百合子、店員を呼ぶ動作。やってくる店員。
百合子「えっと、ダージリンティーをストレートでふたつ。それにチョコチップスコーンをふたつ、お願いします」
店員「かしこまりました」
店員、退場。
百合子「じゃあっと、話なんだけどね」
香織「うん」
百合子「単刀直入。こずえちゃんのこと」
香織「こずえ、ね」
百合子「どう思う?」
香織「どうって……娘よ」
百合子「そういうことじゃなくって」
香織「なんなのよ」
百合子「うーんと、そうだな、最近、こずえちゃんと会話してる?」
香織「会話?」
百合子「そ、会話」
香織、少し考えて。
香織「そうね……。少し前、喧嘩したかな」
百合子「ええ?」
香織「なんかね、久しぶりに居間の掃除してたのよ。そしたら上から声がして。やだ! って」
百合子「やだ?」
香織「そう。やだ! って、大音量。どうしたのって思うじゃない。それで、こずえの部屋まで行ったのよ」
百合子「中に?」
香織「ううん、いつも鍵がかかっているから。とにかく、ドンドンってノックして、こずえって」
百合子「うん」
香織「そしたら、うるさいって、さ」
百合子「うん」
香織「でも、こっちは心配でしょ。だから聞くわけ。そしたら、さっさと仕事に行け、酔っ払いをレスキューしてこいって言うのよ」
百合子「酔っ払い? ……ああ、この間の」
香織「なんだか腹がたっちゃってね。あの人だって、大変だったのに」
百合子「うん、それで?」
香織「むかっときたもんだから、いろいろ言っちゃったの。そしたら、あの子なんていったと思う?」
百合子「え?」
香織「私は母親じゃないって、さ。普通じゃないって、言われたよ」
百合子「そんなこと、言ったの」
香織「ええ。そうこうしてるうちに、電話がきて。それっきり」
百合子「ねぇ、姉さん」
香織「なに?」
百合子「こずえちゃんとマトモに話したの、それ、すごくひさしぶりだったんじゃない」
香織「そうだね。あの子は部屋にこもりっきりだし、部屋から出るのは食事かトイレのときくらいだから。それに、私がいないのを見計らって出てる。話なんて、とってもできる状況じゃないもの。だけど、どうして?」
百合子「だって姉さん、ひどいことを言われたみたいなのに、すごく嬉しそうだから」
百合子の指摘に驚く香織。
更に百合子が話をもちかけようとしたときに、店員がやってくる。
店員「おまたせしました。ダージリンティーとチョコチップスコーンです。以上でよろしいでしょうか?」
百合子「ええ」
店員「それでは、ごゆっくりどうぞ」
店員、退場。
ゆっくりとお茶を口にするふたり。
少しのあいだ、時間をたのしむ。
香織「おいしい」
百合子「でしょう?」
香織「なんだか、疲れがとれるね」
百合子「ふふふ、温泉じゃないんだから」
香織「……うん、おいしい」
百合子「ねえ、ねえさん」
香織「なに?」
百合子「何かに集中してばかりでは、いろんなことを見失ってしまうと思わない?」
香織「え? どうしたの? いきなり」
百合子「あのね。私、仕事の合間に出来るだけ暇をつくるの」
香織「そうなの? でも、編集のお仕事大変でしょう。私よりも睡眠時間とか不安定なんじゃないの?」
百合子「うん、作家さんのお宅で原稿待ちしながら寝たり、ね」
香織「大変ね」
百合子「だから。考える時間がなくなっちゃうの。それで、いろんなことを置いてけぼりにしちゃう」
香織「(沈黙のまま、あいづち)」
百合子「だからお風呂に入る時間を一回減らして、こんな時間をつくるのよ」
香織「あはは」
百合子「……そうしてね、ゆっくりと色んなことを思い出すの」
香織「思い出す?」
百合子「私にはね、姉さんもこずえちゃんも、ひとつのことにこだわりすぎているように思うの。そのせいで、大事なものから遠ざかっている気がするの」
香織「よく、分からないわ」
百合子「もちろん、はっきりとはいえないけれど。……ああでも、はっきりと言えること、あったわ」
香織「え?」
百合子「姉さんはこずえちゃんが大好き。そして、こずえちゃんも姉さんが大好き。ふたりは、家族として思いあっているってこと」
香織「すれ違っている、といいたいの?」
百合子「ええ」
香織「それは違う、こずえは違うわ。こずえは、私のことを軽蔑してる。もう、母親なんて思われていないわ」
百合子「そんなことない。娘にとって母親は、どんなことがあっても母親なんだから。それに、姉さんは勘違いしてる。こずえちゃんは姉さんを嫌ってなんかいないわ」
意外そうに、香織が百合子をまじまじと見る。
百合子の表情は、真剣そのもの。
百合子「姉さん。本当にこずえちゃんが姉さんのこと大嫌いだったら、姉さんはとっくに、いないことになってるはずだもの。だけど、姉さんの声を聞いているってことは、こずえちゃんは本当は、姉さんと話をしたいと思っているのよ。ただ、どう話せばいいか分からないだけ。ひとつのことで頭がいっぱいで、すれ違っていると気付いていないだけ」
香織「本当に、そうかしら」
百合子「姉さん、姉さんもそうでしょう。本当は、こずえちゃんと話がしたいくせに」
香織「でも、こずえは……」
百合子「お願い、姉さん。お願いだから、肩の力を抜いて、こずえちゃんと真正面から向き合って。今の状態を続けることは、誰も望んでいないわ。兄さんもきっと、悲しんでる」
香織「……でも、何から話せばいいの?」
百合子「ありのままよ。家族なんだから。今はただ、少し歪んでしまっているだけ。今なら、いくらでもやり直せるわ」
香織「でも」
百合子「姉さん、お願い」
香織「……」
百合子「ね、こずえちゃんと話そう。私がこずえちゃんを外に連れ出すから、ね」
百合子の説得に黙って頷く香織。百合子、笑顔をかたどる。
再び、お茶を飲み始めるふたり。ゆっくりとフェードアウト。




