第一話
この作品は、戯曲です。戯曲とは、舞台演劇用の脚本のことで、ほとんどが会話文で作られています。
作中に出てくる専門用語について説明いたします。
暗転:舞台が真っ暗になること
フェードイン:照明が徐々につくこと
フェードアウト:照明が徐々に消えていくこと
効果音、BGM:劇中にかかる音楽のこと
それでは、物語が始まります。ごゆるりとお楽しみください。
■登場人物
藤村 こずえ
引きこもりぎみの少女。母親を憎んでいる。
藤村 香織
こずえの母。救急救命士をしている。
西条 百合子
こずえのおば。
藤村 大貴
こずえの父で、少し前に亡くなる。
効果音により、街中だと分かる。
ひとりの女性が、少女の手をひくように舞台へとあがる。少女の名前は藤村こずえ。女性の名前は西条百合子。
こずえ「ゆりこさん、痛いよ」
百合子「あらあら、ごめんね。私、興奮してるのよう」
百合子、こずえの手を離す。
こずえ「興奮って」
百合子「だって、こずえちゃん全然、私とデートしてくれないんだもの」
こずえ「……ごめんなさい」
百合子「やっだぁ。なんで謝るのよう。せっかく久しぶりにお外に出たんだから、笑顔、笑顔」
こずえ「う〜ん」
百合子「ほら、こんなに天気がいいんだし。笑顔、笑顔」
こずえ「うん……」
百合子「さっき酔っ払いが道路で酒飲みながら笑ってたでしょう。昼間から酒を飲んじゃうくらいの陽気なオッサン。素敵な笑顔。あのオッサンを見習って、酒乱のごとく笑うのよ」
こずえ「え、私、お酒飲んだことないし、しかもまだ未成年だよ」
百合子「未成年ったって、十七でしょう。四捨五入したら二十歳でしょ。結婚できるでしょ。選挙権あるでしょ、年金だって払うでしょ、お酒だって飲むでしょう?」
こずえ「その理論は、おかしいと思うよ。っていうより、屁理屈……」
百合子「だっかっら! 物は例えなの。た・と・え。それにね、若い時ってね、お酒飲んでなくても酔えるものなのよぅ。笑ってると、脳みそからドバドバお酒が出てくるんだから」
こずえ「嘘!」
百合子「嘘かどうかは自分で試す。ほら、笑顔笑顔!」
百合子の勢いに押され、こずえ、ぎこちなく笑う。
百合子「だめだめだ〜め。そんな笑い方だめ。まず、目が笑ってないわ」
こずえ、頑張って笑う。
百合子「だめだめだ〜め。そんな笑い方だめ。唇が下がってる。そんなんじゃ、私みたいにホッペの肉が落ちちゃって、皴だらけになるわよ。ほら、こんな風に」
こずえ「こう?」
百合子「もうちょっと」
こずえ「こう?」
百合子「もうちょっと」
こずえ「こう?」
百合子「もうちょ……と、失礼」
そういって、こずえの顔を鷲づかみ無理やり笑わせようとする、百合子。
こずえ「いた、いたた! ゆりこさん、痛い!」
百合子「あっ、ごめん!」
こずえ「あいたたた…」
百合子「うう、ごめん。どうしよう、可愛い私のこずえちゃんがオカチメンコみたいになっちゃったらどうしよう」
こずえ「え?オカチメンコ?」
百合子「ぷく〜って、膨らんだら」
こずえ「ゆりこさん、オカチメンコって、なに?」
百合子「え? しらない? オカチメンコ」
首を横にふる、こずえ。
少し考え、百合子、ホッペを大きく膨らまし、珍妙な顔をつくり、のしのしと体を揺らす。
こずえ「何ソレ!」
百合子「オカチメンコ」
百合子、オカチメンコだぞ〜と言いながら、こずえに接近。
こずえ、指をさしながら思わず爆笑。
こずえ「百合子さん、変! キモイ!」
こずえの反応にいじけながらオカチメンコをやめる百合子。
百合子「ひっどいなあ。キモイだなんて」
こずえ「じゃあ、キショイ」
百合子「同じでしょ!」
顔を合わせ、笑う二人。
百合子「やっぱり、こずえちゃんは笑顔が一番。お外で笑顔が一番!」
こずえ「えへへ」
百合子「こずえちゃんを誘って正解だったな。その笑顔をみすみす部屋に閉じ込めておくの、すごうく、もったいないもの」
こずえ「う、う〜ん……どうだろ」
百合子「本当、可愛いやつめ。姉さんに似ないで良かったな。姉さんはオカチメンコ! みたいだもんね」
こずえ、急に笑顔が消える。百合子、驚く。
百合子「どうしたの?」
こずえ「別に……」
こずえの表情がどんどん暗くなってゆく。百合子、はっとしてから、こずえの手を握る。
ゆりこ「さ、こずえちゃん、次はラーメン食べに行こう! 私、おなかすいちゃったわぁ」
こずえ「うん……」
こずえ、百合子に引っ張られるように退場。
響く、繁華街の音。
少しの間。
しばらくしてから、こずえと百合子が再び舞台にあがる。
百合子、つらそうな表情で、腹を押さえている。
こずえが百合子の体をささえている。
こずえ「替え玉3個も頼むから」
百合子「ううう、吐きそう」
こずえ「大丈夫?」
百合子「大丈夫だけど、大丈夫じゃない……」
こずえ「どこか、休めるところ……」
百合子「おう!」
こずえ「わぁ、ゆりこさん?」
百合子「西条ゆりこ、女、三十八歳、オエ、週刊女性気分編集者、もう無理です」
こずえ「ええ?」
百合子「救急車を呼びたいと思います、ウエプ」
こずえ「ええ!」
百合子、携帯をとりだし、タクシーを呼ぶように片手をあげる(出来ればウルトラマンに変身するように凛々しく)
ゆりこ「きゅ、救急車ぁ〜」
あきれるようにガクンとこけるこずえ。百合子に突っ込みをいれようと体勢をたて直す。
こずえ「百合子さぁ〜ん」
するとそのとき、本当に救急車がやってくる。
(救急車の音、赤い点滅の照明)
驚くべき事態にたじろぐ二人。
百合子「うわ! どうしよう! 本当に救急車きちゃった!」
こずえ「嘘! 嘘! 嘘!」
驚く二人の前を通りすぎる救急車。
目で追い、ぽかんとする二人。目で追った先に、人々のざわめき。
百合子「なぁんだ、私じゃないのね、患者。あ〜もう、びっくりしたぁ」
こずえ「あ、百合子さん」
百合子「なに?」
こずえ「あの人、さっきの……」
百合子「え?あ! 本当! さっきの酔っ払いじゃない。なんで倒れてるわけ? 飲みすぎ?」
こずえ「様子がおかしいよ」
百合子「アレ、ちょっとヤバいかも。顔色が尋常じゃないし」
こずえ「もしかしたら、急性アルコール中毒かな?」
百合子「だとしたら、大変よ。急がないと。……って、アレ、姉さんじゃない」
百合子の言葉に救急車を驚いてみるこずえ。そして、顔をかくすように背ける。
百合子「あ、ほらやっぱり姉さんよ。ここら辺も担当なのね」
こずえ「……」
百合子「あ、いま救急車に乗るよ。ほら、こずえちゃん」
百合子、こずえの肩を軽くたたくが、こずえはそれを無視して俯いている。
こずえ「……」
百合子「こずえちゃん……」
サイレンの音。
しばらくして入る、アナウンス。こずえの母、香織の声が響く。
香織「どいてください! 救急車が通ります!」
百合子「やだ、救急車なんで動かないの?」
香織「歩道を歩かないでください! 救急車が通ります! 歩道を歩かないでください!」
百合子「歩道を歩くなっていってるのに……平気で歩いてる」
香織「救急車が通ります!」
けたたましいサイレンの音。それをみつめるふたり。
百合子はソワソワ、こずえはただ一心に見つめている。
百合子「人の命をなんだと思っているのかしら?」
バタバタと声が聞こえ、数秒後、ようやく救急車の音が遠のいてゆく。
百合子「行ったみたいね。はあ、姉さんの仕事も大変だわ」
こずえ「……ばかみたい」
百合子「え?」
こずえ「あんな酔っ払いのとこに来て、しかもマトモに運べなくて……バカみたい」
百合子「こずえちゃん?」
百合子、こずえに手を触れようとする。が、きびすを返してさっさと歩いていくこずえ。
百合子「こずえちゃん!」
追いかけるように、百合子、退場。




