低級魔神の小集団
スージーは本気で前衛技能をとっていませんので。
酔いが覚めたスージーと宿屋で改めて話し合った結果、自分たちにあった場所で足元を固めて行こうと言うことで平原地域に行き、主の討伐や魔域の攻略を狙っていくことにする。
「とりあえず、あの気持ち悪いスカーレットスタンプにいどむのはわっちらがもう少し強くなってからでも十分だわ。」
真紅の芋虫の気色悪さを思い出し、ブルリと体を震わせるスージー。
「ソレに関しては、全くの同意見だよ。でも、他の冒険者が倒さなければもう一度戦うことになりそうだけれどね。」
苦笑いを浮かべながら、耳の辺りにある金属部品を撫でながらエルモがスージーに答えた。
足をベッドのフチでブラブラさせて、スージーがニヤリと笑いながらエルモに言った。
「それまでには強くなっておくれよ、エルモ。」
「人ごとじゃないんだから、俺だけ強くなっても仕方ないだろう。」
「いやいや、わっちは旅芸人よ。戦うのはそっちの仕事。踊り子じゃなくて、戦士なんでしょ。」
あくまで冒険者ではあるが、戦う役目ではないと言い切るスージー。確かに彼女はバードをはじめとして多彩な技能を持っているが、スカウトにセージ、レンジャーと直接戦う技能は何も持っていないのだ。
ソレに引き換え、エルモはバトルダンサー以外には少しかじった程度のアルケミストを技能として習得していた。戦う役割と言い切られても仕方がないといえば、仕方がなかった。
宿で朝食を取って、活力に変えたところでさっそく街を出た。街道が整備されていたおかげか、特に何も起こることはなく夕方ごろには平原へと辿り着いた。
先に行った森林とは違い、視界を遮るものはなくひたすら青々とした平原が続いている。川を超えた向こうには街があるのが見えた。確か、イーサミエと呼ばれる港街だったはずだ。
平原に着くと、入り口には野営地が広がっていた。近くの兵士らしき虎の耳のリカントに話しかけた。
「すまない、旅をしている冒険者なんだが。ここは何の場所か聞いても良いかな?」
冒険者と聞いて、笑顔を浮かべた兵士は素直に応じてくれた。
「ああ、クルツホルムから来た冒険者か。ここは君達が来た街から派遣された兵士の野営地さ。ここ最近、奈落の動きが活発になってるだろう?我々は平原に何か起こっても動けるように状況を維持しているのさ。最も、ハルーラ神殿にできた奈落には対処できていないのが現状で、平原の現状維持をするために魔物退治をするのが精一杯なのが、なんとも言えないところで申し訳ないところだが。」
高圧的な態度の兵士が出迎えると思っていたエルモは肩透かしを喰らったように思った。むしろ、丁寧すぎてやや弱気とも言える言葉に何かあったのかと思うくらいだ。
「ああ、この野営地は安全を保っている。無料で開放はしていないからすまないが、一泊30ガメルで素泊まりならできる。食料は自前で頼む。」
「あぁ、魔物の出る平原で安全に一晩過ごせるなら安いものさ。さっそくだけれど、二人分頼みたい。噂に聞くペドロヴァイパーは討伐されてるのかい?」
そう言って、二人分の宿泊を頼みながら、平原の主と呼ばれるペドロヴァイパーの討伐状況を確認してみる。
「いや、君たちには幸か不幸かは分からないのだけれど、まだ健在さ。やる気に満ち溢れてる君たちならお願いできそうだ。実は、冒険者に依頼したいことがあってね。平原を見回りに出ていた連中がまだ帰ってこないんだ。もしものことがあったのかもしれない。すまないが、探してもらえないだろうか。見つけてもらえれば報酬は3000ガメル支払うよ。」
その日は一晩、見張りもしっかりとついた野営地でエルモもスージーもぐっすりと熟睡することができた。
翌日の朝、野営地を出て行方不明の兵士を探すことにした。平原を当てもなく動くわけにもいかないと思ったが、主を探すのならこの辺りの地理に詳しくなっておくに越したことはない。
「ペドロヴァイパーなら、大きい毒蛇ってところだからな。エルモがモールぶんぶん振り回してりゃ、楽勝だと思うぜ。」
スージーが軽く言ってくれる。平原の主と言われているモノがどれだけ強いのか、スージーには大体の強さがわかっているようだが。エルモは、スージーのいうことを全面的に信頼することにして、ポジティブに考えることにして歩き続けていた。
しばらく歩き続けていると、不意に真剣な声でスージーが叫んだ。
「やばい!低級魔神の群れだ!!こんな近くまで来てやがって!!」
低級魔神は奈落から現れる魔神の一種で、それぞれはそこまでの力はないが囲まれて攻撃をされるために後衛側まで容易に攻撃の手が届く。端的にいえば、陣形が意味をなさない戦闘になってしまうのであった。
「おいおいこっちくんな、くんなってば!ギャー〜ー!!」
牽制にモールを振り回している間に、スージーが4体前後の低級魔神に噛みつかれて血を流す。その傷は深い。いかにすばしっこい天性の盗賊と称されるグラスランナー でも、戦いの技術がなければ懐に入られるとあっさりと攻撃に晒されてしまう。
魔神の群れから逃げ惑いつつも、スージーはモラルの調べをフルートで奏でた。
「よし、俺に任せてくれ!まずは回復をしよう。」
エルモは錬金術師なら誰もが持つアルケミーキットから緑のカードを取り出し、スージーへ投げつけた。
カードはスージーの体にぶつかると緑の輝きに変じ、負傷を癒していく。
賦術の一つ<ヒールスプレー>は使用したカードの質によって、その効果が大きく上下する。術者の力量は一切関係せず、使ったカードの価値が効果に直結する。そのため、エルモは回復を学ぶ際に自分の才覚が関係しないアルケミストを選んだ。
そして今使ったカードは最も価値の低いBランクカード。多少の手傷なら簡単に治せるカードだが、思ったよりも深傷を負っているスージーの出血は止まらない。
「まずい、さっきと同じ攻撃を食らうようなら最悪、死ぬな。」
軽く焦りを浮かべて、モールに込める力が強まる。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
エルモの持った、巨大なモールが嵐のように振り回される。範囲内にいた低級魔神どもの頭や腹部に当たるたびに、破裂して絶命していく。
しかし、撃ち漏らした魔神たちが再びスージーを襲う。襲われたスージーは息も絶え絶えに逃げ惑うしかできない。それも魔神たちからすれば、ただ動いているだけで的確に攻撃を避けるような動きではない。
いよいよ持って不味いと判断したエルモは1枚200ガメルのカードを2枚投げて負傷を大きく癒した。これで、ひとまずの危機は脱出できたはずだ。
エルモは追いかけて、撃ち漏らしを薙ぎ払う。渾身の力を込めたなぎ払いは魔神たちの全てに打撃を与えた。
エルモの攻撃が終わった時には、魔神達は全て事切れていた。
まだ体調がすぐれないながらも、スージーは自分の仕事だからと潰した魔神から、血を絞って皮袋へ入れておく。後で売れる素材なのだ。
さらに、アビスシャードを手に入れた。アビスシャードは奈落の魔域の中で手に入る特殊な素材で、奈落の核が砕けたものと言われる。デメリットもある特殊な装備強化の素材に使われる貴重な素材だ。
「ふぅ、いだだ。割りに合わん、割りに合わん。割りに合わんね。」
スージーがあらかた、めぼしいものを取って帰ってきた。
「3回も言うことか。まぁ、だいぶ深傷だったからな。そりゃ、言いたくもなるか。」
エルモは3回も言ったことに軽く突っ込むが、それもそうだと納得した。
スージーは悲しい表情を作り、呟いた。
「うん、尻の形のいいリルドラケンの戦士を雇おう。形のいい尻のリルドラケンじゃなきゃダメだぞ。」
「なんで尻の形にこだわるんだ。」
「尻の形のいいタビットでもいい。」
「だから、なんで!尻に拘るんだ!!!」
スージーの謎の拘りに頭を抱えながらも、野営の準備をするエルモだった。
スージー語録
魔人の消臭団。匂いを消す軍団。
違うわ。(エルモ)
突っ込まれたね。